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恋の一歩目はおしること共に
クリスマスがあるなら正月もあっていいだろ?
「じゅ、準備おっけーですか…?」
私の確認の一言に、いいよー、はやくー、と小さな声が上がる。
「で、では音頭は私が。……あけましておめでとうございます!」
そんな私ーー“正月”のネンガの小さな声で、新年が明けた。明けてしまった。
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「「「おめでとう」ぉぉぉぉ」なのよ!」
新年一発目の弱音は、先輩方の陽気な声に吹っ飛ばされて去年に飛んでった。多分。
「あの、これ一応会議の名目なのn」
「「飲み会に決まってんだろ」でしょ」
“感謝祭”のサンクス先輩が何か言っているが、みんなお酒を注ぎ合うのに夢中で一蹴されている。協調性とは、と膝をついている先輩の姿がなんだか物悲しい。ああ、せっかく袴なのに。そんなに膝をつくと埃がつく。
…あ、あれ?それよりこれ会議なんですか?思いっきり食べ物持ってきちゃいました…どうしましょう…
「なぁーに辛気臭い顔してんのよ!ほらネンガちゃん、酒酒!よこしなさい!」
吹っ飛ばされたはずの弱音がブーメランみたいにくるくる回りながら心の臓に刺さり込んで幻の血反吐を吐いているところに、“ハロウィン”のウィッチ先輩が絡んできた。すでに息が酒臭い。
…この先輩、明らかにロリなんですよね。お酒飲める年齢なんでしょうか…というか、実際の年はいくつなのでしょうか…
「おっ!おめーも飲んでるかあ!つーか、おめー飲んでいいのかよ?だって見た目完全にロリじゃ」
「だまれぃ!」
あ、聞かなくてよかった。
すごくいいタイミングで“こどもの日”のタンゴ先輩が来てくれた。ウィッチ先輩のハイキックが直撃したようで、タンゴ先輩はもんどり打って倒れこんでしまった。
…ほ、ほんとに聞かなくてよかった…タンゴ先輩、ご愁傷様です…
今度は口喧嘩を始めた二人。それを呆れたような目で眺めながらとっくりに注がれたお酒をあおる一人の男がいた。
否、それは人ではない。
盛り上がった筋肉を包む赤い肌。
つりあがった金色の眼。
そして、その男の象徴とも言える、男の頭に生えた鋭い角。
男ーーー“節分”のアカオニ先輩は、名前通り鬼だった。
…今日は青い|甚平《じんべい》を着ていますね。そんな先輩も男前で素敵です…!
いかつい顔だが、まさに|漢《おとこ》と言った感じだ。好き。2mを超える上背はチビの私からしたら憧れだ。好き。全てを悟ったような達観した言動。好きっ。
つまり、端的に言えば。
私はアカオニ先輩に恋をしていた。
そして去年、私は決めたのだ。
…正月になったら、こっ、ここっ、告白しましょう…!!
と。
…と言っても、いざその日が来たら緊張するものです…どうしましょう…やめましょうか…
また弱音を吐きそうな心に鞭打つ。今日は、今日だけはやめてはいけないのだ。
今日、やめてしまえば。
今日、諦めてしまえば。
…もう、告白なんてできなくなる気がするのです…
故に、今日はもう弱音は吐かない。
強くなるのだ。
そう、まるで先輩のように。
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「…せっ、先輩っ!」
アカオニ先輩の前に立つだけで、足が震える。
大好きなアカオニ先輩の近くにいられて嬉しい反面、これからしようとしていることに恐怖が湧き上がる。
…断られたらどうしましょう…?
そんな言葉も振り切って、動かぬ口を叱咤して、一番言いたいことを出す為に言葉を紡ぐ。
「あ、あかおにしぇんぱいっ…」
「どうした」
「その…」
「…」
「わ、わたしっ…」
「おう」
頭がごっちゃになって、涙がこぼれそうになるのを慌てて堰き止める。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
言わなきゃっ…!!!
「お、おしるこ食べませんか…?」
…やっっっぱり無理ぃぃぃぃっっ…!!
わ、私にはやっぱり無理です…告白なんてできません…
一度止めた涙がブワッと溢れそうになった、その時だった。
「ああ、いただこう」
…アカオニ先輩、今なんと言いました…?
「へ…?」
「…?」
お互い、少し驚いたような間抜け顔で見つめ合う。
数秒視線を追いかけてから、ようやく私はおしるこのことだと理解した。
「…は、はいっ!今持ってきますっ!」
私が持ってきた食べ物の中におしるこがあったはず。
今年は小豆の出来も白玉の出来も良くて、過去最高傑作なのだ。できるだけ熱々の状態で届けたいところだ。
そんな考えを胸に走り出した私の目尻に、涙はもうない。
好きな人と話ができた。
それだけで、今年の戦果は十分だ。
鼻歌交じりで、私は跳ねるように駆けていった。
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とあるところに、とてもいちずなおんなのこがいました。
そのこは、すきなひとにこくはくすることができませんでした。
でも、おんなのこはおもったほどかなしくありませんでした。
だいすきなひととはなすのは、それほどたのしかったのですから。
それに、おんなのこのゆうきはすこしもむだではありませんでした。
だいすきなひとが、あまいものがだいすきだとしるのは、まださきのことです。
お正月ってイツダッケ???
食べ物ばっかやんと思う方もいると思います。その通りです。
俺の情熱はいつだって食べ物から始まるのさぁ!