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海の宝箱
カビの生えかかった海の近くにある小さな宝箱は、私が拾うとポロポロと砂とカビを落とした。
少し降ってみるとカラカラと音がする。
私は中身を見たくて、宝箱の錆びている金色の蓋をこじ開けようとした。
錆びて深く口元を閉ざした宝箱は二度と開くことなく、中に入った誰かの何かを見れなかった。
中のものはなんだろうか。
私は海に投げ捨てた。
タポンッと水が立って、広い広い海にすぐ消えていった。
風が吹いて砂が私のふくらはぎにパツパツと刺さって当たる。
ふいに嗚咽のない静かな涙が出てきた。
目元をゴシゴシと拭いた。
いつも涙を手で拭うと、涙は手の甲にみずみずしくつくことはなく消えていくのだろう。
たくさんの涙を出していないから?頬から流れ落ちているから?
どちらにせよ、そんなこと知れたって、あの宝箱の幸せよりかは到底どうでもいい。
海独特の気持ち悪い匂いが今は私に染みている。
鼻を熱くした私はまた歩き始めた。
「ハーフアップが一番似合ってる」
遠い記憶の誰かが私に言った。
髪、結びたい。
手の平で髪の毛を掴んだ。
随分と長い髪の毛だ。
ハーフアップをしようとした。
でもやっぱり結ぶのをやめた。
空を見上げると、飛行機がごうごうと音を立てて飛行機雲を作っている。
なんだかあの漫画に似ている。
その漫画のヒロインと同じ表情をしてみた。
長いまつ毛をカーテンに、目を伏せてみた。
口元は切ないゆるやかなカーブで。
どうだろう、私今可愛いかな。
馬鹿らしい。
私は止めていた足を回して歩道に出た。
前に母親とその子供が並んでいる。
男の子は幼稚園の話を、母親はそれを上の空で聞いている。
私は急いで海に戻って宝箱を探した。
海に入ると制服のシャツが重くのしかかって私は沈んでいく。
でも、宝箱が。
そんなに遠くに投げていない。
ああ、やばい、死ぬ。
足にザリっと感触がした。
潜って手に取った。
宝箱だ。
陸に、戻らなきゃ。
あぁ、戻れ、ない。
お、溺れて、る。
どうにか自分で陸に戻った。
髪がぼたぼたと音を立てる。
宝箱の蓋を落ちていた木の棒で叩いた。
あっけらかんにその蓋は開いた。
中はおはじきだった。
中は全く錆びていなくて、水すら入った形跡はなかった。
ふざけんな、おはじき。
私は走って親子のもとへ行く。
いた。
「はい、これ、忘れ物。落としてたよ」
私はおはじきを彼の手に乗せた。
男の子は顔に「?」が浮き上がっていると言わんばかりに戸惑っていた。
母親も困惑している。
「もう落とさないでね。綺麗なおはじきなんだから」
私は親子から逃げるように走った。
あの親子、今頃どんな話してるんだろ。
きっと私の話だよね。
可愛いって言ってくれるといいな。
あの漫画のヒロインに似てたって、言われてたらいいな。
私は髪をハーフアップに結んで、またあるきはじめた。
そこで目が覚めて体を起こした。
指にまだおはじきの感触があって、私は手を握りしめた。