公開中
第十話「八咫の導き」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
自身の記憶に違和感をもったシイは、急遽訪れたリーのもとでフーゾのことを聞く。記憶を戻して貰うために、シイはフーゾのもとへと行くことにしたが…
「すぐに来る」そう師匠が言ってからはや10分が経った。ちらりと師匠の方を見ると、明らかに呆れというか、諦めのような表情で遠くを見つめている。
たぶん、師匠は嘘は言ってない。それはリンくんじゃなくてもわかる。きっと「すぐ来れるはずの相手」がマイペースな奴なんだろう。師匠の顔からして、常習犯のはずだ。
「…すまぬ。すぐと言ったが、あれは嘘じゃ。恐らくもう何分かかかるであろう」
「りょーかい。まぁ、気長に待つよ」
それからさらに5分後。隠すつもりもなさそうな足音と共にソイツはやって来た。
「…あ、ケレファくん?なるほどどーりで」
「お~ガチでシイさんだ」
ひらひら、とけだるげに手を振りつつ、顔は常に薄ら笑いをキープ。猫背でも分かるオレよりもずっと高い身長が、妙な緊張感を与えてくる。
実に15分以上掛けてこちらにやって来たのは、よく殺し屋としての仕事でお世話になってる《《解体屋》》のケレファくんだった。なるほど確かに、よく顔を知ってはいる。
「久しぶりじゃの、ヤ…ケレファ」
「ん、リーさんもお元気そ~でなにより」
なんとなくのんびりとした雰囲気を纏っている二人は、昔からの知り合いらしい。といっても、ケレファくんにとっての昔だが。
「そんで、要はシイさんを天界に案内しろってことでいいんだよね~?」
「そうじゃな。記憶の岩戸あたりにおるじゃろ」
天界、記憶の岩戸…神話に出てくるものばかりで、今更ながら本当にあるんだなぁ、なんて思ってしまう。
いくよ~、と声をかけてくれたケレファくんに続いて、縁側から立ち上がり、師匠の方を振り返る。
「じゃあ…師匠、行ってきます!」
「…気をつけるんじゃぞ」
師匠がにこ、と笑った。その顔がどこか曇って見えたのは、オレの影に覆われただけじゃなかったのだろうか。
---
「…ああ、確かに死んだって聞いたかもね。でもすぐに忘れちゃった~…」
「いや、それはフツーに覚えといてよ…」
「あは、ごめんなさい」
二人で静かな砂漠を歩いていく。迷いなく進むケレファくんに着いていってはいるが、やはり不安は耐えない。大丈夫だろうか。
「不安?オレもね、も~何年も来てないから~…自信ないや、ごめんね~」
「ええ?怖」
ヘラヘラと、何が楽しいのか彼は笑っている。いや、目は笑ってないから、きっと楽しくないんだろう。あれが彼なりの処世術なのかもしれない。
(そういえば、ケレファくんのこと深く知ってる人っていんのかなぁ)
自分より幾分か高い頭を、後ろからぼんやりと見上げながら歩いた。
「…あ、あったぁ」
「すげぇ、いかにもって感じする」
そこには遺跡のように佇む_というかたぶん遺跡なのだろう_不思議な形の、赤い門が連なっていた。だが、それらは傾いていて、それが逆に不気味に感じられる。
「傾いてるけど…良いの?そのままで」
「いけるっしょ、たぶんね」
雑いな~と、思っていると、ケレファくんがするっと門の中に入っていた。オレも後を追って一つ目の門を潜ると、水中に潜ったような感覚が一瞬だけ訪れる。
(なるほど、ゲートね。てことはさっきのは結界かな?面白いなぁ)
基本的に、結界というのはドーム型に張ることが多い。一応、壁のように張るタイプもいるが…それだと、ドームと違って位置を決めるのが面倒なそうだ。あ、これ知り合いの結界系能力持ちからの情報ね。
だからこそ、ああいった風にドアのような形で結界を張るのは難しいのだ。きっと、これを張ったのは相当な腕前の魔法使いだろう。
一つ目の門を抜けたあとにも、何度か結界は張られてあったようだが、その全てに引っ掛かることはなかった。多分一つ一つ弾く条件が異なる結界だ、手間がかかるだろうに…。
それより気になったのは周囲の景色だ。門を潜るまでは、殺風景な砂漠がだだっ広くそこにあったはず。それがいつの間にか、草木の生い茂る、森…っぽいものになっていた。多分、森だろう…森、だよな?
「うーんマイナスイオンだね~」
「まいなすいおん?」
「ちょ~リラックスってこと」
「なるほど。確かにまいなすいおんだ」
水が流れる音、鳥の鳴き声、木の葉と木の葉が擦れ遭う音…様々な音が、そこはかとなく主張をしつつ、共存している。素敵な場所だ。
「記憶の岩戸まであとどんくらい?」
「う~ん、もうちょい。そんなないよ、たぶんね~」
「雑いなぁ」
「まぁ、そんなに歩かないから」
もうしばらく歩いていれば、すぐに門の終わりがやってきた。だが、記憶の岩戸らしきものは見えない。それでもケレファくんは歩き続けていく。
「足元にね、岩戸に続く石の足場があるの。だからそれ辿ってってね~」
「了解!」
確かに足下を見ると、少し苔むした石の足場がある。親切だなぁ、なんて、感心してみたり…
「シイさんはさぁ、フーゾさんに会ってどうすんの?記憶戻してもらうだけ?」
「ん~まぁそんな感じかな。もしかしたら連れ戻したりするかもしんないけど…」
「…ふぅん、そっかぁ」
「なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなく~?」
なんとなくかぁ、と呟きながら足を進める。ケレファくんの顔は見えないが、きっと今も口だけが笑っているのだろう。本当に不思議なコだなぁ。
---
記憶の岩戸は、そこから案外近いところに位置していた。神話通りの外観で、洞穴に大きな岩で封をしただけ、といった風貌は、正しく岩戸の名にふさわしかった。
岩の近くによってみると、岩にむしていた苔が少し抉れている。恐らく最近動かされたのだろう。
「じゃあオレはこれで帰るね~」
「え、もう行っちゃうの」
「だって案内だけだし、ほら、水入らずよ」
じゃあね、と言ってケレファくんはそのまま来た方向へと戻っていってしまった。さすがに何かあった時のために戦力が欲しかったのだが…行ってしまったものは仕方がない。
記憶の岩戸へ向き直る。苔むした、触るとほんのりと冷たさを伝える大きな岩。この向こうに、オレの記憶を消したやつがいる。オレの、恋人がいる。
あっという間にここまで来ちまったものだから、今更零くんのことを思い出した。今、時間はどのくらいなのだろうか。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。不安になった。
とにかく早く済ませよう、と岩に手を掛ける。押して、引いて、手の位置を変えて、また押して、引いて…そして、ふと思った。
(…これ、どうやって開けんのさ)
その岩戸は、あまりにも重かった。それはもう、人の手では動かせぬほどに。
◇To be continued…
【次回予告】
「もしも~し?いますか~?!」
「分かったって…ったく、後悔するなよ」
「オレ、大好きなひとが死んでいくのもうヤだよ…」