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雨、そして恋
駅前の古いアーケード。剥げかけた看板の下で、僕と彼女は土砂降りの雨に閉じ込められていた。
足元には、彼女の愛犬のハルが、湿ったアスファルトに大きな体を預けて伏せている。時折、退屈そうに「ふぅ」と重たい溜息をつくたび、濡れた毛の匂いがふわりと僕らの間に立ち上った。
「やまないね」
彼女が、銀色のカーテンのようになった雨を見つめたまま呟く。
「そうだね」
僕は短く返して、ポケットの中で小さく手を握りしめた。
本当は、雨なんてどうでもよかった。
むしろ、この狭い軒下で、彼女の肩が僕の腕に微かに触れているその数センチの距離が、世界のすべてだった。傘を持っていない僕に、彼女が「入りなよ」と差し出してくれた距離。その熱が、激しい雨音よりもずっと大きく、僕の心臓を叩いている。
ハルが不意に顔を上げ、僕をじっと見つめた。
金色の瞳。それは、僕の胸の内にある「恋」という名前の臆病な感情を、すべて見透かしているかのように真っ直ぐだった。
「……ねえ、もう少しだけ、降っててもいいかも」
彼女が僕の方を向かずにそう言った。
ハルが、僕の足にそっと顎を乗せる。まるで「ほら、今だよ」と背中を押してくれているような、柔らかな重み。
「僕も……そう思ってた」
僕が意を決して言葉を返すと、彼女は少しだけ驚いたように、それから恥ずかしそうに視線を落とした。雨粒が弾ける音の隙間で、彼女の指先が僕の袖口を、ほんの少しだけ掴む。
ハルが満足そうに鼻を鳴らした。
アーケードの外は、まだ白く煙っている。
冷たい雨のおかげで、僕らの季節は、ようやく一歩だけ前に進もうとしていた。