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第1話:演算外の来訪者
「……おい、梅宮、誰だ、あいつ」
桜遥は、風鈴高校の屋上で、怪訝そうに視線を投げた。
「獅子頭連」との激闘を終えて数日。傷が癒え始めた|多聞衆《クラス》の面々が屋上に集まっていたが、そこには見慣れない背中があった。
屋上の縁に腰掛け、夕日に照らされているのは、ハンサムショートの髪をなびかせた人物だ。
風鈴の学ランを肩に羽織っているが、その下は白いシャツにネクタイ。そして——。
「……男? いや、スカート履いてますし」
楡井秋彦が戸惑った声を出す。その声に反応し、その人物はゆっくりと振り返った。
薄ピンク色の瞳が、無機質に桜たちを射抜く。整いすぎた中性的な顔立ちに、桜は思わず息を呑んだ。
「おっ、来たか! 紹介するよ、うちの『軍師』で『お医者さん』。|茉莉 蒼《まつり あお》だ」
梅宮一が、野菜に水をやる手を止めてパッと顔を輝かせた。
だが、紹介された蒼は、挨拶を交わすどころか、鋭い視線で桜を上から下まで眺め始めた。
「(……全治、あと二日ってところか)」
「……あぁ!? 何ジロジロ見てんだよ!」
苛立つ桜を無視し、蒼は淡々と、しかし確信に満ちた声で言い放つ。
「……桜遥。あんた、喧嘩の筋はいいけど、着地の時に膝を使いすぎ。……非効率だよ。そんな戦い方、そのうち自壊する」
「テメェ……初対面でいきなり何様のつもりだ!」
桜が詰め寄ろうとしたその時、ずっと黙っていた杉下京太郎が、地鳴りのような声で呟いた。
「…………女、だったのか」
「「「お前も知らなかったのかよ!!」」」
桜と楡井のツッコミが響く中、蒼は呆れたように肩をすくめた。
「……杉下。あんたとは一昨年の冬からの付き合いだけど、まさか私の身体構造すらスキャンできてなかったなんてね。……観察眼不足。後で再教育ね」
「……悪い。強かったから、男だと思ってた」
あの杉下が、気まずそうに視線を逸らす。その光景に、多聞衆の面々は戦慄した。梅宮以外にこれほど杉下を黙らせる人間が、この学校にいたのか。
「……軽く自己紹介。梅宮からこの学年の各教科、及び体調管理を担当するよう指示されてる、茉莉 蒼。……以上。これ以上言っても時間の無駄だから、質問は受け付けない」
蒼はそう言い捨てると、手元のタブレットに視線を戻した。その徹底した合理性と冷徹なまでの美しさに、場が静まり返る。
「へぇ……勉強も教えてくれるんだ? 楽しみだなぁ。……よろしくね、蒼先生」
不敵に口角を上げたのは、蘇枋隼飛だった。
蒼はその瞬間、持っていたタブレットを一瞬だけ強く握りしめ、すぐに顔を背けた。
「……っ。蘇枋、あんたは……別途、特別メニュー。……あと私を先生って呼ぶな。演算の処理速度が落ちる」
「おや、どうしてかな?」
「……うるさい。非効率な会話はそこまで」
蒼は救急箱を傍らに引き寄せ、鋭い声で命じた。
「……全員、そこに並びなさい。あんたたちのボロボロな体を、今から一秒でも早く『効率的』な状態に戻してあげる」
こうして、風鈴高校に史上最も美しく、最も冷徹な「軍師兼医者」が君臨した。
それが、蒼の止まっていた時間が、再び動き出す合図だった。
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