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第一話
学校の帰り道、私、|彩待弖 藍《あやまて あお》はいつもの帰り道を通っていた。
いつも通り、家に帰る。
ふと、向かい側の宝石店を見た。看板もない。寂れた店の薄く埃の積もった棚に置かれた青い小さな竜。神々しく、どこか寂しげな光りを放つあれは、サファイア。
不思議と、そのサファイアに心を奪われた。惹かれている。呼ばれている。
「!?おい!あぶねぇぞ!」
クラクションを鳴らす車。たくさんのクラクションの音に囲まれながら、藍は道路を渡り終えた。そのまま、吸い込まれるようにして、薄暗い店の中に入った。
店は照明がついておらず、店内を照らすのは、夕日の茜色の光だけだった。夕日に照らされ、そのサファイアは影を伸ばす。また、呼んでるように聞こえた。藍はサファイアを手に取り、埃をはらう。埃がパラパラと床に落ちる。綺麗になったサファイアの竜は、堂々としていて、猛々しく、目は鋭く、淡い光を放っていた。その目を見た藍は、無意識にサファイアの竜を鞄の中に入れていた。
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家に帰り、部屋に鞄を置くとき、乾いた音がして、藍は鞄の中を覗く。中には、あのサファイアの竜が入っていた。
「へ?」
理解が追いつかず、瞬きを三回する。そして、理解する。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
藍は大きな声で叫ぶ。その時、手が滑って、サファイアの竜が落ちる。藍は慌ててサファイアの竜を掴むが、勢い余って、サファイアの竜におでこをぶつける。鋭い痛みが走る。
「痛………。」
おでこを触ると、手にヌメッとした赤いモノがついていた。血だ。
『ん~!』
頭の中に声が響き、藍は驚き、手に握ってたモノを離す。
『なにすんだ!危ないな!』
また、頭の中に声が響く。それが、ようやくサファイアの竜のモノだと気づいたのは、竜が飛んでいると気づいた時だった。
「!?動いてる!」
藍は床に座り込み、後ろへと後退する。
『ちょ、契約結んだのに酷くないか?』
竜の声に、藍は驚きつつも、首を傾げる。
「契約?」
『そ。お前さん、血を俺にくれたやろ?』
そんなことあったっけ?と、思いつつ、おでこを触ると血。瞬時に、あぁ、あの時かと思い出す。
「貴方、なに?」
『俺は|霄《そら》元宝石人間の核。』
「宝石………人間………。」
フィオリーネ大陸に稀に生まれる、宝石の心臓を持った人間。大抵は、「宝石ハンター」に捕まって、死ぬ。じゃあ、霄も捕まって、核を取り出されて死んだってことなのだろうか。
『そうだ。』
「!?」
またもや驚き、藍はのけぞった。霄の笑い声が頭に響く。
『契約したから、声聞こえてる。』
「その、契約って………。」
『その前に、お前さん名前は?』
「私は、彩待弖藍。」
『彩待弖………藍………?』
微かに震える返事が返ってきた。その声に、懐かしさを憶えた藍。遥か昔に聞いた声。思い出そうとしたら、霄の声が頭に響いた。
『契約すると、宝石人間の核と契約者は強い絆で結ばれ、運命を共にする、と云われている。』
「確証ないんだ……。」
霄は頷く。曖昧な答えに、藍は少しがっかりする。もう少し真面目な答えが返ってくると思っていた。
『悪かったな。真面目じゃなくて。』
霄は怒ったように鼻を鳴らしたのと、インターホンが鳴ったのはほぼ同時だった。こんな時間に誰だろうと思いつつ、一階へ下りようとすると、霄が鋭く注意した。
『藍!下りるな!胸騒ぎがする。』
霄は低く唸る。忠告を無視して、部屋のドアノブに手をかけた途端、鳥肌がたった。外に、出ちゃダメだ。藍はドアに鍵をかけ、部屋の電気を消し、カーテンを閉め、ベッドの下に潜り、息を潜める。間もなくして、ガチャっと鍵が開く音と、乱暴にドアが開く音がした。
「誰かいるか!」
男のものだと思われる荒々しい怒声と、銃を発砲する音。小さく悲鳴を上げた藍は慌てて口を手で塞ぐ。涙目になり、ギュッと目を瞑り、男がいなくなるのを待つ。
「本当に盗まれたんだよな?」
「は、はい!」
しばらくして、震える男の声も聞こえてきた。男は二人いるらしい。男の舌打ちの声が聞こえる。
「GPSはどこを示してるんだ!」
GPS?心の中で霄に聞く。
『追跡装置。俺の体内に埋められている。』
霄が答えてくれる。体内にあるなら取り出しようがない。どうしようと藍が考えていると、男の声がまた聞こえてきた。
「それが………たった今レーダーをラピスロバリーにハッキングされてしまって………。」
「は!?あんな雑魚な宝石ハンターの二人のグループにか!?お前ガチでいい加減にしろ!」
「ひっ……すみません……!」
男はもう一度舌打ちをする。ドアが荒々しく閉まる音がした。どうやら、帰ったみたいだ。藍は恐る恐るベッドの下から出て、ドアノブを握る。さっきみたいに鳥肌はたたない。藍は解錠して、ドアを開ける。カチャッと小さく音がしてドアが開いた。そろりと一階へ下りてみると、床は茶色い足跡で埋め尽くされていた。銃弾が貫通した跡が残る天井に、藍はぞっとした。
「今の人達って……。」
『宝石ハンター。』
霄は静かに告げる。宝石ハンター……。藍は頭の中で霄の言葉を繰り返す。
『ここにいる限り、奴らはまた来る。』
「っ!そんな!」
家族や友達まで巻き込む事になる……。家族や友達の悲鳴が聞こえて来そうで、藍は顔を歪め、耳を塞ぎ、うずくまる。
「私は………どうしたら………。」
『藍、旅にでよう。』
霄が優しい声音で言ってくる。藍は耳を塞ぐのをやめ、ジッと青い竜を見つめる。
「旅?」
『そう。永遠に逃げ回るんだ。』
「そんな!」
そうしたら、家族にも、友達にも永遠に会えない。
『藍!選べ!家族や友達を巻き込み、ここに残るか、旅にでるか!二つに一つだ!』
霄に怒鳴られ、藍は首を横に振る。目には涙が溜まる。
「…………選べないよ。」
かすれる声で藍は呟く。嫌だ………家族と、離れたくない………。床に落ちる雫の量が増える。
『藍、それしか、方法はないんだ……。』
…………家族や友達を巻き込んで、ここにいるか、旅に、でるか…………。藍は霄の言葉を頭の中で繰り返す。藍は立ち上がる。
「私が、我慢すれば、みんなは、死なないん、だよね?」
ぐちゃぐちゃの笑顔で、藍は霄に聞く。沈黙する霄。藍は祈るように返事を待った。
『…………ああ。』
「じゃあ、行こう。霄。」
藍はリュックに必要最低限の物を詰めて、背負った。ドアノブに手をかけ、一瞬躊躇う。深呼吸をして、目を閉じ、今までのことを思い出す。藍はもう一度ドアノブを握り直し、勢いよく開けた。そして、外へ出て、鍵を閉める。そして、銀色の鍵を見つめた。
『あっ!おい!』
藍は鍵をゆっくり口に入れ、飲み込んだ。
『馬鹿やろう!』
「いいの。これは、私の覚悟。」
藍はドアを見つめる。一度、悲しげに顔を歪め、険しい表情になる。
「じゃあね。」
寂しげに呟いた藍は、走った。胃の中に溜まった気持ちを大声にして吐き出す。
「アァァァァァァァァァ!!」
涙も、夜の闇に消えていく。さようなら。今までありがとう。ポロポロと涙をこぼしながら、少女と青い竜は闇の中へと消え去った。その先に、なにがあるかも知らずに………。
あとがき
このシリーズは我のシリーズでもかなりの長編になります。皆様、どうぞお付き合いくださいませ。
ちなみに内容は大分ネガティブなものなので、苦手な方はお控えください。
また、ご質問等が御座いましたらファンレターにて。
では、また第二話で。