公開中
三
私と彼の家には物が少ない。
つくりは西洋風で、灰色が混ざった白の壁、床、天井、大理石のバスルーム、それに木の縁の大きな窓。ところどころ染みがあったり爪で引っ掻いたような痕があったりするのは、私が彼を殺しそこなった証。その他には週に一度、私が買い足す食料と水分、そしてわずかな本、それだけ。本は彼のもので、彼はずっと同じ本たちを繰り返し読んでいる。なのに本はどれも少しだって擦りきれないし、買ったばかりのようにぴっしりと整っている。まるで彼が、魔法で時を止めているみたいに。
幼稚なことを考えたけれど、実際彼なら魔法も使えてしまいそうと思う節がある。度を超えた美しさというのは、人の脳みそをいくらか狂わせ、馬鹿なことを思わせる効果まであるらしい。
この家で私たちは同居し、寝泊まりしている。私は彼を殺そうと日々あれこれの手段を試し、彼はその全てを羽虫でも払うようにかいくぐる。でも決して避けようとはしない。今朝のコーヒーのように。
こうした私たちの家は殺風景で、ただ一生における呼吸回数を増やしていくためだけに存在しているような場所だ。でもそれで充分で、机椅子なんかの生活必需品はそろっているし、少なくとも私は、彼が殺せるならば自分が身を置くのはどこだっていい。だから彼が他に移りたいと言い出さない限りは、ずっとここに住み続けるつもりでいる。
しかし彼は、この家に対して不満を持っていたりするのだろうか。
私は彼が文句を言うのをひとつも見ない。彼は何も望まないような顔をしている。そして不平も希望も言わず、日がな一日浮世離れした、優雅な孤独を嗜んでいる。私はその暮らしの様々な機会を狙って、彼の息の根を止めようと右往左往する。
何と幸せな暮らしで、何と恵まれた二人であろうか。
彼の豊満な財産のおかげで、このままごと遊びのような生活は成り立っている。本当は人間はこんな地に足のつかない暮らしをするべきではないのだけれど、彼が変えないなら私に変えようという意思は起きない。私はきわめて主体的な態度で彼を殺しにかかっているけれど、生活の方針についてはどこまでも彼に倣うつもりでいるのだ。
そんな私の手本である彼は、今日も今日とて本を読んでいる。私は本のページに毒を塗っておこうかと考える。頭の中でシミュレーションをしてみて、やめる。彼に持たれるだけの価値がある美しいハードカバーの本に、私の殺意を塗るのは宜しくないと思ったのだ。私は彼を殺したいけれど、美への崇拝もきちんと持っている。私がこの美徳を持っていたからこそ、彼は私と同居する気になったのだろう。
本がだめならどうするかと、読書をする彼の横で、私は案を練りはじめた。