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穏やかなる終末
真っ黒な手袋に滴る血。それは、指を伝って下に置かれた伝説の魔導具の一つ、“血脈の鍵”という鍵のような形の魔導具に滴っていた。
“血脈の鍵”はかつて、世界中を支配していたという魔王がその血縁者にのみ使用を許した“世界の鍵穴”を開くとされる魔導具だった。
“世界の鍵穴”はこの世界の中心に樹木された“世界樹”の下にある苔むした小さな鍵穴だ。それが開く時、世界がどうなるかは分からないが伝記上には、“楽園の入口”が現れるとされていた。
私はその魔王の血を引く魔導師の一人で、現在はしがない旅人の一人だった。既にこの世には魔王はおらず先代の勇者によって討ち滅ぼされたと幼い頃に聞かされていた。
かといって、私はその勇者を恨んでいるわけではない。むしろ平和になったこの世界を嬉しく思う。
そのおかげで、私は種族を関係なく、今もこうして旅を続けているのだから勇者には感謝しかない。
“血脈の鍵”はようやく満杯になり、私の血で鍵の形を造られる。
私はふらふらとする身体を起こしつつ、薄暗い部屋の中を見渡した。埃の被った要塞の中は、どこも朽ち果て、かつての栄華はどこにも感じられない。
ここに世界樹があったなどと言っても、もはや過去のことである。
実のところ、“世界樹”は魔王が倒され、勇者の役目も終わった時点でとうの昔に枯れてしまい、その何もなくなった土地を魔界からの部族が開拓し、魔王の敵を討とうとした魔族は新たに命を受けた勇者によって壊滅させられたという。
すなわち、ここにはもうかつての魔王や魔族の遺恨だけが残る過去の場所に過ぎないのだ。
しかし、まだ“世界の鍵穴”は残っている。苔むし、埃を被ったとしても残されている。
私はその気持ちを汲みつつ、鍵穴を必至になって探し、ようやく見つけた。埃は被っているものの、周りに美しい花が要塞の地面の苔から生えた奇妙な鍵穴。
私はそれに意気揚々と“血脈の鍵”を挿し込み、“楽園の入口”を開いた。
その瞬間、ひどく優しい光に私は包まれていった。