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〖薔薇の棘〗
昔々、ある町に美しい娘がいた。名をベルといい、その優しさと聡明さで誰からも愛されていた。
ある日、彼女の父が森で道に迷い、不思議な城へたどり着いた。そこで一輪の薔薇を折ったとき、恐ろしい野獣が現れた。
「その薔薇の代価として、お前の命を貰う」
父は震えながら命乞いをし、ついに娘ベルが身代わりとなることを約束した。
ベルは城へ赴き、野獣と共に暮らすことになった。野獣は恐ろしい姿ではあったが、彼女に贈り物を与え、優しく接した。やがてベルも少しずつ心を開いていった。
――だが、呪いは思った以上に深かった。
城は夢のように美しかったが、廊下の影には囁きが響いた。
「ここから逃げてはならぬ」「薔薇が枯れれば、お前も共に死ぬ」
ベルは家族に会いたいと願い出た。野獣は苦悩の末、数日の猶予を与えた。ただし、「必ず戻ること」を条件に。
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だが家に帰ったベルは、家族の涙に引き止められ、城に戻ることができなかった。夢の中で野獣の呻き声を聞いても、足は重く、森へ進むことができなかった。
やがて薔薇は散り、最後の花弁が地に落ちた。その瞬間、城全体が呻き声をあげて崩れた。野獣は人間に戻ることなく、血と牙のまま絶叫し、石の下敷きとなった。
ベルは必死に駆けつけたが、瓦礫の中から伸びた巨大な腕に捕らえられた。
「…どうして戻らなかった」
その声は怒りとも悲しみともつかぬ響きだった。次の瞬間、棘のように鋭い爪がベルの胸を貫いた。
血の中で彼女は息絶え、野獣もまた城と共に朽ちた。
森には跡形も残らず、ただ風に散った薔薇の花弁だけが漂った。
――その花弁に触れた者は、やがて「愛する者を裏切る夢」を見ると言い伝えられている。