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3rd Collaboration.9
Lewis side
ふぅ、と僕はため息をつく。
色々と考えすぎだ、ルイス・キャロル。
とりあえずこれだけ云っておくか。
「…君は莫迦だよ」
「は、ぁ…?」
「大莫迦だ」
唐突に罵倒され、ダニエルは変な顔をしている。
写真撮って大きく印刷してやろうか。
「君だって、本当は何が正しいのか分かっているだろう?僕達の信じたジョン・テニエルなら…もう、気付いている、違う?」
「正しさ、なんて…っ俺は…!」
「っボス!自分がしていることを理解していないとは云わない!でも、私達はボスに何を差し出した!?ボスは私達に何をくれたと思う!?それを...ちゃんとよく考えてよ…!!」
桜月ちゃんは、涙を流してしまいそうだった。
今にも声が裏返ってしまいそうな、心の奥底からの叫び。
君も判るだろう、テニエル。
「違う!テニエルは、テニエルは私達とまたあの子と再会して、それから私達とまた平和に暮らすのよ!貴方達みたいな人達にはわからないでしょう!」
ハリエットの言葉に、少し動揺する。
彼らが経験したのは組織間の争いである“龍頭抗争”だ。
そして話を聞いた感じ巻き込まれただけ。
たったそれだけ、と云うのは冷たいだろうか。
彼らは本当に“ルイス・キャロル”を知っているのだろうか。
歴史上に刻まれた、綺麗に飾られた“戦神”しか見ていないのだろう。
大切な者を失った気持ちは、僕には分かりすぎる。
ただ、現実でまた会えるなんて夢物語としか思えない。
僕がその方法を知りたいぐらいだ、本当に。
「…もういい…メアリー、ハリエット、もういいよ…早く終わらせよう」
先程までの戦闘より、精神的なダメージが酷い。
頭がクラクラしてきた気がする。
そんな少し気が抜けた状態の僕は、特に備えていなかった。
--- 『小瓶の中の真実』 ---
Turtle soup、と呟いたフランシスを最後に、突然景色がガラリと変わる。
後で僕が思ったことは、ただ一つ。
「阿保すぎるだろ、僕」
気がつけば見知らぬ場所。
頭がガンガン痛む。
首筋を通って流れているのは、多分血だろう。
「……あー、最悪だなコレ」
辺りを見渡せば、見慣れた軍服の人間がたくさんいた。
英国軍ではないけど。
縄で縛られているのか、動けそうにはない。
これ、どう考えても過去の光景だよなぁ。
さっきまで“莫迦”とか“阿保”とか云ってた現実、ってどうやって戻るんだろ。
「とりあえず逃げるか」
「逃げれると思ってるのか?」
「まぁ、この時の僕には無理だっただろうね」
爆発音と同時に、僕は一瞬宙を舞った。
威力が低い方にして椅子は壊せたけど、普通に火傷した。
身体も床に打ち付けたし、このやり方は莫迦だったかもしれない。
「手前──!」
アリスとは、あの時で同じで何故か話せない。
敵が|安全装置《セーフティ》を外す音が聞こえたが、銃声は全く別方向から聞こえた。
正確な射撃に、もう敵は息をしていない。
いつの間にか扉が開かれており、彼女がいる。
「……ロリーナ」
「ルイス、ちゃんと説明してくれる?」
えー、と僕は視線を逸らす。
現在の僕は火傷しており、床に転がって痛みで動けない。
「この軍の上層部はロリーナの異能が欲しいらしい。で、気がついたら捕まってた」
「気がついたらって何?」
「良いんだよ、細かいことは」
「……貴方、本当にルイス?」
ロリーナならここで疑いそう、というか僕のイメージが反映されてるのかな。
とりあえず起こしてくれたけど、頭の傷だけじゃなくて自分で怪我を増やしてるから死にそう。
このまま死んだら戻れたりしないかな。
「正真正銘ルイス・キャロルだよ。君が初めて戦場に立った日、明らかな罠なのに爆弾に突っ込んで──」
「その話はしない約束でしょ!?」
コレで信用してもらえたかな。
「怪我はなかったことに出来ないし……よし、背負うことにしよう」
「へ?」
「君、ちゃんと食べてる? 軽すぎでしょ。そんなじゃすぐに投げ飛ばされちゃうよ」
「……余計なお世話だよ」
僕は大人しくロリーナに背負われることにした。
また、経験することになるとは。
建物を出ると、そこには見慣れた人達が。
エマやアーサーはもちろん、僕の班の異能者──仲間達が僕を見るなり駆け寄ってきた。
こちとら怪我人なのに、彼らは耳元で大声を出したり肩を掴んで揺らしてくる。
本当にくらくらするんだけど。
「でも、僕はそんな君達が大好きだよ」
僕は、今まで生きてきた中で一番笑えていた。
気がつけば第三者視点になっており、幽体なのか誰にも気づかれていない。
『……この後、は』
怪我人ということで皆には一度離れてもらった。
支えてくれるロリーナだけが、近くにいる。
「……ルイス」
ごめん。
そう、ロリーナが云った次の瞬間。
過去の僕は彼女に体当たりをされ、地面に倒れこんだ。
現実が変わるわけではないけど、僕は異能を発動していた。
「なっ──!?」
ロリーナに当たる直前に大剣に触れ、一度ワンダーランドへ。
ついでに彼女の上に落としてやった。
「痛くない……?」
「……誰」
久しぶりに聞いた声に浮かんだのは、こんな声だったなぁ、という意外と普通の感想。
てか見えてるんだ、僕のこと。
そんな下らないことを考えていると、まっすぐ突っ込んできた大剣。
とりあえず姿勢を低くして避けた。
「久しぶりだね、レイラ。僕は別に名乗るほどの者じゃない」
「っ、どうして私の名前を!」
「君に大切な者を奪われた被害者の一人でしかないよ」
てか、本当にどうやって戻るんだろ。
精神が関係するやつは何かしら行動すれば戻れるだろうけど、もしかして間に入るのは間違いだったかな。
「逃げて!」
そんなロリーナの声が聞こえたかと思えば、また目の前に剣があった。
此奴、面倒くさいんだよな。
適当に流していると、元の予定である“ルイス”と“ロリーナ”へ標的を変えた。
「──殺させるわけないだろ」
「この異能は、アリスの……!」
「思わず使っちゃった……はぁ、面倒くさい……」
「本当に何者なの、貴方」
「云っただろう? 別に名乗るほどの者じゃない、って」
「そうは云ったって……!」
「良いから。君達はゆっくりしてなよ」
桜月ちゃんの元へ戻る条件は何かな。
レイラを殺せ、とかだったら無理すぎる。
僕、誰も殺せないんだけど。
「ロリーナちゃん!」
「……エマ、それにアーサーも」
「彼は一体──」
「大丈夫。少なくとも私達の敵じゃないと思う」
「……どうして断言できる?」
「あの人、ルイスに似てるから」
背後での会話に、少し戸惑う。
レイラには気づかれちゃう、か。
そう、だよね。
僕達二人は、ずっと一緒だった。
「ロリーナ……」
「ちょっとルイス!? そんな傷で動いちゃ──」
「あの人のこと、頼んでも良い……? 他人じゃない気がする……」
「ふふっ、勿論だよ」
タッ、とロリーナが隣に並ぶ。
最後に見た彼女の姿だ。
「私はロリーナ・リデル! 貴方は?」
「……coward」
「|臆病者《カワード》? うーん……私には、そんな風に見えないけどね」
ニコッと笑った彼女に一瞬揺らいだ。
このままレイラを協力して倒せば、僕はこの夢に囚われたままでいられる。
そもそも彼女を殺すという仮説が合っているかも判らないけど。
「じゃあ行こうか、カワードさん」
銃を構えたロリーナはすぐに踏み出した。
相変わらず足が速いな。
レイラ達も動揺しているみたい。
「グラム!」
「はいはい。判ってますよ、お嬢」
ロリーナの銃弾は大剣で防がれ、僕の方へ向かってくる。
さて、どうしたものか。
レイラを殺すのは僕じゃないと駄目だよな。
でも本物の武器を持つと身体が震える。
戦えない。
いつの間にか、一歩も動けなくなっていた。
その事実に気付いたのが悪かったのか。
「どう、したら……?」
「っ、今なら!」
気付いたグラムが此方へ大剣を向けてくる。
しかし、動けない。
ワンダーランドへ移動するのも出来ない。
ここで死んだらどうなるのだろうか。
桜月ちゃんを殺す駒として失いたくないと思うけど、僕にはレイラを殺せない。
ヤバい。
もう、一秒もすれば僕に大剣が突き刺さる。
「ロリーナ!」
僕の叫ぶ声が聞こえた。
でも、僕は何も云っていない。
「……ぁ、」
赤。
僕が、地面が、赤く染まった。
「グッ……大丈夫か、しら……カワードさん、?」
ロリーナの体に突き刺さる大剣。
その自慢の足の速さで、僕を庇ったのだ。
そう気がついたと同時に大剣は抜かれ、鮮血が舞う。
倒れてきた彼女を、僕は受け止めていた。
力が入らないのか、ロリーナの体重が全て僕にのし掛かる。
「そ、んな……っ、」
「怪我は、なさそうだね……」
小さな声で彼女は呟いた。
止まることなく血は流れて、体温が失われていく。
気がつけば、周りはあの戦場ではなくなっていた。
白い空間。
「あ……あぁ……、」
今、理解した。
条件はレイラを殺すことじゃない。
「ロリーナの死を、見届けることだ……!」
「嫌なものを見せて、悪いわね。でも、貴方はまた前を向ける筈よ」
「ごめん、ロリーナ。ごめんなさっ……」
いや、今することは謝罪じゃない。
「僕、助けてくるよ」
「……うん」
「大切なものを、あの子の世界を救ってくる」
「桜月ちゃんだっけ? ルイスなら大丈夫だよ、だって私の相棒だもん」
「そう、だよね……僕は君の相棒なんだから──」
立ち止まりながらも、前を向いて。
僕の大切なものを守るために戦わないといけない。
「──行ってきます……っ!」
「行ってらっしゃい、ルイス。英国軍を勝利へ導いた」
--- 戦いの神様 ---
「……随分と長い夢を見ていた気分だよ」
「実際はそんなに時間は経っていないけれど」
なら、桜月ちゃんに迷惑は掛けなくて済むかな。
それにしても、僕のことを“戦神”と呼び始めたのはロリーナだった。
どうして忘れてたんだろう。
本当に大切なものほど覚えていたいのに。
「早く起きなさい。本当、女の子を待たせるなんて紳士失格ね」
「まぁまぁ、そんなこと云わないでよ」
「……何時でも頼りなさいよ、ルイス」