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カガミノセンシ 一話
決断に迷わなければ、もうちょっと楽に生きていられただろうか。これは、長いこと私を苦しませてきた憂い。小さい頃から、私は優柔不断だった。何を決めるにも、人一倍時間がかかった。そして、辛うじて出した答えすらも、正しかったのか引きずり続けた。そのせいで、何度も、何度も苦しんできた。友達は口を揃えて言う。「優しいね」と。確かに、常に周りの決めたことを優先する私は、利他的で優しい人に見えるかもしれない。でも、実際はそうではない。自分で決められないから、周りの意見に縋っているだけ。ずっと、何も決められない私のことが嫌いだった。きっと、私は神様にとって失敗作なのだろう。この世から居なくなっても、消え去っても、何か変わることはない。なら、もういっそ死んだほうがいい。小さな公園のブランコの上、自己嫌悪に陥る一人の少女がいた。
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貴方を貴方たらしめるものは、何ですか。
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ふいに、周りの景色が目に映る。そこは、灯り一つない真っ黒な闇に覆われていた。あれ、見慣れた公園の筈なのに、景色が違う。それに、今は昼間のはず。これは夢?突然、闇が動き出した。そして、その赤い目が私をぎろりと睨みつけた。私は悟った。それが、この世のものではない何かなのだと。私は必死で逃げようとした。でも、辺り一面ソレに囲まれていて、逃げ道すら見つからない。背筋が凍る。誰か、助けて_______
「よし、これでもう大丈夫だね!」突然、誰かの声が耳に飛び込んできた。恐る恐る目を開けると、目の前に女の子が立っていた。
「もうヤミは始末したから安心して!」____この子が助けてくれたのだろうか。アレがもういなくなったことがわかり、少しほっとした。
「助けてくれた、んですか...。ありがとうございます。」
「いいよ。これがアタシの仕事だから」彼女はそう言って笑っていた。
「さーて、せっかく仲良くなったんだし、カフェにでも行こ!アタシ奢るからさっ」
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え?私は一瞬思考停止した。脳の処理が追いつかない。えーっと、、、突然闇のような化け物に襲われて、怯えているところをこの子が助けてくれて、んで今、なんの脈略もなしにカフェに連れて行かれてる、のか。うん、訳わかんない。これは夢だ。私は試しに頬をつねる。鈍い痛みが走った。
「何ほっぺたつねってんの!?夢じゃないよー!」前を歩く彼女が振り返る。
「これは現実。こんなリアルな夢見ることなんて、ほぼないでしょ?」そうこうしているうちに、目的のカフェに着いた。彼女の行きつけらしい。席について、メニューを見る。どれにしよう。パンケーキも、パフェも、サンドイッチも美味しそうだ。その中でも細かく分かれている。さらにトッピングが20種類も、、、ああ、決められない。ふと、彼女の方に目をやる。どうやら、もう決まっているようだ。店員が来て、注文を伺った。どうしよう。まだ決まっていないのに。私が焦っていると、彼女の口が開いた。
「えー、パンケーキの焦がしバターキャラメルと、いちごとホワイトチョコのチュロスと、生ドーナツと、季節のアイスとワッフルのパフェと、抹茶ラテ一つずつで。」
見かけによらず大食いのようだ。でも、そんなに食べてしまってお金の方は大丈夫なのだろうか。奢るとも言っていたし。結局、私はカフェオレを頼んだ。一番安かったから。彼女はあまり食べないことを心配していたが、お会計の時に迷惑をかけるよりはマシだと自分に言い聞かせた。彼女は自分を指差し、こう言った。「自己紹介してなかったな。アタシ、ダーリャ。よろしくね。」名前からして、海外から来たのだろうか。それにしては、日本語が流暢だ。、、私も自己紹介しなければ。
「私は、」_______あれ、名前が思い出せない。どうして。生まれた時から十数年、慣れ親しんだ筈なのに。
「い、今は自己紹介しなくて大丈夫だよ!どうせ後でしてもらうんだし!」彼女、、、ダーリャのお陰で恥ずかしい思いをせずに済んだ。だが、後でしてもらう、とはどういうことなのだろうか。なんで自分の名前が思い出せないのだろう。私は疑問をいくつか浮かべたまま、運ばれてきたカフェオレを飲んだ。当たり障りない味だった。
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カフェから出ると、もう日が暮れていた。私は帰る準備をした。このままではお母さんに怒られる。
「んじゃ、行こっか。」また何処かに連れて行くつもりなのか。
「すみません、もう家に帰らないと。」
「そうだよ。これから帰るの。」「あなたの新しい居場所にね。」どういうことなのだろうか。新しい居場所??私が戸惑っていると、ダーリャは何処からともなく杖を取り出し、こう叫んだ。'ΕΠΙΣΤΡΟΦΗ!'すると、目の前に扉が出現した。「さ、入ろっか!」彼女が扉を開けると、そこには自分より一回り程年齢の高そうな女性が座っていた。
「ネストへようこそ、新しい魔法少女さん」
ΕΠΙΣΤΡΟΦΗ!(エピストロフィー)・・・共通の呪文。ネストに戻る時に使う。