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夢はまだ覚めない <廃工場のビスクドール スピンオフ作品>
Sui様の短編カフェ内で連載されていた小説「廃工場のビスクドール」のスピンオフ作品となっています。本編を最終話まで読了した状態での閲覧を推奨しております。
※工場の過去、その後など、かなりの捏造あり。各位、すいません。もし「これは流石にアカン」となりましたらご連絡くださるとうれしいです。
※他の方のスピンオフの世界観と食い違っている箇所がございます(本編、番外編、スピンオフはすべて読ませていただきました)。ご了承ください。
※少しきつい精神描写がございます。
ブロードさんが空間を歪めて、瓦礫が降り注いで。
どうしたことか猫が飛び込んで。
他のドールたちも一斉に飛びついて。
僕は跳ね返った自分の能力に動けなくなったまま、最後となるであろう大騒ぎを俯瞰していた。
少しずつ、少しずつボロボロになってゆく数多のドール。
どこかで見たことのある気がして、一人だけ場違いに固まっていた。
嗚呼、思い出した。
あれは、、、何年、何十年前だろう。
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まだ工場が歌い、電飾が踊り、人々がドールを抱きしめていたあの頃。
「舞台のような工場」という二つ名の通り、あの工場は僕らビスクドールにとってこの上ない舞台だった。
動くことができたのはXが来てからだけれど、その前に感じた事も確かに覚えているようで、今だって心の中で誰かの歓声が聞こえる。
皆が笑顔で、泣いてる子ですら笑顔のドールを見ればすぐにつられて笑う。
歯車とワルツと歓声の音が、誰の沈んだ表情も許さなかった。
ただ僕を除いて。
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何故こうも、物好きな職人がいたのだろうか。
その職人の作るドールは、柔らかい肌の色と幸せに満ちた表情、繊細な作り込みで、工場で最も「人間に近いドールたち」と賞賛されていた。
そう言われると彼はいつも、どのドールより眩しい笑顔を見せた。誰かに幸せをくれるようなドールを作るのが人生で一番の幸せだ、とも言っていた。
しかしある日。彼はとあるドールを作った。今までの作品よりずっと、時間も心も込めて。
繊細な作り込み。柔らかい肌の色。いつもと何一つ変わらない。
ただそのドールは、他と一か所だけ違う所があった。
少しだけ開かれた口に、笑顔の色は微塵もない。
繊細で柔らかい全体の質感を忘れさせる程に、冷たい表情をしていた。
ミントブルーの瞳の宝石を思わせる輝きですら、見た者を鋭く突き放すようだった。
そのドールは「トラウム」と名付けられた。
職人の次のドールを心待ちにしていた大勢は、僕を見るなり眉をひそめた。
当然だろう。こっちが笑っていないのだから。
沢山の人が、ひそひそ、わあわあと僕に毒づく。
「なんだあのドール、気持ち悪い表情で」
「見ているだけで凍りつきそうだわ、、、!」
「何でこんなふてぶてしいドールを作ったんだよ?おかしくなったのか?」
「こんなドール、誰も笑顔にしないじゃない」
「それは違う」
僕を作った職人が、はっきり通る声で言った。いつも小声のはずなのに。
「トラウムが傷つけられるくらいなら、僕は今後一切ドールを作らない。誰が何と言おうと、トラウムは僕にとって最高のドールだ」
そう言う職人の顔は、今まで見た中で一番の笑顔に包まれていた。
まるで、僕の分まで笑ってくれているみたいだった。
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職人は僕を完成させた後、次のドールを作ろうとしなかった。
既にドールの人気は危うくなり始めていたし、彼は僕の一件でかなり思い詰めていたから無理はなかったかもしれない。
彼はやがて事務や工場の整備を任されるようになり、人形と向き合っていられる時間もほとんど無くなった。
ある日彼は、僕を狭いロフトの隅のロッキングチェアにちょこんと飾った。
まるで「ごめんね、お別れだ」とでも言うかのように。
彼の眩しい笑顔は、彼自身の姿は、その日を最後にぱたりと消えた。
悲しい。どうか置いていかないで。そんなことをするなら、何故僕をあんなに大切にしていたの?
思えば、何かを感じるようになったのはあれが初めてだった気がする。
ガラスでできた瞳からは、どんなに頑張っても涙を流せなかった。
ロフトは工場のほぼ全体を見下ろせる場所だった。隅から隅まで、全部が僕に飛び込んできた。
不協和音が混ざる古い機械の音。だんだんと消えてゆく電飾。僕らを忘れてゆく人々の声。
さっきまで笑顔だった誰かが、止まらぬ機械に巻き込まれる瞬間。音、色、香り。
閉ざされる門のきしみ。積もる埃。少しずつボロボロになってゆく数多のドール。
僕にはそれを全て受け止められる器なんざ、到底なかった。
僕が「変化」を嫌うようになったのは、きっとあの日々からだろう。
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ふっ、と頭の中の思い出が消えた。能力の効果が切れ、動けるようになったらしい。
手前を見れば、様々な所に傷を負った沢山のドールが立っていた。
奥には"かつてドールだったもの"が転がっている。
動けるようになった、はずなのに。僕は動けなかった。いや、動こうとしなかった。
ただ、朝日だけが昇り続けている。
長い長い沈黙の後。少しずつ、動く気力を取り戻してきた。指先が小さな音を立てる。
そうだ。ロフトは大丈夫だろうか? 急がなくては。あの人が残してくれた、最後のプレゼント。あれだけはどうか、壊れていませんように。
「ねぇ、、、待って!工場の様子がおかしい!!」
リーヴァさんが今までにない声色で叫んでいた。
嘘だろう? 嘘だろう、夢であってくれ。いや、夢ですらこんな事になるのは嫌だ。
地響きを立てて、僕らの住みかが崩れ始めている。
嫌だ。ここに残りたい。ロフトは? 書庫は? 僕はここで生まれて、ここで動いて、ここで夢をみる。それだけは絶対に譲れない。譲れないんだ。
「早く!こっち!!」
涙をためて叫ぶドールたちの声に、はっと気がついた。
僕に、手を伸ばしている。
何故僕を助けようとするの? ただ知り合い程度のドールに、何故そんなに優しくできるの?
喉が痛くきしんで、視界が悲しみで溢れて、、、僕は涙を流しているようだった。
「仕方ありませんね、、、」
、、、少し、恥ずかしい。涙を拭って、悟られないようにしながらその手を握った。
がらん、ごとん、と大きな音を立てて、工場が動いている。
Xがやってきたあの日の音とそっくりだ。あの日の事が、懐かしく憎らしい。
待った、これは走馬灯とかではないだろうな、、、? そんな心配を抱えながら走った。
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工場は曇り、中では時間すら動きを止めてしまいそうだったあの日。
金属のきしむ音と、暗闇に慣れた僕らには眩しすぎる光が飛び込んできた。
門を開けたのは、、、人間、だろうか? あちこちを見回り、ドール達に何かしている。
ふと、彼に足を直してもらったドールが、倒れそうになった。
そのドールはそのまま起き上がり、自分の足で立ったのだ。
どういう事だろう? ドールが、動いた?自分の足で、自分の手で?
何もかも意味が分からない。工場の中の何かが変わってしまいそうで、ただただ不気味で怖かった。
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それからも彼はドールを直し続けていた。その度に一体、また一体と立ち上がり、会釈し、歩く。中には笑い声をあげるドールまでいた。
それとともに工場の機械も次々動き出し、いつかのような活気が工場に戻った。
騒がしい。騒がしすぎる。頭がずんずんと痛い。どうか誰も僕を見つけないで。
下からは見えにくく入り口も分かりづらいロフトにいたからか、僕はかなり最後までXに気づかれなかった。
それでもタイムリミットは来てしまった。
階段を上る彼の足音がする。久しぶりに見る人間の大きな声や手に、僕はもう以前のような愛しさは微塵も感じなかった。
「おや、これはまた珍しい。ちょっと不機嫌さんかな?」
彼が僕に手を伸ばす。防ぎようがないのが恨めしくてたまらない。
「すごく状態がいいじゃないか。、、、おっと。私はX。この工場の長となる者だ。これからどうぞよろしく。」
彼が僕におりた埃を払うと同時に、とんでもない目まいが僕を襲った。熱い。頭が痛い。心が「動け」としきりに叫んでいる。ああ、信じたくない。僕はずっとここに座っていてもいい。ずっと独りがいい。
「あぁ、びっくりしてしまったかな? すまないね、起こしてあげよう。」
いくら状態がいいとはいえ、作られてからだいぶ経っている。少し脆くなっていたのだろうか。彼が僕を抱き上げたその瞬間、ぴきっ、と音がした。
心の中で凝り固まった「不安」という歪みが、頬の小さなヒビへと姿を変えた。
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じっと考え込む癖は直した方がよさそうだ。気づけば、"かつて人形だったもの"は二つに増えていた。誰だったかなんて、とても聞くことができなかった。
思えば僕は、色んなドールに助けられてきたのだな、と痛感した。
こんなに長い時間が経ったというのに、僕はまだ誰かに「ありがとう」すら言えない。ああ、これはきっと僕を作った職人のせいだ。最初っから不機嫌な顔なんかで作るから。本当に、しょうがない人だなぁ。、、、
「ふふ」
「、、、え!?」
周りのドールが一斉に不思議そうな顔でこっちを見た。
「トラウムさん、、、今笑いました?」
、、、笑う? 僕が、、、?
「見たこと、ない、お顔、です!」
「わぁ、珍しい!いいんじゃない?」
「貴方、一応笑えたんですね、、、」
「違和感ありすぎて逆に面白いかも、、、w」
皆が一斉に喋る。理解が追い付かない、、、。
「笑うなんて、、、笑って、、、ました、、、??」
ただただ戸惑う事しかできなかったけれど、それがまた皆の目には面白かったようで、結局やあやあとはやし立てられてしまった。
ちょっと貴重な体験ができた、気がする。
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皆はどうやら、これからについて話しているみたいだった。
これから、、、そうだ、これからが残っているんだ。
「そーだ、外に出られるんじゃん!!」
「楽しみねぇ、、、!」
前々から「外へ行きたい」と話していたドールたちが、一気に盛り上がる。
外に出られるのか、、、
だとしても、僕に選択肢と言えるほどのものはない。
「自分は御免ですね。変化は嫌いです。」
、、、周りの空気がしんとしてしまった。もうちょっと後で言うべきだったかな、、、
いたたまれなくて、少し輪から離れて話の続きを聞くことにした。
少し意外だったのは、リーヴァさんが「外の世界へ行く」と決めた事だった。
、、、彼女に起きた「変化」をひたと感じて悲しくなったが、その中に「成長」という暖かさがあるような気がして不思議だった。
「みんな、しばしのお別れだね。」
、、、リーヴァさんは少しうつむいていた。
ドールたちが一人ずつ、別れの言葉をかけるみたいだ。
ええっと、何を言おう。詰まらせてしまっても悪いし、簡潔に、、、でもまだ「ありがとう」なんて言えない、、、
「特に言うことはありません。、、、きっとまた、会えますから」
それが僕にかけられる、精一杯の言葉だった。
、、、ヴィスさんが最初ムッとして僕を睨みかけたのは、少し面白かった。
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工場は、想像もできないくらい変わってしまっていた。もうもはや、原型すら留めていないだろう。蜘蛛の巣は何処へ行っただろう? 光を遮る重い窓のあった場所では、日光がほしいままに輝いている。本ももうほとんど読めないだろう。
辛うじて残っているロッキングチェアが、僕の居場所を守ってくれている気がして少しだけ嬉しかった。
レンガが砕けて、得体の知れない液体がどこかから流れて、埃と思い出が散り散りに宙を舞って、、、
僕が長い時を過ごしてきた場所。こんなに"変わって"しまった、、、
のに。
僕の頭に浮かぶのは、
「綺麗だなぁ」
という一言。
ただ、それだけだった。
ぞくっ、と背筋の冷える心地がした。
、、、僕は何故、こんなことを考えているんだろう?
あの時僕は、確かに誰かの手を取った。
あの時僕は、確かに笑った。
あの時僕は、確かに別れを惜しんだ。
あの時僕は、確かに変わったものを受け止めた。
じわり、と恐ろしい言葉が押し寄せてくる。どうかやめて欲しい。信じたくない。手遅れなのは分かっているのに、信じなければそれは形を得ない、とその一言を必死で拒んでいる。
僕は、変わりかけているんだ。
あまりにも嫌な心地がする。自分が信じられなくなりそうだ。もしそうなってしまったら、、、僕は何にこだわって生き続けるんだろう?
エンドロールが聞こえてくる気がして、そこから逃げたくて。ぐっと後ずさった。
そのとき、レンガに右腕の先が当たった。がりっ、と音がする。
心の中で大きく腫れた「恐怖」という歪みが、腕の大きなヒビへと姿を変えた。
ああ、何をやっているんだろう。
守りたいものなど、もう無くなってしまったのかもしれない。
全てを失ってしまうことも、怖くない気がする。
今の僕をあの職人が見たら、どう思うだろうか、、、?
思い出に浸ることも、これで無くなるかも知れない。
最後に少し、ロフトのあった場所を歩いてみることにした。
読みかけだった小説は、ずたずたになっていた。いつか読みたかった伝記は、家具のかけらで串刺しになっていた。他もほとんど同じ有様だ。
一つだけ、古いノートが転がっていた。読めるみたいだ。
ノートなんてあったかな、、、? と疑問に思いながら表紙を開いて、目がくらみそうになる。
表紙にはこう書いてあった。
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トラウムの日記(ホントはしがない職人の作り話)
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僕のために、書いていたのだろうか。僕のことを本当に大切にしてくれていたんだ、それにしてもかっこを付けてわざと自分を卑下しなくてもいいのにな、、、と暖かい気持ちになった。
でも。これ以上は読んじゃいけない。それだけは分かる。読んだら何もかもが壊れてしまいそうで、心が必死に手をなだめている。
そのとき。どっ、と強い風が吹いて、ノートは最後のページまでめくれてしまった。
もう読まずには、いられなかった。
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さいごに
トラウムへ
元気で過ごしてるかなあ。この文がどこかで読まれたら、僕は最高にうれしいなと思います。(読まれてしまったらそれはそれで恥ずかしいかな、、、?)
僕が君を作ろうと決めたその日から、にやにやが止まりませんでした。作っているときも、君を初めて誰かに見せたときも、そのあとも、ずっと幸せでいられました。
トラウム、君は他の人にさんざん言われていたけど、どうか気にしないでほしい。
君は僕を世界の誰より笑顔にしてくれる、素晴らしいドールだから。
僕の夢を、「誰かに幸せをくれるようなドールを作る」ことを、叶えてくれたね。本当にありがとう。
君を笑顔にできなかったのは心残りのような気もするけど、作ったのは僕だから仕方がないね。いくらでも責めてください。
ただ君が笑ってしまうと、周りの人たちはたいそう驚くだろうね。
、、、やっぱりむすっとしていてください。僕の笑顔のためだけに、、、(笑)
僕は人間です。八十年くらいでぱたりと倒れて、それで灰になる。きっと偉人でも、こんなしがない職人でも同じです。
でも君は「人形」だ。
ちゃんと扱えば数十年はゆうに持つ。百年、千年経ったって、もしかしたら綺麗なままかもしれない。
だから僕は、トラウムに一つお願いをしたいと思います。
この場所に、変わらず座り続けてください。
僕がいたことを、君がいることを、いつまでもここに残してください。
君を邪魔するような奴がいたら、お得意の冷たい視線で追い払ってしまっていいかと思います(笑)
「すべてのものは変わる」と、この場所で深く実感しました。
でも。だからこそ。思い出とか、僕たちがいた証拠くらいは、いつまでも残してやりたい、と思ってしまった。
「覚めない夢」が、見てみたくなってしまったのです。
ちょっと無理やりでわがままだけど、頼めるかな。
それじゃあ、ご機嫌よう。
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「覚めない夢」
その言葉が、いつまでも心の中でこだましていた。
彼は僕に、この「夢」に、何を望んだか。
分からないはずがない。
血迷ってしまった自分が情けない。不思議と足取りが軽くなる。
ロッキングチェアに、静かに腰掛けた。
揺れているけど、その場でずっと留まっている。
誰かの歓声も、埃のレンガも、ヒビも涙も微笑みも、全ては夢の中。
そうして僕らはいつまでも、覚めない夢を見ている。
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<トラウム (traum)>
「夢」、「幻想」という意味をもつドイツ語。
「廃工場のビスクドール」、完結おめでとうございます。美しくも時に悲しい世界観や繊細な描写が最高でした、、、!!(語彙力の消失)
本当にありがとうございました!!!
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