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第八章 闇妖精
リィアと目が合った瞬間、僕の身体が吹っ飛ばされた。
身体が地面に叩きつけられる。痛みは感じない。──というより、身体が離れてる?
「ふふっ……、なあんだ、肉体から簡単に離れたじゃないの。死霊なのね」
リィアの顔がすごく嬉しそうに微笑んだ。
「なら、まずは肉体から消す。死体なんて、霊が入っていなければ簡単に潰せるわ。安心して?あなたは最後に消すから」
安心できない。怖い。
リィアが肉体に近づく。いつの間にか、手に|刃物《ナイフ》を持っている。
どうしよう。リィアをこのままにしたら、肉体が消される。でも、リィアを止めたら、先に僕が消されるかもしれない。
どうしよう。どうしよう。
リィアは、さっき、なんて言ってた?
……一か八か。やってみよう。
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目を開けると、リィアがすぐそこに迫っていた。リィアの顔が驚いたような表情を見せる。
さっき、リィアは『死体なんて、霊が入っていなければ簡単に潰せる』と言っていた。なら、霊が入っていれば別ということだと思う。
───それに。
リィアは、黒くなる前よりかは大きいけど、まだまだ僕より小さい。
ぺしってリィアを叩く。軽く吹っ飛ばされたリィアは、だんだんと黒が抜けてもとの色に戻っていた。
「……嘘でしょ……?私が……、私が、|闇妖精《ダーク・フェアリー》に堕ちるなんて……」
リィアは、……泣いてる?
「……どうしたの?闇妖精になるのが、そんなに嫌だったの?」
「……私はね、昔は外の世界で、|天界《フェア・ワールド》で、|妖精《フェアリー》として生きていたの。……でもね、私を育ててくれた天使様が死んだとき、一緒に育った妖精達が、私がその天使様を殺したことにしたの。それで、私は追放。……本当は、その妖精が天使様を殺したのに」
「……どう関係があるの?」
「……裏切ったり、嫌な記憶を思い出して……闇堕ちってやつね、そうなった妖精は、闇妖精になるの。……その妖精は、闇妖精に堕ちて、結局追放されたわ」
「……だから、外に出たくないの?」
「……うん。怖いんだよ、皆はっ……!」
僕を見たリィアは、翠の瞳に涙を溜めていた。
「誰も……誰も、私に味方しなかった!私を悪者扱いして、その妖精が犯人を見つけたって、英雄扱いされて……!真犯人はその妖精だって分かった時も、私に同情も謝罪もなかった!外の、皆、は……怖い、んだよ!!だから、こんな鏡の中に閉じこもってんだよ!!」
リィアの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……ねぇ、外の人たちは、怖い人たちだけじゃないよ?」
「……あんたには、何も、分からない癖に……!」
「……僕が入っている、この身体……ミリュニカの記憶から分かるんだ。僕は会ったことない人たちだけど、皆、ミリュニカのことが好きだったし、ミリュニカも皆が好きだったって分かるんだよ」
ミリュニカの記憶には、大好きな友達がいた。面倒を見てくれるお姉ちゃんがいた。あんまり話さないけど、大好きだった両親がいた。
ミリュニカは、皆のことを、死んでもずっと覚えていたのかもしれない。ミリュニカの記憶は、僕が最初に肉体に入った時から皆のことであふれていた。僕が貰った語彙は、全部誰かから教えられたものだった。記憶を見て一番に思ったことは、『皆、元気なのかな』ってことだった。
だから、この世界の人間は、悪い人間ばかりじゃないと思う。
正直、僕だって、まだ人間は少し怖いと思っている。でも、嫌な人間ばかりじゃないってことは、今、リィアに言うことが出来る。
「──世界は、誰一人見捨てない。僕だって、リィアだって、誰かがいたから、今を感じられてるんだよ」
「……なら、私は、外の世界に出ないと、見捨てられたまま、な、の……?」
「外の世界に出るかは、リィアの自由だよ。でも、出たいなら、僕たちが住んでる……アジトに来なよ」
「……アジト?」
「うん。ディアドさんやルーヴィッドって人たちや、座敷わらしのアミリスがいてね、依頼を受けてるの。リィアが来てくれたら、皆喜ぶよ!」
「……分かった。私……アジトに行くわ」
「ふふっ……、よろしくね、リィア」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ」