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【善人者】 α
▶(前置きが)長かったので前編のαと、後編のβに別れることにします。
他の話でもこのようになるかもしれませんが、ご容赦下さい。
少し下へ苔の生えた煉瓦壁にスプレーで描かれたストリートアートがポップな様子で嗤っている。
中性洗剤で濡らされたブラシを壁へ押し当てようとした時、何やら呟いている声が遠くから懸命に聞こえてくる。
「……あ〜……なるほど…」
そう、納得したような声を自ら漏らして呟いた別の声について考える。
大体30代前半程の若い男性の声に聞こえるが、こんな真昼に美術館の壁に落書きするなんて、さぞ暇なことだろう。
羨ましいかぎりであるし、最もそんな落書き人間を警備員が止めるなんてマニュアルにはないわけで…つまりは、ここで無視してもいい。
だが、新館長のアーフレジアン・シトリックだったか。それに怒られて給料が出ない、なんてことになれば正直タダ働きだ。
そんなことになってはこちらも困るので素直に止めてしまおう。普通の人間なら、一回の注意で済むはずだ。
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くすんだ青味がかった灰色の髪に灰色の瞳をした縁無いオーバルメガネに黒いTシャツの上に黒カーディガンを羽織って黒いパンツ、黒いスニーカーと黒さが目立ち、左頬に怪我をしたやけに笑顔の男性。
ああいう髪色を芸術家様はアッシュブラウンだとか、長ったらしい名前で呼ぶ。効率よりも想いを込めるんだろう。
ただ、そんな|非常に熱心な芸術家《グラフィティ・アーティスト》様の作品だからと言って壁に落書きなんて行いを止める気はない。
男の名前はラパン・デュシャン=アルベール。
アムールプロープルミュゼの画家の一人で、最も手を焼く悲劇的に熱心な美術家だ。
「……熱意をもって描いているところ、悪いんだが…」
軽く先制するように釘を刺して呼びかけるが、応答はない。
ただ、手元を見るとその辺に落ちているような小石を砕いたものや土、葉っぱ等が絵の具等によって貼られて色を塗られている。
どこもかしこも暗く影を帯びた色ばかりで少なくとも気分が高揚するような作品ではない。
隣で手を動かす画家は何かしらを呟いては口を閉ざさずに「こっちの方がより美しさを…」と呟き続けている。
「なぁ、話を_」
再度、呼びかけたところに顔がぐるんと勢いをつけて向き、背筋が一瞬にして浮いたような感覚がした。
しばらく見つめ合って、またラパンの手が動きを見せた。
描き切るまでテコでも動かないつもりだろう。それなら、今度にすればいい。
何も無かったと館長にはそう言えばいいさ。
それに、こんな築50年以上も経っていそうな古い美術館にある落書きなんて苔や汚れでそう目立たない。
忠告しろと言われれば今度にすればいい。誰かが見てるわけじゃないんだ。
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扉を開けて鈴の音が鳴った。
ブラシを持って入ろうとして、開けた扉の前にあったバケツに足を引っ掛けて盛大に転ぶ。
後手に倒れた身体は先に地面へ頭と重なった。
「っ……早期にツケでも回ったか…?」
「何のツケだよ、誰かを怒らせでもしたのか?」
「…ああ…フレディか。アーフレジアンかと思ったぞ」
「そりゃあ、なんで?」
「まぁ、その……ちょっとな…後ろめたいことが少しだけあるんだよ」
「へぇ」、と短い返事をしたフレデリックから差し伸ばされた手を取って起き上がり、感謝の言葉を述べた。
そのままフレデリックと軽く話して離れ、現館長の元へ急いだ。
道中にネージュやモルフォ、レザン、エーベル、ソイル、エマ、コウガ、テュベフキュローズに会い、会釈を返した。
警備室を開けた直後、妖艶な雰囲気を纏って椅子に腰掛けたアーフレジアンに向かって口を開いた。
「それ、切ってくれ。話をするのに邪魔だ」
「《《それ》》とは、なんのことですか?」
「魔法だよ、お前の。分かるだろ。気が散ってしょうがないんだ。
お遊び半分で人を弄ばれちゃ、こっちだって困る。お前の境遇なんか知らないが、恨まれたくなきゃ黙って切っとけ」
「……そうですか。ところで、美術館の壁にある落書きは綺麗にできましたか?」
「落書き?いいや、全く。元が汚すぎてどれが汚れかも分からなかったね」
そう言った途端にアーフレジアンの瞳が少しだけきつくなり、沈黙した。
その沈黙を諭すように破って、会話を続ける。
「まぁ、そんな怒るなよ。実際、汚い壁してるだろ?
来たばっかの人間にどれが汚れでどれが壁かなんて分かりゃしないさ。それにお前が判断できるかも、怪しいところだしな」
「…分かりました。他に、何か変わったことはありましたか?」
「ああ…ラパン・デュシャン=アルベール、可哀想な画家様がいたよ」
「…?…その方は、何かしていました?」
「いや、何も……軽く声をかけたぐらいだ」
「なるほど、何か他に言うことはありますか?」
「ないよ。あると思うのか?」
「…貴方のことですから、何か隠しているかと思いまして」
「……いや………ないよ。そろそろ警備の時間になる。マニュアル通りに頼むよ」
「…分かりました。よろしくお願いします」
まぁ、逃げることはできただろう。
椅子から立ち上がって、近くの固定電話に手を伸ばした。
時計の針は午後10時を指し示していた。
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カメラの映像と睨めっこするエマが最初に音を上げた。
「あ〜…もう、飽きた!」
その不満がちょうど後ろでマニュアルを読み進めていたレザンに届いたのか、この男も「椅子に座って画面を見続けるだけ、なんて飽きるよね」と笑うように不満を流した。
確かに警備の仕事がカメラと睨めっこし続けるだけなんて16歳の子供や慣れてない人間には厳しいだろう。
それに加え、ただ座り続けるのだから立ち続けるよりはマシだとはいえ、精神的に来るものがある。
まぁ、数時間…2時間だけの辛抱だ。実際の業務である見回りは6時間であるし、全体的には8時間だが…何も「8時間ぶっ通しで全員にやれ」、なんてお偉いさんも鬼じゃない。
見回り勤務は交代制で、カメラだけの2時間は全員。つまりは、最初の2時間は皆でやるが、残りの4時間は一日が経つ度に違う人間がやるわけだ。
であるからにして、今日は、こういった表になり、
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*1.モルフォ・フラワー*
*2.エーベル・ハーベスト*
*3.ソイル・アトア*
*4.テュベフキュローズ・ペストノア*
*5.コウガ・ルージュ*
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次の日が、必然的にこういった組み合わせになる。
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*1.アーフレジアン・シトリック*
*2.ネージュ・テラリウム*
*3.レザン・ウロボロス*
*4.フレデリック・アダン・ジュイ*
*5.エマ・ヒナタ*
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ただ、絶対というわけでもなく、あくまで例として挙げられる。簡単なシフト表みたいなものだ。
しかし敢えて文句があるとするなら、私が美術館そのものが休館でないかぎり毎日警備にあたること。
理由は単純に他の仕事を行っていない“正社員”であることだ。一度、文句を言ったことはあるがアムールに軽く諭された記憶しかない。
優しげな雰囲気のある男だが、隠すことは隠すし、はっきりと名言しないのはそこから分かりきっている。
それに夜勤専門なんて、そういう生活習慣じゃないかぎり、慣れやしない。
要は…過労待ったナシの過激勤務ってことだ。
そんなクソみたいな話をまとめながら再びカメラの画面へ目を通した瞬間に隣で真面目に監視していたネージュがやけに驚いたような顔をして、声を挙げた。
「これ!見て下さい!」
そう画面を指指したのは、やはりE-039。自意識過剰な絵画のことだから、話をしていたらやっぱり出やがったらしい。
E-039のカメラ映像には美術館の床が階段状になり、その一番上の奥に花らしきものが飾られている。
その光景を見て、エーベルの隣に置いてあった資料に目を映した。
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**E-039:善人者/早摘み**
塔上の白い建物の上に白い薔薇が咲いており、その薔薇の茎を大きな|鋏《はさみ》が手をかけている絵画です。
対象者はルネ=ルイーズ・カロン。
興味本位で当館を訪れた後にアンハッピーと魔法与えられましたが、対象者による魔法の使用は禁止されました。
対象者は贈与時、「何が起こったのか分からない」「頭がおかしい」「帰らせろ」「狂ってる、アンタ狂ってるんだ」等と供述した後、足元に鋏が掠めた直後、非常に大人しくなりました。
E-039は贈与時、~~ひどく苛立ったような形で~~対象者に対し昼であるのに構わず異変を発生させました。
以下、E-039が発生させた異変です。
(対象者に贈与時)
・鋏が対象者の足元を掠める。
・~~近くで水を飲んでいた~~猫の首を鋏ではねる。
・~~アムール及び、~~特定の職員のみに鋏が飛んでくる。
(通常時)
・対象が飾られている空間が階段ブロックのように崩れる。
・頂上に咲く白薔薇を抜くまで鋏が追ってくる。
現在、E-039は対象者に対し何も行っていません。
報告は以上です。
`何が以上だ、クソッタレめ。この脅迫みたいな行動のせいで、こっちはワガママ絵画の世話を任される羽目になったんだぞ。こんなもん書いてる暇あったら呪いみたいなもん解く方法を考えてくれよ。`
追記:
ルネ=ルイーズ・カロンが200×年にE-040の近くで亡くなっているのを発見しました。
死因を調査したところ、自殺とみられます。
報告は以上です。
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資料から読み解けば、現在のE-039の異変は通常時だ。
こんな簡単な資料なら学のない|未成年の浮浪者《ストリートキッド》にだって答えは出せる。
隣で見ていたネージュが疑問の言葉を投げた。
「ここに書かれてることと、一緒ですね。資料って、そんなものなんですか?」
「ああ…資料以外のことが発生したら、それこそ“異変”だな」
少し感嘆したような声を挙げたネージュの代わりにモルフォが更に言葉を続けた。
「例外の異変もあるの?」
「稀にだよ。そうなったら、その例外もここに記載しなきゃならない。誰か、やってくれたりするか?」
質問したモルフォは何も言わなかった。他も同様に何も言わなかったが、やけに静かなコウガを指そうとして本人が寝ていることに気づいた。
しかたなく、他を見回してちょうど目があった男性がいた。
何やら奇妙な感覚に陥った。
「エーベル」
「嫌だ!そもそも、言い出しっぺがやるべきだろ?!」
「……じゃあ、お前が5連続の夜勤するか?」
「あんた、卑怯だ!」
「ああ、そうかもな。でも、子供にできるとも思えない」
「さっきはコウガを見てたくせにか?!」
「コウガを見て思ったんだよ、子供には任せられないって」
「学業の問題か?それなら、大人だって仕事があるだろ!」
「…モルフォは花屋だろ、仕事に子供も大人も関係あるのか?」
「モルフォが特殊なだけじゃないか!」
「知るかよ。いいから…」
「ソイルやテュ…ローズに今、寝てるコウガにだって出来ることだろ?!」
「その中から、お前が適任だって思っただけだ」
その言葉を皮切りに少し嬉しいような笑みの後に諦めたようにため息を吐いて椅子に腰を下ろした。
こちらも同様に椅子に座ってアーフレジアンと目が合った。奇妙な感じが頭から離れず、勘頼りに口を開いた。
「おい、魔法を切れ」
「あら……すみませんね」
|正解《ビンゴ》だったらしい。
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「ん……ねぇ、お菓子持ってない?」
目覚めた|眠り姫《コウガ》は起きてすぐに甘味を要求した。
良いご身分だ、悪くない。ポケットにあった可愛らしい袋に包まれた小さなキャンディを渡せば、すぐにコウガは口の中へキャンディを放りこんだ。
なんでも、糖分を取れば頭痛が止むらしい。
飾られたE-039までの暗い廊下はどこを見ても真っ暗闇で、何も見えやしない。
手元の懐中電灯を点けようとして、顔に光が思いっきり射した。
驚いた声を挙げれば、にっこりと笑ったテュベフキュローズ…ローズが手元の点った懐中電灯を点けている。
「…ローズ、人の顔に向けるな」
「なんでさ!手元が見やすくなっただろ?」
「ああ、見やすかったよ。見えや過ぎる程にな」
「じゃあ、良いじゃない!ところで、魔法は使わないのかい?」
「使いたくない。懐中電灯が点いたなら、先に行ってるソイルに続いてくれ」
「…分かった、分かった…少しは笑えよな」
去り際の一言には何も言わなかった。先に懐中電灯が点いたソイルは先に動いていて、既にエーベルやモルフォ、コウガも続いていた。
中々点かない懐中電灯をやっと点けた頃には周りには誰もいなくて、一筋の光が廊下の先へ射すだけだった。
四人を追うように慣れた美術館の床へ右足を下ろした。
▶リュミエール・フルール・オルガ
武器:体術
魔法:fleur étoilée(星光花)
星型の眩い光を放つ爆発物を生成する。
爆発物の起動は、生成された星型の爆発物が中央から花の蕾が開くように約13秒で開花した時で、開花時には光を帯びた花型の種子が散布する(燃焼は不可・照明、目眩ましのみ可)
▶アーフレジアン・シトリック
武器:ストームブリンガー
魔法:Les sentiments amoureux de Sitri(シトリーの恋愛感情)
相手の恋愛系の感情を全て操作出来る。
誰かを好きになるも嫌いになるも、男女仲を良くするも悪くするも、全てアーフレジアンが決めれる。
また、恋愛感情を増減させる事も可能。
言ってしまえば誰かに恋をしている人の恋愛感情を消して何も思わなくする事も出来るし、逆に、恋愛に興味の無い人の恋愛感情をめちゃくちゃ増幅させて誰にでも手をつける様な下心しか無い色欲狂にさせる事も出来る。
完全に色欲系能力で、自分自身には使えない。
▶ネージュ・テラリウム
武器:トレンチダガー
魔法:スルマン ドゥ モヮ テラリウム
星を操る。見ている星の位置や輝きを調整したり、星形の魔法弾を出したりするほか、魔法弾を流星群のように降り注がせたりボールみたいに投げたり飛ばしたり出来る。
▶モルフォ・フラワー
武器:花鋏
魔法:吸引すると、様々な症状(毒をおったり、めまい、頭痛、呼吸困難、体のしびれ等)を引き起こす胞子を放つ蝶を生成する。
自分には耐性があるが、味方にも影響が及ぶ。
▶レザン・ウロボロス
武器:十徳ナイフ、素手
魔法:Toxine émotionnelle(感情毒素)
人物・生物・自我を持つ物体の「感情」を、ゾル状で色のついた液体として取り出すことができるが、対象に手で触れている必要がある。
取り出す感情によって色と性質が異なる(例:悲しみ…藍色で冷たく、周りの水分を凍らせる 等)
どれ程取り出すかは調節できるが、該当する対象の「感情」は液体として取り出した分鎮まる。
一度に取り出せるのは言葉で表せる感情一つのみ(後から混ぜる事は可能)。
液体は飲ませる事で対象にその感情を引き起こすことができるが、そもそも飲ませるのが危ない性質の物もある為、注意が必要。
液体は取り出して3時間で消失する。
▶フレデリック・アダン・ジュイ
武器:電動ガン
魔法:知人を自分のいる地点へ召喚させる
▶エーベル・ハーベスト
武器:投げナイフ
魔法:引き寄せ
(物、人を遠くから手にとることができる)
▶ソイル・アトア
武器:黒百合の剣
魔法:ラピス
3分間全てのものを切れるようになる(使用時に最悪の場合気を失う。良好な場合、吐血)
▶エマ・ヒナタ
武器:小型ナイフ
魔法:空白の空間から花を出せる(薔薇の茎、毒花 等)
▶コウガ・ルージュ
武器:双剣
魔法:仲良しな天使さんと悪魔さん
槍を所持した天使と悪魔が一緒に戦う。
双方が攻撃した場合、攻撃を食らった相手は寿命を奪われる。
▶テュベフキュローズ・ペストノア
武器:トランプとステッキ
トランプ···投擲武器 ステッキ···鈍器
魔法:La peste de la fin(終焉の疫病神)
過去に流行り、世界を混沌に陥れた疫病(ペストや結核、天然痘など)を生成し、相手に感染させる事が出来る。
過去にはこの魔法で国1つ滅ぼしたこともある様子。