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屋上と八人の男子高校生
もう嫌だ…
死んでしまいたい。
そう思った俺は屋上に向かった。
普段は解放されていないが、古い校舎なので少し力を入れればすぐに開く。
苦しい時はいつもここに来ていた。
でも、それも今日で終わりだ。
終わりになるはずだった。
▽
俺は紅哀採(くれないあいと)。とある事情で自殺しようと屋上に来ていた。
本当は一人でこのまま飛び降りるはずだったのだ。
だが、目の前では二人の男が言い争っているのを五人の男が見ていると言う奇妙な光景が広がっていた。
「・・・は?」
思わず疑問の声が出る。その声を聞いて俺に気付いたのか、一人の男が近づいてくる。
「えっと、君はどうしてここに来たの?って、自己紹介まだだった。俺は哀川啓人(あいかわけいと)。来てみたらこんな感じで面白そうだから見てるって感じ。」
哀川と名乗った男は飄々としていて掴みどころがなさそうなやつだった。
「俺は紅。外の空気を吸いに来ただけだ。で、あいつらは何やってるんだ?」
俺と哀川が話している最中も間の男二人は言い争いを続けている。周りをよく観察して見ると、一人の男が仲裁しようとしており、他の奴は我関せずといった感じだった。
「う〜ん。外の空気を吸いに来ただけなら事情を話す必要はないと思うな。ベランダとかでも行ってきたら?」
急な冷たい態度にカチンときて言い返そうとした時、大声が響いた。
「お前、ふざけんじゃねぇぞ!自殺してぇなら他所にいけ!!」
”自殺”という単語に思わずそちらを見る。その場にいた全員が二人を見ていた。
「今、自殺って言った?」
浴衣の羽織のようなものを羽織った青年が尋ねる。
大声で怒鳴られた金髪の青年はバツが悪そうに目を逸らす。
すると、宥めていた青年が金髪の青年の方をみて、悲しそうな表情をしながら話し始めた。
「水湊、それだけは、自殺だけはやめてくれ・・・。お前まで死んだら、俺は・・・」
「・・・お前だってここに死にきたんだろ・・・。」
水湊と呼ばれた青年が宥めていた青年にそう呟く。宥めていた青年は図星だったのか言葉を詰まらせた。
哀川が俺に囁く。
「君も、そうなの?」
俺は静かに頷いた。
哀川は小さく息を吐いた後にみんなに向かって静かに話し出した。
「つまり、ここにいる全員死にたくて屋上に来たってことだよね。」
全員が黙る。哀川は空気を変えるように手を叩き、続けて話した。
「まぁ、まずはお互いの自己紹介でもしないと何もわかんないでしょ?止めるにしても、別の場所で死ぬにしてもここで死ぬにしても。」
「俺は哀川啓人。高校2年生。今日死のうと思ってここに来たら、二人が言い争ってたから見てた。次はそっちの喧嘩してた二人自己紹介して。金髪の方から。」
そう名指しされて水湊は驚いたように目を見開き、すぐに元に戻って自己紹介を始めた。
「俺は早乙女水湊(さおとめみなと)。哀川と同じクラスだ。あー。諸事情あって死のうとしたらこっちの赤髪に突っかかられた。次はお前が自己紹介しろ。」
早乙女に突っかかっていた赤髪の青年は忌々しそうに舌打ちをして話し出した。
「俺は國守弓疾(くにもりゆみと。)高三。俺がここに来たらこいつが先に死のうとしてたから止めただけだ。」
その後に、ずっと仲介に入っていた青年が自己紹介を始めた
「俺は橘晴兎(たちばなはると)や。高校2年生やで!なんや、屋上来てみたら喧嘩しとったんで止めっとったんやで。」
橘が話終わると國守は眺めていた3人の方を向いた。
「おい。お前らも自己紹介したらどうだ。」
そう言われた3人は顔を見合わせ、國守より茶色がかった赤髪をした青年が話し出した。
「私は須藤栄都(すとうえいと)。國守と同じ高三だ。屋上に来たら彼らが言い争っていたから見ていただけだ。」
そして、須藤に続いて羽織を着た青年も話し出した。
「俺は錦莉刀(にしきりひと)。高校一年生だよ。なんか、屋上に来たら言い争っていたから見守っていた感じかな…?次は杏翔くんの番かな」
杏翔と呼ばれた女性のような風貌をした青年が話し出した。
「私は白羽根杏翔(しらはねあんと)と申します。高校一年生です。私も莉刀くんと同じくこちらに来たら言い争っていたようなので見ていました。」
そして、全員の目線が俺の方に向く。俺だけまだ自己紹介をしていないからだろう。
「俺は紅哀採。高一だ。死のうと思ってきたら人が多いからどうしたものか考えていたところだ。」
一通り自己紹介を終えたところで國守が早乙女の方に向き直る。
「で、さっき話した通り、お前がここで死なれたら困る奴がいるんだよ。だから死ぬな。」
「ふざけるな。俺は死ぬって決めたからここに来たんだ。それをお前に勝手に決められてたまるか!」
また言い争いが始まったところを哀川が止める。
「まあ待てって。何でそんなに死にたいんだよ。理由がわかんないと止める止めないもわかんないからさ。」
「じゃあ、お前は何で死にたいか言えるのかよ。」
「それは・・・」
少し言葉を詰まらせ、視線を泳がせた哀川を一瞥し、早乙女は柵の方へと向かっていく。
「ちょ、待てや!!俺、いい方法思いついたんや!」
「いい方法?」
橘急な提案に須藤が疑問をぶつける。
「せや。せっかく死ぬなら全員一緒ならええんとちゃうん?みんなで話し合って。最後にたまたまこのメンバーが集まったんやしもっとみんなのこと知りたいんや。」
突拍子もない提案だが、それに哀川が早速乗る。
「俺は賛成!だってこのまま死ぬ死なない口論続けるよりずっと手っ取り早いし結局全員死ぬんなら俺は事情だって話せるしな。」
覚悟を決めたような面持ちの哀川を見て早乙女は柵に向かっていった足を止め、こちらに戻ってきた。
「・・・わかった。だけど、死ぬ気がねぇ奴はとっとと出てったほうがいいんじゃねぇの?死んだ後に色々言われるのは面倒だからな。」
そして、國守の方へ歩みを進める。
「お前も、人が死ぬのを止めるほど死ぬのが見たくねぇならとっとと出てげ。他の奴らも同じだ。」
早乙女の発言を聞いて、誰か出ていくかと思ったが、予想に反し誰も屋上から出ていかず残ることを選んだ。
「・・・少し、よろしいでしょうか。」
小さく手を上げて白羽根が話し出す。
「かまわへんで。」
「きっとみなさんいろいろな事情があると思いますが、誰が一番辛いとか、決めない。そして、話を聞いて死にたくなくなったとしても、ここで聞いたことは口外しない。この二つのルールを定めてほしいです。」
白羽根の定めたルールは確かに理にかなっていた。ここで「たかがそんなことで」と喧嘩になったら面倒だし、口外されたらたまったもんじゃない。
全員が納得したように頷く。それを見て錦が立ち上がった。
「それじゃあ、俺は階段踊り場にあった椅子持ってくるね。地べたに座るのは大変でしょ?」
「俺も手伝う。」
錦が動き出したのと同時に俺も一緒に椅子を運ぶことにした。八つ椅子を運ぶのは一人だと大変だから。ただそれだけだ。
▽
さて、椅子を円状に並べ、全員がそこに座ったところで哀川がスマホを取り出した。
「話す順番はくじ引きでいい?」
哀川の提案に誰も反対するものはおらずスマホに表示されたくじ引きツールで各々順番を決めていく。
「おっけー。結果が出たね。文句なしだからね」
そう言いながら哀川はノートに順番を書き出す
話す順番
1國守
2須藤
3哀川
4橘
5早乙女
6白羽根
7錦
8紅
思いがけず最後になったことに少しホッとしつつ、あそこまで早乙女が死ぬことを止めていた國守がなぜ死のうと思ったのか少しだけ興味が湧いた。
「まずは俺からか。」
そう呟き、國守は少し考え込んでから再び口を開いた。
「一つ、ルールを追加してもかまわないか。」
「内容による。」
即レスする哀川に対し、國守は淡々と続けた。
「嘘をついたり、はぐらかしたり、意図的に隠すような真似はするな。真面目に話すやつと隠す奴がいたらフェアじゃないだろ。」
誰も反対するものはおらず、哀川はノートにルールを書き足した。
1つ 嘘をついたり、はぐらかしたり、隠したりしない。本心で語り合おう
2つ 誰かの辛さを否定しない。辛さは比較できないから。
3つ 途中で抜ける時、このことは他言無用。
▽
哀川が書き終えたのを確認すると國守はいきなりワイシャツを脱ぎ捨てた。
あまりに唐突だったので驚いたが、それよりも國守の体につけられたたくさんの痕の方が衝撃的だった。
「それは・・・鞭か?」
須藤の質問に國守は無言で頷く。
「全部父親につけられたものだ。躾と称してな。」
衝撃的な内容であるにも関わらず國守は表情ひとつ変えず淡々と話す。
「父親は自衛隊だ。俺にもそうなって欲しかったんだろうな。物心ついた時には毎日のように鍛錬や勉学をやらされ、完璧にできなければ鞭で打たれた。」
「ここにきたのはせめてもの抵抗だ。丹精込めて育てた一人息子が死ねばアイツはどんな思いになるだろか。・・・後悔でもするだろうかってな。」
「きっと、後悔はしないよ」
錦の発言に少しだけ驚いた表情をしたのち、少し笑って、國守は答えた
「ああ。知ってる。」
その後。しばらくの間沈黙が流れた。そして、再び國守が話し出した。
「質問がなければ俺の話は終わりだ。」
俺はひとつ気になることを國守に聞いた。
「なぁ。もし、お前が死んだとして、その時お前は父親になんて思ってほしいんだ?」
少し言葉を詰まらせたのちに、國守は静かに話し出した。
「どう思ってほしいんだろうな。後悔は、きっとしないだろうから。ただ、俺が死んで涙でも流してくれればアイツにとって俺は道具じゃなかったって思えるのかもな」
そう語る彼はどこか寂しげに見えた。そして、俺に次いで早乙女も質問する。
「じゃあ、なんで俺のことを止めようとしたんだ?」
「お前が一人で死にたくないって顔してたからだ。」
「は?どういう意味・・・」
再び言い争いが始まる前に哀川が手を叩いた。
「とりあえず、他に質問ある人いる?いなきゃ須藤に回すけど平気?」
國守と早乙女はお互いの顔を見合わせたのちに大人しく席に着いた。
「ありがと。それじゃあ須藤。好きなタイミングで話していいよ。」
▽
哀川に促され、しばらく考えたのちに須藤は口を開いた。
「・・・私も國守と似たような境遇だ。とは言っても、殴られたりすることはなかったがな。」
伏し目がち話された言葉にどんだけ家庭環境悪いやついるんだよと思いつつ、話を聞く。
「私は、常に”完璧”でなくてはいけないんだ。そうでなければ体罰を与えられた。檻に閉じ込められて、食事が出ないこともしばしばあった。」
須藤の話は少し俺に似てるような気がして聞き入る。
「だが、この高校に入って自分の親がおかしいことに気がついた。そして、この居場所を取られたくない。・・・幸せと思えてるうちに死にたかったんだ。
・・・私の話はおしまいだ。何か質問はあるか?」
須藤の問いかけに白羽根が静かに手を上げる。
「あの・・・その檻というのは自宅に収容所があるのですか?」
「いや、ペット用のゲージだ。」
何人かの顔が驚きと恐ろしさ、須藤の両親への嫌悪からか表情が歪む。実の子供(しかも高校生)をペットゲージに入れるとかどういう神経をしているのだろうか。
他に質問がないと考えたのか須藤が哀川に話しかけた。
「次は君だ。メモは私が変わろう。」
そういい、哀川の持つノートを受け取った。
▽
先程まで全体をまとめていたのもあり、哀川は少し気まずそうな表情をし深呼吸をして口を開いた。
「俺はさっきの二人とは全然違う感じだけどさ、何人か知ってる人もいると思うんだよね。」
そういうと徐に髪を引っ張った。髪だと思っていたそれはあっけなく取れ、ウィッグの下からは綺麗な長髪が出てきた。
「まぁ、俺はこんな外見だから男に狙われて何度も何度も強姦されたって感じ。だけど、男だから誰も信じてくれないし。」
確かに長髪になった哀川は、一見女性に見えるような風貌ではあった(白羽根と比較すればだいぶ男性らしいが)。
言い方からするに何度も助けを求めたのだろうが、きっとその手を全て振り解かれたのだろう。そんな表情だと感じた。
「まぁ、中学からの同級生もいるし、知ってる人は知ってるし、襲うような真似をしてくる奴もいる。ただそれだけだよ。何か質問ある?」
あまりに淡々と話すもので呆気に取られたような表情をしている人が多かったが、その中で一人だけ知っていたかのような顔をしている人もいた。
その一人、早乙女が質問した。
「それだけじゃねぇだろ?隠すなって決めたからにはきっちり話してもらうぞ。」
図星をつかれたからか少し肩をすくめて哀川はまた話し出した。
「そういやぁ水湊は知ってるんだもんな。わかった。話すけどちょっと待って。気持ちを落ち着かせたい。」
束の間の静寂。何度か深呼吸をしてまたゆっくりと話し出した。
「同級生に言われて売らされたんだよね。体を。見ず知らずの変な男に。なんども。金は全部取られたし、本当に、何してんだろって感じだった。ずっと。」
先ほどよりもずっと歯切れ悪く話す彼をみて余程のトラウマだったのではないかと感じた。そして、彼をそこまで追い詰めた同級生に憎悪と酷い嫌悪感を抱いた。それまで誰かに感情移入なんてしたことなかったが、ここにきて、自分の人間らしいところが見えてきたような気もした。
「これで本当の終わり。質問はある?答えられる範囲で答えるよ。」
だが、誰も声を上げることもなく、そのまま次の人の話に移ることになった。
▽
「次は俺の番やな。」
橘は怒涛の悲劇ラッシュに圧倒されたのか、少し緊張しているようにも感じた。
「・・・なぁ、今から話す話なんやけど、名前伏せてもええか?」
「別にかまわねぇんじゃねぇの?」
早乙女が哀川に確認するように視線を向ける。哀川はそれに頷き、橘の話が始まった。
「俺はな、なんでか知らんのやけど、同級生から嫌われ取ったんや。おおかた、口調とかが原因やろな。嫌がらせ?ってほどでもないんやけど、それをされて、スルーしてたらごっつう大事な友人がいじめられてもうたんや。」
これまでの彼の立場とこの話を聞くに自分よりも他人を大切にする究極のお人よしなんだなと感じた。
「中学の時に友人の一人が自殺してもうてな。他の友人もいじめられて、不登校になっとったり、色々みてたら『あかん。これ、俺がいる限り続くだけや』って思ってしまったんや。せやったら俺がいなくなればええんとちゃうってなったんや。・・・質問ある奴おるか?」
話を聞き終え、橘はあまりにも優しすぎたんだなと、だからこそここまで追い詰められてしまったのだと理解した。
そして、ここにきた時の会話を聞くに大方・・・。
そう考えているとふと須藤が手を上げた。
「お前は本当に『自分が死んだら友人たちへのいじめも終わる』と考えたのか?いや、違うな。お前は、それをどうやって確認するんだ?」
その考えは頭になかったのか、橘は考え込む。
「・・・確かに、俺が死んだら確認できへんな。」
「お前の死すらも利用する奴らかもしれない。そう、思ったんだ。」
「せやな。」
短い返事。それは彼が先のことを考えての返事だったのか、自分が感じている責任から逃れる術を見失い絶望しての返事だったのか。俺には分からなかった。
それについて考える前に早乙女が橘につかみかかった。
「お前、ふざけるなよ‼︎」
宥めに入った数人を無視し、早乙女は続けた。
「お前、本当に”自分のせいで俺がいじめられた”とでも思ってんのか⁉︎」
その言葉に全員の動きが止まる。
一番最初に発言したのはまたしても哀川だった。
「次に話をするのは水湊だったね。いったんつかみかかるのはやめてもらって、水湊、続きを話してくれない?」
哀川の声につかんでいた手を離し、早乙女の話が始まった。
▽
「俺は中学から啓人と晴兎と同じ学校だった。原因はわからないが、そこで急に同じ学年の奴ら全員から無視されるようになった。たかが無視。されど無視。結構きついぜ、こっちが話してるのになんにもなかったことにされるのって。」
少し笑いながら話す彼は、自嘲でもしないとやっていけないのではないかと感じるほど声が暗かった。
「この高校は俺らの中学からくるやつも多くて結局こっちでも無視されたんだよ。啓人の事情は知ってたからこっちから深く関わることはねぇし、だからこそ晴兎とよく一緒にいたんだ。こいつだけは無視してこなかったからな。」
「だけどな、ある日から急に離れてったんだよ。それで、今まで離しても無視してきたような奴らがこう言ってきたんだ。『晴兎が無視するように言ってきたんだ。』ってな。信じられねぇだろ?だから必死に証拠かき集めたんだ。これ持って遺書に書いて俺が死んだら、そいつらへの最大の復讐になるだろうって。そう思ったんだ。」
一気に話して少し疲れたのか息を吐いて、これで話は終わりだとでもいうように口を閉ざした。
これまでてっきり各々この高校で知りあった。或いはそこまで知りもしないような人たちだと思っていたが、ここまで深いつながりがあり、それが原因ですれ違ってしまうこともあるのかとそう思った。
「あの学校、対応甘いからな〜。」
そう呟いた哀川から察するに学校の先生は本当にあてにならないのだろう。
それに対し、「この学校もやな」と橘が呟いた。
「みなまで言うな」と須藤が突っ込み、僅かだが笑いが生まれた。
色々話して、話を聞いて、少しだけ吹っ切れたところもあるのかもしれない。
「だから、一人は嫌だって顔してたんだろうな。」
ふとそう話した國守に確か初めの方にそんなこと言ってたなと思い出した。
「ああ、そうだったのかもな。」
少し微笑む彼をみて、この二人の蟠りがなくなったようで少し安心した。
「それじゃ、白羽根。話せるか?」
早乙女が促し、白羽根が頷いたので再び話が始まった。
▽
少しだけ明るい雰囲気になった後だからか彼は少しだけ気まずそうに話を始めた。
「私はこの学校に入って、人と違う外見だったのでいじめられるようになりました。」
確かに彼は白い肌に白い髪。端麗な顔で瞳の色は紫と他のメンバーに比べて異質な風貌だった。
「内容は基本的に暴力です。見えないところに結構跡がありますが、國守さんのように流石に服は脱げません。ですが、腕くらいなら。」
そう言い、袖をまくるとそこには酷いあざや火傷痕があった。それをみて哀川が質問する。
「この火傷は?」
「熱湯をかけられました。」
あまりに冷静に返すもので耳を疑った。しかし、火傷痕を見るにそれは事実だろう。
「とまぁ、こんなことを日常的にされていました。・・・私からは以上です。」
白羽根が話し終わると同時に、錦が質問をした。
「杏翔くんって、もしかしてアルビノ?」
「ええ。一応そう診断されています。弱視ではなかったのは本当に奇跡みたいなことでしたが」
アルビノとは生まれつきメラニン色素が極端に少ない、または全く作れない先天性の遺伝子疾患で、肌や髪が白くなったり、紫外線に弱くなったりするものだ。
言われてみればと少しだけ納得する。
「そうなんだね。じゃあ、今日は日が出てなくてよかったね」
「ええ。だから今日を選んだんです」
ここまでの反応を見るにここにいるメンツは全員アルビノについて知っているようだった。だからと言って、彼に過度な気遣いをする人はおらず、俗に言う”普通の人”と同じ接し方は変わらなかった。
「それでは、次に錦さん。お願いしてもいいですか?」
「いいよ〜。」
少しのんびりとした返事にこれから語られる話の内容がそこまで重いものではないのではと感じた。
▽
「俺さ、運動も勉強も全然ダメだからお父さんとお母さんから『お前は失敗作だ』って。何回か殺されそうになったんだよね。」
さっきまでの雰囲気からうって変わったえげつない内容が話されて皆少なからず驚きの表情を浮かべていた。
「マフラー巻いてるのは首の痕を隠すため。ここだけあざが消えなくて。けど、俺がぜんぜんダメだから、失敗作だからお父さんとお母さんは僕のこと嫌いになっちゃったんだ。だから、僕が死んだらきっと二人とも嬉しいかなって。」
言葉では両親のことを好きで両親のためになりたいという感じだが、その表情は悲しい顔で本当は認めてほしいのではないかと、そんな気がした。
「お前が死んで、両親は喜ぶだろうな。だが、お前はそれでいいのか?」
國守の質問に錦は今にも泣き出しそうな。だけど笑顔で頷いた。
直観的に”洗脳されている”と感じた。いや、正確には”洗脳が解けかけている”と言う方が正しいのかもしれない。
果たして、このまま親の洗脳下にいた方が楽なのか、洗脳が解けてしまった方が楽なのか。俺にはそれはわからなかった。
「それじゃ、ラスト。紅、よろしくね。」
こうして、俺の話す番が回ってきた。
▽
「俺は幼い頃に山で親に捨てられた。」
何人か、行っている意味が理解できないかのような表情を浮かべた。だから、もう少し詳細に話すことにした。
「俺は両親の望む子供じゃないから、そう言う理由で山にあった小屋に置いて行かれた。三日後くらいにたまたま小屋の手入れに来た持ち主に発見されてなんとか一命は取り留めて、両親は逮捕されたよ。」
みんながどんな表情をしているのか。それを確認したくなかった。同情されるのが一番嫌だったからだ。
「施設で育って、なんとか高校に入学して、そしたら校門前にいたんだよ。両親が。俺が真っ当に育ったから、望む子供になったからもう一度手に入れようとしたんだと。その日はなんとか逃げ帰れたけど、どこから漏れたか知らないが、電話が来たり、メールが来たり。警察に連絡すればよかったんだろうが、もうだいぶ参ってたから逃げるためには死ぬしかないって思ってしまったんだ。」
そこで俺は初めて俺の話をきたみんなの表情を見た。
同情の表情を浮かべている人はいなかった。
そこで俺はなんとなく理解した。だからみんなここまで包み隠さず話しきれたんだなと。
ここにいるものは各々痛みを抱えていて、きっと同情なんかする余地なんてないんだ。そう思った。
「質問、あるか?」
俺がそう問いかけると哀川が手を挙げた。
「馬鹿げてるかもしれないけどさ、紅はまだご両親のこと好き?」
その問いに俺は少し迷いがあった。だが、それでも俺の答えは決まっていた。
「もう、好きでもなんでもねぇよ。」
他のメンバーの顔を見ていくが、質問は特になさそうだったので俺は哀川の方を向いた。
▽
各々の反応を見た哀川はノートを置き、話し始めた。
「さてと、これで全員話終わったわけだけどどうする?」
早乙女が真っ先に「どうするって?」と疑問をぶつける。
本来の予定ならこのまま死ぬはずだ。
それならどうすると聞く意味がない。
「いや、ここまで話してそれでもまだ全員死にたいのかの確認。死にたくないのに無理に付き合わせたくないからね。」
哀川の話に一理あると思った。それは全員同じようで顔を見合わせた。
今まで哀川が真っ先に発言していたので今回は俺が先に意見を伝えるべきだと思い、口を開いた。
→第二話「それでも、俺は死にたい」
→第三話「ここまで話をきて、少し冷静になれた。俺は帰るつもりだ。」