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藤夢 其の参
「御無沙汰しています、福沢殿」
「此方こそ。森医師」
双組織の長が見掛けだけは和やかに会話する此処は、探偵社の応接室。
今日ばかりは臨時休業とし、こうして会談の場を設けている。
そんな状況に若干冷や汗をかきながら立っているのは、探偵社員である、ボク、谷崎潤一郎。
太宰さんが設定したこの場で、『幸せな夢』の異能への対応を話し合うらしい。
敦くんのいる医務室の方へちらりと目を向ける。彼が目醒めなくなってから、はや4日。
彼は人形のように、何も変わらずに眠り続けている。
太宰さんの話によれば、ポート・マフィアの中原幹部も目醒めなくなっているらしい。
嘘ではないかと疑ったが、あの人曰く「森さんや姐さんはこんなところで嘘を吐かない。吐いても利益が大してないからね」だそうだ。そういうものらしい。
「さて、前置きはいいでしょう。中原くんが目醒めなくなった件ですが。私の予想では、其方にも同じ状況のものがいると思うのです。どうです? 福沢殿」
出された煎茶を少し吸って、首領は話し出した。
流石は首領といったところか。的確な予想を立てて、其処をついてくる辺りは素直に凄いと思う。
だが、社長だって負けていない。
「若し仮にそうだとして、何か有るのか?」
「ええ、まあ。そうですねぇ……」
太宰くんから聞いているのでは無いですか?と問いかけるように、首領が目線を送る。
「何が言いたい?」
社長も何を彼方が言い出すかはわかっている筈だ。だが、この場では先に其れを言った方が後手に回る可能性がある。首領は胡散臭い笑みを浮かべて言った。
「共同作戦としませんか?」
「……」
(!?)
ボクは驚いた。首領自ら、後手に回るような事を言うなんて。
弱みを見せず、蛇のように狡猾に。そんなイメージを持っていたのだが。
「鼠が去った後、我々は幾度となく協力して来ました。此度も、其れで如何でしょう」
「……魂胆は?」
社長が顔色ひとつ変えずに問うた。首領は慌てる事なく答える。
「私は、以前貴方に伝えましたよね。貸しを後に百倍で返してこそ、協力関係が結べると。此方も色々と困っておりまして。如何です? 今こそ返して下さっても」
以前、とは何時なのだろう、とボクは思ったが、社長は理解している様子だったので口を噤んだ。
「……此方の利は」
社長は未だ決めあぐねている様子だった。其の様子に、首領が意外そうな目を向ける。
「おや、珍しいですね、貴方がそんなにも迷うとは。利ですか。そうですねぇ……先ず、一つ。探偵社員を救う道が出来る。二つ、此方側への借りの返済ができる。」
そして三つ……と首領は続けた。此れが一番今後の投資としては重要なのですが、と前置きすると、話し出した。
「犯人を捕縛する際には、此方の芥川くん、そして其方の中島くんを使いたいと思っています。ヨコハマの街を守る新たな|双《コンビ》……。其の投資として、必要では無いかと」
ますます笑みを深めて言った首領を、社長は真っ直ぐに見ると、小さくため息を吐いた。
「承知した。だが……」
「何です?」
「敦は使えぬぞ。」
社長の言葉に首領は首を傾げた。嗚呼、其れか。とボクは思う。
「眠ってしまった探偵社員……それが敦だからな」
「……あれ、まぁ」
首領が其の時一瞬だけ見せた、心の底から気の毒そうな顔は、おそらくこの先、2度と見ることは無いと思う。
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両者の茶会の翌日。社長から改めて伝達があった。
敦くんが眠ってしまった事について、他にも被害が多数確認されているためポート・マフィアと手を組む事にしたと言う事。
中也も目覚めなくなっている事。
「先ずは情報を探そうと思う。今日は、元々入っていた依頼を片付け次第、被害者の関係者に話を聞きに行くように」
社長はそう言って紙を出す。そこには幾人かの名前が書かれていた。
「此れは、ポート・マフィアの資料だ。彼方も元々探っていたらしい。被害者らの詳細がここに書かれている。他の事も書かれているが、それも含めてパソコンにも共有している。各々で確認するように」
社員が引き締まった表情で返事をした。
一般人は勿論、大切な後輩が関係しているのだから当然だ。
(他の事……ねぇ)
おそらくは、『夢浮橋』や飛び交う噂についてだろう。噂の方面については探偵社の方が明るい。噂や、其の裏どりは探偵社が、裏の話はポート・マフィアが進めていくべきだと森さんも考えている筈だ。自分自身そう考えている。あの幼女趣味と意見が同じなのは心底気に食わないが。
(性には合わないけれど、先ずは聞き込みかな)
周りの対応を見ようと辺りを見回す。
国木田くんは早く取り掛かろうと、今日の予定に元々あった仕事を片付けているし、谷崎くんも同様だ。賢治くんは既に出発しており、与謝野女医は念の為敦くんに付き添っている。
(私も行こうか)
却説、と私は立ち上がった。
自分の靴音が、何故だかかいつもよりも大きく感じられる。
五月蠅かったのかちらりと国木田くんが此方を見たが、何も言わなかった。
「太宰」
「?」
入口の扉に手をかけた私に乱歩さんが声をかける。
「……余り、無茶はするなよ」
「……はい」
首を傾げつつも返事を返すと、乱歩さんは興味を失ったように外方を向いて飴を転がし始めた。
探偵社の階段を降りる時、蛞蝓の赫い髪が頭の端でちらついた。
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まずは一人目。
とある学校の生徒の家族に話を聞いた。
一般人の中では、この子が直近の被害者だ。
其の子は最近ヨコハマに越してきたらしかった。
最初の頃は残してきた友人たちを心配していたそうだが、最近ではけろりとしていたらしい。
「どうしてあんなに明るくて気の利く良い子がこんな……如何か、目を醒まさせてください」
話をしてくれた母親は窶れた顔でそう言った。
二人目はある会社員。
彼も被害者の中でも中でも最近の者だ。
其の人は一人暮らしであった為、彼が眠ってしまっているのを発見した人物に話を聞いた。
彼の部署では|力的加害《パワハラ》が横行しているという噂が有り、心配して家を訪ねたところ眠っているのを発見したという。
「彼奴、周りをよく見てる奴だから。噂の|力的加害《パワハラ》見てて辛かったのかも。ザマ無いっすね」
彼の友人だという人物は、そう言って乾いた笑いを溢した。
3人目は高校生。
其の子は何時もおちゃらけた人物で、周りからの信頼も厚い人物だったそうだ。
其の子の家族は捕まらなかった為、友人達を探して聞いた。
「あの」
他の人物達にした質問を再び行い、帰ろうとした時。
友人達のうちの一人が駆け寄って来て、私を呼び止めた。
「先程、言ってなかったことがあるんです」
彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「彼奴、最近|超自然《オカルト》に嵌ってて。占い師を推してたんです。なんだっけ……蝶壺?とかいう女なんですけど。最近其奴に会えたって喜んでたんです。関係ないかもなんですけど、怪しい感じだったので」
気づくと私は勢いよく彼女の手首を掴んでいた。
驚いたように手首を見ていた彼女は、私の顔を見た瞬間に瞳を恐怖に濡れさせた。
「どんな女だった」
「ッ……知りませんよ、離してください!」
私の手を振り解こうとする彼女を見て、手の力を少し強める。
「否、君は知っている」
私が確信を込めて問うと彼女はひっ、と小さな悲鳴を漏らした。
先程までよりも、僅かに瞳孔が開いている。
唇を戦慄かせながら彼女は言った。
「……わ、私は……ッ……女の顔はよく見ていませんッ、大きな編笠を被っていて。長い黒髪と、花の香りがしていたことしか知りませんッ! 離して、離してください!」
怯えた様に此方を見る顔を見て、はっと我に返った。
私とした事が暴走してしまっていた様だった。
後輩の、そしてヨコハマの様々な人の今後が関わっているからだろう。
然うに違いない。
「嗚呼、済まない。手荒な真似をしてしまったね……けれど、如何して最初から言わなかったんだい?」
決して声を荒げない様に心がけながら訊く。
彼女はほっとした様に話し始めた。
「大丈夫です。……私と彼奴、仲良かったから。仲良い、というか、其の……」
「恋仲?」
言葉を濁した彼女の言葉を引き継ぐ。
然うすると、彼女は少し顔を赤らめながらも頷いた。
「皆には言ってなかったから。お兄さんから他の人に言われたら拙いと思って。其れに、二人とも、女だし。」
二人で言わない様に決めていたんです、と後ろめたそうに話す姿からは、嘘の気配は全くしなかった。
おそらくもう訊くべきこともないだろう。
「そうかい、有難う。目が醒めるといいね」
私は感謝を伝えると今度こそ踵を返した。
視界の端に、泣きそうな顔をする彼女の姿が映った。
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其の後、二人程他の人物にも話を聞いたが、大きな収穫は無かった。
年齢、性別、住む所、家族構成。全てがバラバラだった。
収穫とするのならば、蝶壺とかいう占い師の話だろう。
蝶壺。長い黒髪に花の香り。着物。
敦くんとぶつかった人物と見て相違ないだろう。
矢張り其の人物が関係している線が濃厚だ。
だが……。
異能にかかった人物の共通点が分かりにくい。
(一つ、仮説があるにはあるけれど…)
それならば何故、敦くんや、中也がかかってしまったのかが不明だ。
(蝶壺を探すべきか)
蝶壺のいた場所は明確には教えられなかったが、彼女は『あんな場所』と言っていた。
高校生ほどの子が『あんな場所』と忌避するところといえば。
(擂鉢街などの貧民街に、近いところか)
擂鉢街。十四年前、ヨコハマに突如としてできた大きなクレーターの様な場所。其処は貧民街がひしめき、周辺も其の状態に近い。何がいても可笑しくなさそうな暗さを持っている。
特に、ポート・マフィアの目が行き届かない場所では、ある意味真の無法地帯。素性も、顔すらも分からない様な者たちが屯する。
そして、疚しいところのある者──例えば昔の私──などが身を隠すには都合が良すぎる場所でもある。
探し女は、恐らく依頼人から追われている。依頼書には一ヶ月程前から彼女が失踪した、と書かれていた。蝶壺が其の探し女だとしても辻褄は合うだろう。
(探し女──蝶壺には何か疚しい事がある。それ故に追われ、占い師として生計を立てていた。一週間に一度、決まった喫茶に出向く。恐らくは人を眠りに落とす異能者……)
ぱっと見、矛盾点は無い。だが……
(編笠で顔を隠して占い師をする様な人物が、顔を覚えられる程、同じ喫茶に訪れるだろうか)
其処まで考えた時、携帯電話に着信が来た。
「?」
開いてみてみると、賢治くんからの一斉メールだった。
『皆さんへ
夢の噂の女性を探していた依頼人ですが、少々黒い噂があったそうです。裏社会との癒着が主ですが、是迄表になったことは一度もありません。何でも、仲良くなった組織が、総じて潰れているからだそうです。長が不治の病にかかったとかで。都会には怖いところもいっぱいですね!
下に仲が良かったと見られていた組織の名前を入れておきますね。
(中略)
宮沢賢治』
・
眠り姫です
キリいいところまで、と思ったので長かったですね
聞き込み部分は蛇足が多かった、かな
次回はやつがれを出して、だざさんに自覚させる!!
そして陸くらいで終わらせたい…!
ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!