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動かないあいだ
2025/08/14
ベランダの手すりに止まっているカラスがずっと同じ場所から動かない。授業中、私はそのことが気になっていた。弱ってるのかな。大丈夫なのかな。もしかして固まって死んでるのかな。そんなことをぐるぐる考える。国語の先生の声が右耳から左耳へと流れていく。「宮沢、集中しろー。」先生に指摘され、あ、はい、と前を向く。けれども意識はカラスにあって、視線だけで窓の外を見たりしていた。
休み時間、窓を少し開けてカラスの様子を伺ってみた。音をたててもカラスは動かない。「生きてるの?そのカラス。」不意に後ろから言われた。クラスメイトの長谷川さんの声だった。長谷川さんはいつも1人でいる、よくわからない子。「さあ…どう、だろう、でしょうか…。」敬語を使うべきか悩み、変な口調で答えた。「でも、全然動かないから。」続けて、呟くように口にした。ふーんと、長谷川さんはそれだけ言って黙り込んだ。私たちはじっとカラスを見ていた。
もしあのカラスが死んでいても、泣くほど悲しくはない。だって思い入れなんてないカラス、特別惹かれるわけでもないカラス、多分初対面のカラス、初対面じゃなかったとしても私には見分けなんてつかないから。ただ、その時だけ、空虚な気分になるだけだ。夜、眠る頃にはカラスのことなんて忘れてるだろう。
チャイムが鳴った。私は窓を閉め、自分の席に座った。
カラスが、手すりからぽとっと落ちた。6時間目の授業中のことだった。多分、死んだ。私はしばらく、カラスが先程まで止まっていた手すりから目を離せなかった。これが死なのだと、感じた。
「カラス、死んだんだ。」6時間目の後の休み時間、長谷川さんが言った。いや、ただの呟きかも知れなかった。どっちかわからなかったけど、そうだねと返事をした。「カラスって自分の住居で死ぬんじゃなかったっけ。」長谷川さんは地面に落ちているカラスに聞くように、そう口にした。「なんでここで死んだんだろう。」私は返さなかった。無視ではなかった。
「どうするんだろうね。カラスの死体。」
カラスは目を瞑ったまま動かない。カラスに感情があるのかないのか私は知らないし、死んだならきっとないのだろうけど、雑な処理はしてほしくないな。なんとなくそう思った。