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(下)一
「———はるか?」
買い終わって、彼女が待っているであろう席まで戻った。
はるかの姿はどこにもない。荷物すら置いてなかった。
ひとまず買ったものをテーブルの上に置いて、周囲を見回す。彼女の姿はどこにもない。
「はるかー?」
名前を呼びながら、食事席や店の周りを歩き回った。会場の出入り口のあたりで、何かが打ち捨てられているのに気づく。
「何、」
手を伸ばして拾うと、誰かのスマホだった。薄青のケースに収まっている。
———間違いない。はるかのだ。
ハッとして周囲を探すと、草と草と垣根に茶色のショルダーバッグを見つけた。はるかが持ってきていたものだ。
はるかの荷物はこれで全部のはず。つまり、荷物を放棄してどこかへ行ったんだ。
「は、どこ行ったんだよ……?」
意識せずとも、鼓動が速くなっていくのが分かった。体が、心の臓が急速に冷えていく。
はるかの荷物を抱え、呆然と立ち尽くした。風に巻かれて、地面に撒かれている砂が回って舞い上がる。
とにかく探さなければ、とはるかのスマホを握りしめて走り出した。
時計の針が、八時を回る。日は沈み、辺りはとっくにもう暗い。
提灯の灯りが煌々と照って、木々の間を揺れている。
はるかはまだ見つからない。
はるかが座っていた席に戻る。買ってきたものも、荷物もそのままで置いてあった。はるかだけがいない。
「どこ行ったんだよ……!」
低く吐き出した声に、答える者はいない。
テーブルに触れている手をじっと見つめた。
「———あれ、玲」
声がして、ハッと振り向く。酒井と福田だった。
「深刻そうな顔でぼーっとして、どうしたん?」
仲良くしている奴らに会った安心感。それと———胸に渦巻くような、ざわめくような泥ついた感覚に襲われた。
「はるかがいなくなったんだよ……!」
叫ぶようにそう言うと、二人は軽く片眉を上げた。
「一人で帰ったんじゃないの?」
「荷物全部置いてくわけないだろ!」
すぐさま反論すると、二人は口を閉ざした。
「……荷物をそこに置いて、どっか行ったってことか?」
福田が苛立たしげに前髪を払う。
「ここじゃない。あっちの、出入り口のところに置いてあった。捨てられてるみたいに」
しばらく視線を彷徨わせたあとに、福田は酒井に視線を流した。
それを受けた酒井が、軽くため息をつく。
「……関わらねぇほうがいいって言っただろ。川口と———」
「だから はるかじゃねぇっつってんだろ!」
自分でも驚くほど、大声が出た。
いつも、曖昧に穏やかに答えていたのに。でも、どうしても我慢できなかった。
「お前らが言いまくるから、はるかは消えたんだよ! どうしてくれるんだよ!」
止められず、そこまで叫んで、周囲のちらちらと伺っている視線に気づいて我に返った。拳を作り、腰の下でぎゅっと握る。
二人は呆然としたように目を見開いていた。普段、滅多に大声なんて出したことがないから、驚いたのだろう。
どうにも言えない気まずさだけが立ち込める。
そのうちに、すみませんと周りに謝りつつ、酒井が俺の眼前まで大股で歩いてきた。そのまま、俺の両肩を掴む。
「川口であってもなくても、一つだけ言える」
「……なんだよ」
「あいつは、玲をよく思っていない。」
低く湿った声は、祭りの喧騒の中なのによく響いた。
そんなことない。そうやって、すぐに否定できなかった。
気づいてた。本当は分かってた。そこから目を背け続けていたのは、自分だ。
気づいてでもなお、はるかの近くにいたかった。
もし、あのときに。自分の机を荒らしたそのときに、察してあげていれば。
———こんなことに、ならなかったのだろうか。
「……玲?」
福田が俺の目を覗き込んでいる。
「おい、玲」
酒井も何か呼んでいる。
俺はそんなに、ひどい顔をしているのだろうか。