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D《ディー》
あら、こんばんは。
随分と久しぶりなお客様ね。
……何ですって?
ここは心霊スポットなどではないはずだ、ですって?
ええ、そうね。
ここは俗に言う『心霊スポット』ではないわね。
……ではなぜ化けた人形がいるのだと?
ひどい言いようね。
でも……ある意味間違っていないのかもしれないわ。
ああ、安心なさって、貴方を呪ったりなんてしませんから。
少し、私の話でもしましょうか。
なんとなく、寂しいものね。
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私はもともと、貴方と同じ人間として生まれたのよ。
え? そんなこと知っている?
ちょっと、人の話に割り込むのは良くないわよ。
えっと、それで。
私は貴方と同じ人と生まれて、人として育ったの。
順調に人として生きて、人として死ぬつもりだった。
え? いいえ、何か|辛《つら》いことがあったわけではないわ。
ただ、……なんて言えばいいのかしら。
どうでもよくなってきちゃったのよ。
人は言うわよね。
自分のことは自分で決めなさい、と。
あら? 俺も言われる、と?
ええ、ええ、そうよね、言われるわよね。
でも、自分にこっぴどく裏切られてしまった人は、どうすればいいのかしら?
幸いにも私の周りにはね、色々と決めてくれる人がいたの。
その人は、手酷く踏みつけにしてきた私自身よりもずっと信用できた。
好きか嫌いかは置いといてね。
だから全部任せたのか?
あら、正解よ。察しが良いのね。
そしたらどうなったと思う?
自分がどこかに行ってしまいました。
うーん。どこかに行った、って言い方は違うかもしれないわね。
まず、時間の流れが止まってしまったの。季節は感じられないし、いろんな行事、例えば新年もクリスマスも誕生日も実感が湧かない。
だから何もかもどうでもよくなってしまったの。
だって飽きちゃうじゃない。時間が止まってるんだから、事物が動くわけないでしょう?
その次に……何だったかしら。
感情がよく分からなくなったのよ。感じることはあるけれど、だからそれがどうしたの、って感じ。
こちらもこちらでどうでもよくなっちゃったのよ。
すぐどこかへ消えてしまうのだもの。
それを追って|掴《つか》もうとするだけ、もう疲れてしまったわ。
心の中に灯っている電灯がひとつひとつ消えていって、まるで眠りに落ちていくよう。
『死』というものを近くに感じるの。まるで日々の生活の延長にあるみたいに、さも当たり前かのように私の側に息づいているの。
……貴方、どうしたの?
嫌、やめて! やめて! そんな顔で私を見ないで。あの子と同じ顔をしないで!
ああ、|鬱陶《うっとう》しい! 鬱陶しい! きっと『不快』とはこのことを言うのだわ!
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……ごめんなさいね、取り乱してしまって。
少し、まだ私が人であった頃の、昔のことを思い出してしまって。
大丈夫よ、貴方を呪うつもりなんてないから。最初にも言ったわね。
あの子とは誰か、って?
いいえ、もう何とも思っちゃいないわ。もうどうでもいいの。
……だから私は人でなくなっちゃったのよ。
ずっとずっと、|永遠《とわ》に人の皮を被った『人形』。
貴方が最初に言ったような『化けた人形』、それに成り果ててしまったの。
ねぇ、貴方。
少し考えてくださらない?
さっき言ったわ、私が近くにあると感じるもの。
……『死』って|何時《いつ》のことを指していると思う?
うん? 肉体が生命活動を停止したとき?
でも、脳死も『死』と言われるじゃない。植物状態はすでは『死』んでいると言う人も聞いたことがあるわ。
私はね。
自分が自分として無くなってしまったら、『死』だと思うのよ。
そう、例えば、今の私のように。
だから、『死』が近いんじゃないわ。私はもう死んでいるの。
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あら、もう夜も更けたわね。
ほら、もう帰りなさいませ。戯言に付き合わせてしまってごめんなさいね。
久しぶりのお客様だったのだもの、楽しかったわ。
またいつか———いいえ、もう二度と出会わなければいいわね。