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戦場に不似合いな存在
「ん……難しいな」
モルズは、雑魚の魔獣相手に刀の取り回しの練習をしている最中だった。
刀は斬ることに特化した片刃の剣。当然、剣とは取り回しから立ち回りまで、何もかもが異なる。
振り抜いた後、別の向きに振り抜く時。刃の向きを変えなければ、相手を斬ることができない。
素早く向きを変えるのが難しく、モルズは何回か切り損ねていた。
及第点だが、合格点には及んでいない。そんな感じだ。
得物が変われば、要求される立ち回りも変わる。
今までなら適当に短剣を振って切り抜けていた場面だが、今はそれができない。
久しぶりに多数の魔獣とまともに戦う。しかも、モルズが使うのは使い慣れない刀。命が危険にさらされる戦いに、モルズの緊張が高まる。
はじめは己が傷つかないことに重きを置いた取り回しだったが、今は魔獣を殺すことだけを考えていた動きに変わっている。
人を睨むだけで殺せそうなモルズの眼差しに、一体の魔獣が怖気づいた。尻尾がだらりと垂れ、体が後ろに下がりたがっている。
――その感情は、戦場において悪だ。
怯えが隙となって、想像が現実になる。
戦場では、怯えを見せた者から死んでいく。
モルズは、怯えを見せた魔獣に狙いを定めた。
一歩の踏み込みで一気に加速。
体を低くして、魔獣の首筋を切り裂いた。
素早く跳躍して、後退する。
着地と同時に、もう一度前へ。
対複数の戦闘は、視界の外から攻撃を加えられることがいちばん怖かった。故に、こうして一度攻撃する度に敵を全て視界に収め、全体を把握してから突撃している。
魔獣も馬鹿ではない。一箇所に固まっていては、先の魔獣のように各個撃破され、全滅してしまう。
散開。適度な距離を取り、モルズに対して唸り声を上げる。
刀が魔獣を斬り伏せた。そのまま流れるように刀を振るい、他の魔獣も斬り殺そうとするが、虚空を撫でるのみに終わる。
余分な力を抜き、運動エネルギーが刀に伝わりやすくする。
跳躍。たった一度の跳躍で魔獣との距離を詰め、脇の下を切りつけた。魔獣が大量に血を噴き出したのを確認し、次の獲物に移る。
魔獣の顔に恐怖が色濃く浮かぶ。だが、魔獣には恐怖や怯えで攻撃を止める機能は搭載されていない。震える体に|鞭《むち》打って――といった感じで、魔獣はめちゃくちゃに突っ込んできた。
モルズは刀の間合いに慣れていない。
相手の首筋を裂くのに、どれぐらい腕を動かせば良いのか分かっていない。
そんな要素があればあるほど、今日モルズがここに来た意味がある。戦闘において邪魔な要素を排除し、動きを洗練させることができる。
残りの魔獣がモルズに殺到した。
敵味方の区別もなく、爪が振るわれる。
大半は避ける必要がなかった。が、一部がモルズ目掛けて飛んでくる。
このぐらいなら刀で受ける必要もない。そう判断し、モルズは全て回避した。
一旦攻撃が止んだところで、攻勢に転じる。
味方から受けた傷に気を取られる魔獣の首に一閃。
続いて、手頃な位置にあった脳天に一撃。
距離を取ろうとする魔獣の足を引っ掛け、転倒させる。無防備な脇腹を切り裂いた。
それに巻き込まれ、別の魔獣も倒れる。尻尾を踏みつけ、起き上がれないようにした。心臓の位置を一突き。
全ての魔獣を処理し終わり、モルズは一息つく。
刀を振って血を払い、納刀した。
体重を移動させて、前傾姿勢をとる。
軟らかい|魔獣《モノ》の斬り方は大体分かった。次は、硬い|魔獣《モノ》や大きい|魔獣《モノ》だ。
魔獣は、その特性によって配置場所がおよそ決まっている。モルズは、大体の種類の魔獣がどこにいるか知っていた。
◆
「らあァ!」
空を舞い、刀を渾身の力で振り下ろす。
圧倒的な巨体と硬さを誇る鉄猪が、脳天から一刀両断にされた。
轟音を立て、体の左側が地面に倒れる。一拍遅れて、右側も同じように倒れた。
モルズは軽い動きで着地し、残心をとる。
鉄猪の体が微動だにしないのを見て、刀を納めた。
先ほど自分がいた場所を見上げれば、そろそろ夕暮れ時。空が朱く染まり、太陽が地平線近くに隠れようとしている。
「……帰るか」
昼からずっと戦い続けている。そろそろ休憩を入れなければならない。
大きく跳躍し、廃墟と化したクライシスの位置を確かめながら進んでいく。
ここで戦い続ける中で、同じような風景の中から特徴を見つけ出すのが得意になった。
その他色々な要因が重なり、モルズがクライシスに戻るのは来たばかりの頃より簡単だった。
ねぐらにしている廃墟に向かう。街自体は廃墟の塊だが、そこに住む人々の活気は以前より増していた。
街の熱気を避けるように、モルズは路地裏を通る。途中、奇妙な――戦場に不似合いな存在を見かけた。
子供だ。リーンより小さい。
なぜ、こんなところに。
その小さな手で弓を握りしめ、矢筒を背負っている。中身は空だった。
茶髪は土ぼこりで汚れ、あちこちに跳ねて絡まっている。腹が減っているのか、モルズを虚ろな目で見た。
壁に背を預け、座っている。へたり込んでいるようにも見えた。
「ぁ……」
子供――少女の口から、掠れた声が出る。
小さくお腹が鳴った。モルズを|縋《すが》るような目つきで見る。
無言で、モルズは少女に金貨を投げて|寄越《よこ》した。
もし、ここで無視していたら。きっと、少女は明日もモルズを縋るような目つきで見ていただろう。
そんな様子をただ見ていられるほど、モルズは無関心でいられない。この先、少女と同じぐらいの年の子供を見た時、確実に後ろめたさを感じる。
だからといって、少女に宿から食料まで、何もかも恵んでやるつもりはなかった。
「ぁ、ありが、と」
少女を見ていると思い出す。もう、二度と会えないリーンのことを。
そのせいだろうか。少女を見ている間、モルズの心はざわつきっぱなしだった。
少女の乾いた口から懸命に紡がれた、モルズへの感謝の言葉。
それに応えず、モルズは先に進んだ。