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白昼夢をみた蝉
目が覚めたら、オレは賽銭箱の前に突っ立っていた。
手足の感覚がちょっとずつもどっていく。
隣にはゲシがいた。まだ願い事をしているみたいだった。
「ゲシは動かないよー!」
トシがいつもの調子で話す。
「動かないってどう言うことだよ。」
オレはトシに聞いた。
「時間を止めてるってことだよ!まぁ、ちょっと話そうよ。」
トシはオレの後ろに回った。
オレは追うようにくるりと後ろを向いた。
トシはくるっと回ってオレに正面を向ける。
丸メガネはカラッと光っている。
「やっと来てくれたね。待ち侘びたよ。ナツキ。」
トシはゆっくり口を開いた。
「60年も。」
「…ろくじゅう…ねん?」
果てしなく遠く感じた時に、オレは絶句した。
あんなに…経っていたのか。
「キミには実感がなかったかなぁ。まぁ、ぼくもだけどさぁ。」
トシは淡々と話した。
「でも待ってよっ、オレ、子供のままじゃ…」
「大丈夫だよ。キミは幽霊じゃないか。」
トシは話し続ける。
「早くトモダチに会いに行きなよ。」
そう言われた途端、視界が一気にぐらりとした。
立っていられなくって、オレは地面にうなだれた。
「次はメイカイで会おうねー!」
目が覚めるとオレは賽銭箱の前で手を合わせていた。
不思議な感覚がぼんやりとしている。
「願い事…って、トシ…?」
隣にはゲシがいた。トシはいなくなっていた。
「トシは帰ったんじゃねぇの。」
オレは適当にゲシに言った。
「えーっ、もう少し待っていて欲しかったなぁ。」
ゲシは不満そうに言っている。
ゆっくり歩いて、オレたちは神社を後にして、村に出向いた。
「本当の本当に、友達がここにいるんだよね?」
ゲシは疑い深く聞いてくる。
「あぁ。いる。今はどうなってんだかな。」
そう言うと、ゲシは不思議そうな顔をした。
でも…ジュンはどこにいるんだろう。
全く見当はつかない。
もう60年…信じられないけど、ぽっかりと60年という月日が間に生まれてしまっている。
そのままの姿のオレでも、受け入れてくれっかなー。
オレは迷うことなく、ジュンの家だったところに行った。
躊躇いもなくドアを叩く。ゲシは一気に不安そうな顔をして、オレの後ろにぐっと寄ってきた。
奥から物音がしてくる。
「あら、どちらさんですか?」
出てきたのはおばあちゃんだった。
「ジュンくん、いますか?」
オレがそう聞くと、おばあちゃんはニカっと、しわしわな顔で笑った。
するとゆっくりオレに話した。
「息子なら奥にいますよ。珍しいねぇ。息子の名前を知ってるなんてねぇ。」
オレはジュンの家に上がった。
ゲシは躊躇いつつも、おばあちゃんに誘われてゆっくり上がって行った。
長い月日が経っても、家の中も間取りも全く変わっていなかった。
強いて言えば、盆栽が増えているってことだけかな。
おばあちゃんに案内されて、広い居間についた。
「どうぞどうぞ、ゆっくりしてって。」
そう言うとおばあちゃんは居間から出て行った。
すると縁側に、おじさんが座っていた。
おじさんはオレの方を見るや否や、驚いた様に立ち上がった。
オレはちょっとドキッとした。手足がプルプル震えている。
「いい部屋だなー。落ち着く。」
ゲシは呑気に話していた。
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おばあちゃんはお茶を持ってきて、机の上にトンと置いた。
人数分の湯呑み全部に茶柱が立っていた。
「あたしねー、昔からお茶を淹れると茶柱がよく立つのよー。」
自慢げにおばあちゃんは話している。
あたしは邪魔になるからと、おばあちゃんはどっかに行ってしまった。
急に押しかけてしまったのに、オレは申し訳なくなった。
おじさんはまだ驚いた様な顔でこっちを見ている。
「あ、あの…」
オレが話しかけようとすると、尚更驚いておじさんは目を丸くしてきた。不気味。
「ジュンくん…います…か?」
恐る恐る聞くと、おじさんはぴたっと止まった。
するとおじさんは口を開いた。
「…わかりません。いやもしかしたらいるかもだけど、どう言えばいいものか。」
妙に焦った様におじさんは、口早に話した。
よく見れば、机の上に一枚のハガキが置いてある。
「…ラジオ…?おじさん、これなに?」
オレがそう聞くと、おじさんは答えた。
「ら、ラジオのお便りだよ。よく書いてるんだ。書くとね、MCっていう人が答えてくれるんだよ。」
おじさんは話し続ける。
「昔話ができる友人なんかもういないからさ、こうしてお便りとして書い、て…るんだ。け、結構楽しいよ。」
おじさんは落ち着きのない様子で、目線がチラチラしている。
「さっ、さっきから大丈夫…ですか?」
オレは不安になって聞いた。
「ナ…ツ…。」
おじさんはぼそっと言った。
ぼそっとだったけど、確かに聞こえた。
まだオレは、おじさんに名前を言ってない。それなのに、おじさんはオレの名前を言った。
心臓がバクバクする。
そういやあの日からもう60年。ジュンがオレみたいにあのままな訳がない。
もしかして、もしかしてだけど…
「…ジュン?」
手に込めていた力がすぅっと抜けて、オレはだらしなく座り込んでいた。
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ちょっと苦いお茶をすすりながら、僕はナツとおじさんを見ていた。
さっきまであんなに気まずそうにしていたのに、一気に打ち明けている。
不気味にさえ感じた。
縁側の外は高い木の板がずらっと柵になって、向かいは見えなかった。代わりに、温かい光が差し込んでいて、確かに空は明るいよと教えてくれているみたいだ。
「いやぁ、幻かと思ったよ。まさかナツだったなんてね。…いや、でも…なんで子供のまま…」
おじさんはナツに話している。
おじさんはどうやら、ナツの言う友人らしい。
でも、"子供のまま"ってどう言うことだよ?
ナツは僕と同じの子供に違いないはず。
所々おかしくっても、元気で、気の合う、大切な友だちだ。
「いやー…えっと…はは。」
ナツは愛想をつかせたように笑っている。
だけど2人は盛り上がって話をしている。
「…話せば長くなるけどさ。」
ナツはおじさんに何かを話そうとしていた。
でも、なんとなくつまらなくて、僕はそっと抜け出した。
「あら?どうしたの?」
おばちゃんが僕に問いかける。
「ちょっと遊びに出かけてきます。」
僕は家の外に出た瞬間、だっと走り出した。
村の家々は小さくて古くさかった。
だけど人はたくさんいた。こんな山の中にあることが嘘みたいにたくさんいる。
どうしてか目頭が熱い。涙が出そうだった。
なぜか誰にも見られたくなくて、僕はひとりになりたかった。
なんでだろう、僕、おかしくなっちゃった。
ナツはきっと僕が邪魔で仕方ないんだろう、きっとそうだ。
なら僕は僕ひとりで帰ろう。
ナツのためだから…ナツが帰れって思ったのがいけないんだ。
僕は悪くない。だから…ひとりで帰るんだ。
だけどここは山の中だ。
ザーザーとざわめく木々たちが道やらを隠してきて、来た道がどこかわからない。
でも、ここにはいたくなかった。
ひっそりと息をひそめて、僕は村じゃない方へと、どんどんと走っていった。
次第に道が荒れてくる。
「友だちなんていらない。もう、いらないよ…」
僕はやっぱり、ひとりが似合うや。
真っ青な空の下で、麦畑に隠れてつぶやいた。
「トウヤー、最近ナツくん?って子とは遊ばないの?」
トウヤを誘ってシューティングゲームをしている時、俺はふと気になって、聞いてみた。
横を見れば、コントローラーを慣れない手つきで触るトウヤがいた。
「…んー、いやぁ、まぁ。」
気難そうに濁すような返事が返ってきた。
チュイチュイーン、とやられた音がすると、トウヤはコントローラーから手を離して、あーっと横になった。
「んー、最近なんかあったの?」
よければ相談にのるよ。と、オレは話した。
だけどトウヤはギクシャクしたように顔にシワをつくり、ゆっくり口を開いて言った。
「…ナツくんって、誰?」
「…へっ?」
俺は驚きの余り声を出して反応した。
トウヤは嘘をつくような子ではない。
一昨日だって、ナツくんのことを俺に進んで話してくれた。
「いやいや、前まであんなに話してくれたやん。いきなり知らないって…」
更にトウヤは不思議そうな顔を浮かべている。
…ナツくんって子が、本当は嘘だったって事…はないはず。俺の勘が言っている。
トウヤは嘘をつかない。イナジマリーフレンドってやつだったとしても、それだとアキくんからの話はどうなるんだろう。
2人で一緒に遊んでいた友だちが嘘だっただなんて、あんまりじゃないか?
「…変な事聞いたな。じゃ、もう一戦な!」
「えーっ、やだよー、つかれたー。」
モヤモヤが晴れないまま、オレはナツともう一回シューティングゲームをした。
ナツくんって子は一体誰なんだ?
いや、そもそも元からいなかった?
あるいは____。
チュイチュイーン。
「ハルにぃ、死んでるー。」
もう少しで夏は終わる。
セミがミンミンとうるさく鳴いていた。