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〖よだかの星〗
珍しくコンビニで見慣れない女性を見かけた。リビングで見たあの金髪の新聞記者とは違う、女性の新聞記者だった。普段、兄貴や雇用された人と話す機会が少ないせいか妙に緊張して震えた声を喉から出した。
「...すみません、酒内村にいらっしゃった方ですか?」
女性が振り向いて何かに気づき、すぐに挨拶をする。
「あ、わたし、××××新聞社の新聞記者、中居百音と申します」
「ああ...ご丁寧にどうも。俺、八代亨の弟の八代十綾です...休憩中でした?」
「八代十綾さん、亨さんの弟さんですね...いえ、大丈夫です。取材を_」
百音が話す横で不意に二人の双子が目に入る。紛れもなく、家の従者だった。確か、兄貴がカナダ出身の二人の日本での就職先が探しているところを助けるように雇用していたはずだ。
声をかける間もなく、すぐにこちらを見て駆け寄ってくる。
アンヴィルとスーヴェンが目の前で警戒するようにして挨拶をした。
「僕はアンヴィル・タリーです。こちらは_」
「僕はスーヴェン・タリーです。よろしくお願いします」
やはり双子、とでも言うべきか。例の女狐とエセ白銀男とは違い、似ている双子だった。
タリー兄弟に挨拶をして百音が口を開いた。
「...あの、取材をしてもよろしいですか?」
「どうぞ。時間もですから、酒場でもどうですか?」
「かまいませんが、近くに酒場はあるんですか?」
「少し時間はかかりますが、バイクで行けばすぐに着きますよ。...家だと、兄貴...兄が少々お酒が苦手ですので」
「それは.........二人乗りですか...?流石に、ダメじゃないです?」
「...ああ...バレなきゃ、大丈夫ですよ!」
横の仲睦まじい兄弟が聞こえていないふりをした。
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優しい救うような声に誘われるまま、前を向いた。
前に逆光で顔の分からない誰かが立っている。伸ばされた救いの手をとって立ち上がり、そのまま泣いた空の雨粒が顔を濡らし始めた。
雨粒が地面で踊るのを真似するように脇の森へ入り、ひかれた手を離すことなく足を進め、不意に両目に激痛が走った。
今までの痛みよりもひどく、嗚咽が漏れた。頭の中の思考がやけに鮮明になり、叫び声をあげようとしたものの喉から赤く黒っぽい液体が漏れ、くぐもったような空気の音がするだけだった。
それを自覚した直後に喉と足首に鋭い痛みが広がった。移動することもままならず、濡れた地面に顔を埋める。倒れた身体の背中に足が乗せられ、後ろの首筋に冷たく細いものがあてがわれたかと思うと焼けるような熱さが広がり、真っ暗闇の世界の中で首だけに強い衝撃が走った。
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頭部と胴体が切り離された若い男性の遺体から足をどかして、血が付着した刃物と雨粒が降り注ぐ地面に放られた抜いたばかりの二つの眼球を踏みつけた。
下手に弾力があるのか、靴底で柔らかな感触があり、踏み潰すことは容易ではない。
悪態を吐いて刃物で眼球を割り、細かく切って地面に隠すようにして埋めた。土のついた手を払って間宮の痣だらけの身体に指を這わせる。
腹や背中から足にかけての痣が想定よりも酷い。だが、十分なのは変わらない。
痣の浮き出た皮膚を削ぐようにして刃物を立てて、切られた首から足の痣の模様を削いだ。
紙のように薄くなった痣の皮膚を持参していた黒い袋に入れ、頭に手を伸ばす。
見事に眼球があった場所がぽっかりと抜け落ちて恐怖に染まった顔に少々身震いをした。
頭の髪を短く切って、顔の皮膚も全て剥いだ。そうして、できた真っ赤に染まった筋肉質の肉塊と見えるようになった骨を森の奥の崖へ放り投げた。
崖の先は波の激しい海で、早々遺体が陸地に到着することはない。それに到着するまでに海中の魚が餌だと思って喰らい尽くすだろう。
顔の皮膚も袋へ入れて、あらかじめ着ていたローブを裏地から丸めるようにして袋へ入れ、リュックサックにしまう。間宮の普段の扱いから捜索されることはないだろうが、念のためだ。用意は周到であれば、周到であるほど良いのだから。
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ガシガシと頭を掻いた。嫌な思い出の《《あの男》》が頭から離れない。
単に晩酌をしていただけであるのに、忘れたい思い出が中々忘れられない。
湊や八代兄弟、神宮寺兄妹は同席を断り、何故か修だけが目の前で楽しそうに山葵のついたタコを箸でつまんでいた。
せめて遥だけでもいればいいのだが、梶谷の雇用にいる紀井と簪を買うだのとそういった理由で抜けていた。妹の方が警戒心があるのではないかと、妙に考えるがこの兄に言っても無駄だろう。
「......葬式でよく...ああ言った相手と酒を飲めるよな...」
「別に、いつものことだろ。相当荒れていたようだが、何があった?」
その本当に心配そうな視線に胸騒ぎがした。必死に絞り出したような声で言葉を綴る。
「...何でもない......黙って飲んでてくれ...」
その言葉に先程までの視線が外され、タコと山葵の皿からレモンサワーの入ったコップに手が伸ばされた。
しばらく静寂が続き、酔いが回って嫌な思い出が薄れかけた頃に口を開いた。
「その...田中栄子の件に関しては、お悔やみ申しあげる.........すまなかった」
「...大丈夫だ、気にしていない。ただ、このところ嫌な感じがあるのが気になるんだ」
「嫌な感じ?...そんなの、いつものことだろ」
「かもな。でも、そうじゃない。最近来た新聞記者の男女を覚えてるか?」
「ああ...あれか。それがどうした?ダム建設に伴って、消える集落の取材だろ?」
「本当にそれだけならいいんだ。中居さんの方は白だろうが、上原さんの方が何やら妙な本との関連性と興味の調査、神宮寺家の色々な話をしているみたいなんだよ」
「......それが、何か?...彼処は元々怪しいだろ」
「それは...その、否定できないが......他にもあっただろ、珍妙なカルト宗教的なのが...」
「...あ-...なるほど?......なぁ、ちょっとお手洗いに行ってきていいか?」
「...いいぞ。酔って人に当たるなよ」
「お前は...俺を、なんだと思ってるんだ?」
そう口に出して、睨むと日村が両肩をすくめた。
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「珍しい...というか、意外ですよね」
淡い桃色の髪をなびかせて、キッチンの掃除をしながら春が酒のつまみを作っている蓮に話しかけた。
「器が広いのでは?秋人殿に言われても軽く言い返しただけでしたし」
「そういうものですかね?わりと不仲な気がしたんですが...」
春の言葉にやや蓮が斧に手を伸ばしかけたが、後ろから彩音の声がし、渡されたお盆に門番をしている真広の為の夜食を乗せて手渡した。それを確認して春に向き直り、「酒の力もあるのかもしれない」と言葉を続けた。
春もそれに納得したのか掃除を再開し、全員が各担当する業務に意識を集中させた。
彩音に手渡された夜食の食べる真広の視覚からかなり遠く、影に潜んだ横に小さな小包があった。
その中に立体正方形の紙のように薄く、青い痣のような模様のある皮膚の賽子が入っているのに気づくのは、酔いの覚めた朝方のことである。
**あとがき**
日村修と畠中秋人にが仲良いなと思いますが、単に酒の力です。
酒の力がなければ、お互いがお互いに警戒しまくって胸の内を話さないでしょうね。
そういえば、眼球は弾力性が強いみたいですね。踏んだことも抉ったこともないので知りません。
くれぐれも真似をすることがありませんように。
※本作品はフィクションです。
未成年の飲酒や他者を攻撃する思想、行動を推奨するものではありません。
また、バイクの二人乗りは違法です(罰金等が科される)
上記のことを推奨するためのものではありません。