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伝承少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 2
魂・tradition
☆
RIDER SPIRITS
☆
くも膜下出血。
49歳だった。
父が倒れ、救急搬送された。
しかし、緊急処置のかいもなく生命は途絶え亡くなった。
大学の入学式が終わり、私の誕生日の5日後だった。
大学の入学を喜んでくれた。
ささやかだったけれど誕生日も祝ってくれた。
誕生日プレゼントだといわれ車の免許を取るための教習所の入校パンフレットと申し込み書を手渡してくれた。
『ゴールデンウィークは無理だけど夏休みには、SAKI の運転でドライブ行けるぞ』
父の言葉が思い出される。
その言葉に私も想像してみた。
車で出かける時は、父が運転席、母は助手席、妹と私は後ろの座席だった。
私が運転席になったら助手席は父なのかな、妹と母が後ろの座席かな。
妹が助手席で父と母が後ろの座席とか。
そんな他愛も無い事さえも考えられなくなってしまった。
バタバタとしている間に通夜がおこなわれ、葬儀がおこなわれ、、初七日が過ぎてしまった。
やっと日常が落ち着きを取り戻しつつあるある日、私は父の専用になっていた部屋の前に立っていた。
父はこの部屋を、秘密基地と呼んでいた。
父が生きていた時には、一度も足を踏み入れた事はなかった。
ドアノブに手を掛ける。
何故か胸が高鳴る。
自分の知らなかった父がいるかも知れない。
もしかすると知ってはいけない父がいるかも知れない。
息を吸い、一度眼を閉じ、息を吐き、眼を開け、ドアノブを捻り静かに押し開けた。
一歩足を踏み入れる。
正面にはデスクがありその上には少々型落ちのデスクトップ型のパソコンが置かれていた。
二歩、三歩と踏み込む。
右側が本棚になっている。
多くの文庫本と数十冊の雑誌が並んでいる。
へぇ、父さんって意外と読書好きだったんだ、と思いながら左側へと視線を移す。
目に飛び込んできたのは本棚の仕切り板を改造したスペースに立つ特撮ヒーローのフィギュアだった。
30センチくらいの高さで、黒いボディに濃い緑色の手、足、頭部、真っ赤な眼に真っ赤なスカーフを首に巻き腰には無骨なベルトが何かを主張している。
第一印象は、なんか地味、だった。
他にもいくつかの似た様な容姿の小さ目のフィギュアが並んでいる。
フィギュア達の横には書籍スペースが有りその特撮ヒーローに関する本たちが並んでいる。
ソロリ、ソロリと近づき本たちの背表紙を眺めてゆく。
仮面ライダー、と記されている。
へぇ、と頷きながら思いを巡らせる。
聞いた事はあるけど、詳しくは知らなかったなぁ。
父さんって少年だったんだなぁ。
なんて想いながら右手が自然に前に伸び一冊の本を手にしていた。
仮面ライダー歴代誌。
と記されている。
表紙を開いてみる。
『受け継がれる魂』
その一文が最初の頁だった。
次の頁には歴代年表一覧があった。
※ 1971年 仮面ライダー誕生。
へぇ、父さんは、1966年生まれだから、5歳の時だ。
物心ついた男の子の前に現われたヒーロー、心の中に宿ったヒーローだったのだ。
年表は、1994年まで続き、一旦空白が生まれている。
※ 1994年、実際の時代は平成(1989年より)であったがこの年までの仮面ライダーを『昭和ライダー』と呼ばれている。
※ 2000年、仮面ライダーが復活再開される。この年からが『平成ライダー』と呼ばれている。
と空白には書かれている。
へぇ、私は、1996年(平成8年)生まれだから、仮面ライダー不在の時代だったんだ。
年表は、2015年で終わっている。
次の頁へ進む。
仮面ライダー。と表記され写真が載っている。
始めの写真は、飾られてる30センチくらいのフィギュアと同じである。
仮面ライダーと変身者とされている男性俳優が同じ無骨なベルトを腰に巻き装飾されたバイクに股がった姿の写真である。
あぁ、見た事あるこの人。
最近はバラエティ番組などでも出演している男性俳優である。
次の頁には、仮面ライダー2号と表記されている。
同じ様に変身者の男性俳優が載っているが私にはわからない人だった。
次の頁には、仮面ライダー1号と表記されている。
仮面ライダーのビジュアルが若干違いが見られるが、変身者の男性俳優は前の前の頁と同じだった。
えっ、何、どうなってるの。
でも、なんか違う。
写真の中の男性俳優が変身ポーズを取っている。
写真の下の欄にある解説文を読んでみる。
※ 1号という呼び名を加えられ新しい姿に変わり変身ポーズも考案された。
この変身ポーズは全国的な流行となり社会現象にもなった。
へぇ、そうなんだ。
次々と頁を進めてゆく。
いつの間にか父が使っていた椅子に腰を下ろし、デスクの上に本を置き仮面ライダー歴代誌にのめり込んでいた。
特に、平成ライダーになってからは、今、テレビや映画で活躍中の男性俳優が多くいて楽しくなってしまったのだ。
仮面ライダー歴代誌を読み終え、元あった位置に本を戻し改めてフィギュアを見つめるとなんだか愛おしい気持ちが湧いてきた。
父さんが大好きだった仮面ライダー。
私が大好きだった父さん。
父さん、私も仮面ライダーを大好きになっても良いよね。
心の中で呟いてみる。
☆
その日の夕食後、リビングルームのマガジンラックに落とし込まれていたら教習所のパンフレットに気が付いた。
日々の慌ただしさに完全に忘れていたのである。
パンフレットを広げてみる。
普通乗用車、とetc…
自動二輪車って、バイクってこと?
中型って、小型、普通、AT車?
大型って、大型、大型特種?
ちんぷんかんぷんだった。
後ろへ振り向き、母を見る。
だが頭を振って、母にも詳しくはわからないだろうなと思う。
母から妹へと目を向けてみたが、高校生の妹もわからないだろうなと思った。
でも、仮面ライダーって、バイクに乗るからライダーだよねって考える。
ってことは、聞いてみるならバイク屋さんかな?
翌朝、私は教習所のパンフレットをバッグに突っ込み家を出た。
大学の授業を終えるとバイク屋さんへと向った。
店の前にはキラキラと輝くバイクが沢山並んでいる。
ぅわぁ、バイクってデカッ。
その迫力に身体が固まってしまった。
それでも何とか足を進めてゆく。
そこへタイミングよく店の人らしき人が現われ優しく声をかけてくれた。
色黒の顔にスマートな身体つきのオジサンだった。
「いらっしゃい、原チャリ、スクーターなら、こっちにあるよ」
は、原チャリ、って?スクーターって?
やっぱ、ちんぷんかんぷんだった。
私はその言葉に答える様に慌ててバッグから教習所のパンフレットを取り出しオジサンに向けた。
「あの、ちょいと教えてもらいたいんですけど」
オジサンは、うん、うん、と頷くとパンフレットを覗き込んだ。
「なるへそ、これから免許とるのかい」
はい、と私は頷いた。
「でも、よくわからなくて、区別が」
あぁ、と納得したオジサンが説明を始めてくれた。
排気量の違いによって必要な免許が違う事とかスタイルの仕様によって用途が違う事なとetc。
そう言いながら店の中へ案内してくれ実物を指差してくれる。
けど、単純な色やスタイルでさえ多すぎて目移りするばかりだった。
はぁ、仮面ライダーのバイクって、どれくらいなんだろ?
気持ちはヘコむばかりだった。
とりあえず、私はソロリソロリと店の中をうろついていた。
SAKI。ん?って自分の名前を呼ばれた気がした。
目の前の、三台向こうの、赤いバイクにSAKIって書いてある。
私は、オジサンに声をかけて右手を上げ指差した。
「あの、赤いバイクは?」
おぉ、とオジサンは返事をすると赤いバイクに近づき周りを片付け全体像を見せてくれた。
「KAWASAKI Ninja 250cc カワサキ、ニンジャ、250cc だな」
カッコイイ、思わず声を洩らした。
「気に入ったかい?なかなか上等だぞ」
とオジサンは微笑むと言葉を続けた。
「バイク入門には適してる、安定性も操縦性もスピード感も上等だぞ」
そのバイクにひと目惚れ。
私の気持ちは決まった。
私は、スマートフォンを取り出しカメラを起動させオジサンに聞いてみた。
「このバイクを撮ってもいいですか」
はぁ、とオジサンは少し驚きながら、いいけどと答えてくれ続けて言った。
「こいつの、パンフレットがあるから、あげるよ持ってお帰り」
えぇ、パンフレットって有るんだ。
いいんですか?
うん、うん、とオジサンは嬉しそうに頷き奥の事務所からパンフレットを持って来てくれた。
そしてパンフレットを渡してくれながら教えてくれる。
「こいつに乗るなら、中型の普通、っていう免許取りなよ」
はい。わかりました。ありがとうございます。
私は、何度も頭を下げ、礼を言い、パンフレットを胸に抱いて、そのバイク屋さんを後にした。
☆
夕食後また私は、父の部屋、秘密基地にいた。
父が大好きだった仮面ライダー関連の書籍スペースを覗いていた。
『仮面ライダーを作った男達』
と表紙に記されている。
※宇宙から来た銀色の巨人。よりも等身大の特撮ヒーローを作りたい。
が始まりだった。
※バイクという身近な乗り物を操って活躍する特撮ヒーロー。
しかし、改造人間であると言う非人間的な哀愁を持っている。
へぇ、改造人間なんだぁ。
※非人間的というコンセプトにより原案時の仮面ライダーの顔、頭部のモチーフはSkull であった。
しかし、原作者の子供が怖がったため、バッタへとモチーフが変更された。
Skull、ってドクロ?
※以降、カブトムシ、トカゲというモチーフもあったが昭和仮面ライダーの殆どがモチーフはバッタっとなっている。
※平成仮面ライダーになってからはモチーフも様々となる。
龍、コウモリ、トランプ、鷹、虎、ライオン等となりフルーツにまでモチーフとなった。
最近では、バイクにさえも乗らず、車に乗り、その車がモチーフとなった。
特に、平成10作目の仮面ライダーなどは何がモチーフなのかさえよくわからない。(実際は、バーコードである)
※平成仮面ライダーには非人間的な哀愁は無く、ライダーベルトの持つ変身能力適合者がライダースーツを装着することで仮面ライダーとなる。
へぇ、ライダースーツなんだぁ。
って事は、私もライダースーツが必要だって事だわ。
翌日、大学から帰宅した教習所への入校申し込み書へ記入した。
姓名 : 宍甘 早姫(ししかい さき)
生年月日 : 1996年 4月14日(19歳)
性別 : 女
とね。
自動二輪車の中型の普通、を○で囲んでゆく。
次の日曜日が父の四十九日だった。
四十九日が終わったら申し込み書を出しに行くと心に決めていた。
☆
大学へ通い、教習所へ通うという生活が始まった。
さらにバイクとライダースーツを購入するためのアルバイトも始めた。
それでもめまぐるしく思えたのは教習所へ通っている1ヶ月間だけだった。
バイクの免許を取ってからはバイト時間を増やしもした。
それでも父の部屋、秘密基地で過ごす時間も欠かす事はなかった。
DVDを視聴し、コミックを読破した。
そうして、あっ、という間に季節は過ぎ、私は 20歳の誕生日を迎えた。
誕生日の日、再びバイク屋さんへと向った。
バイク屋さんの手前で一旦止まると大きく息を吸い顔を少しだけ上に上げた。
あっ、マジか?!
目に入ったのは、バイク屋さんの看板だった。
前回訪れた時は気付かなかった、バイク屋さんの店名であった。
『立花オートモータース』
立花のおやっさん。歴代昭和仮面ライダーには欠かせない名物キャラである。
私は、嬉しくなりウキウキと立花オートモータースの店内へと踏み込んだ。
すると前回と同じ様にタイミング良く、おやっさんが顔を出してくれた。
おやっさんは私の顔を覚えてくれたらしくすかさず声をかけてくれた。
「おぉ、いらっしゃい、免許取ったかい?」
はい。と私は返事を返した。
おやっさんは、うん、うん、と頷き笑顔を向けてくれた。
「あるよ、KAWASAKI Ninja 250の赤いのね」
はい、買います。
と言い、購入手続きをしながら私は、おやっさんに聞いてみた。
「あの、赤いバイク、取っといてくれたんですか?」
うん、と頷き、おやっさんがニヤリとして答えてくれた。
「いつか、きっと、君が来ると思ってね、売れては仕入れ売れては仕入れしてたのさ」
その言葉に私は、めっちゃ感動してしまった。
ありがとうございます。
と何度も言いながら、さらにライダースーツが欲しい事を告げると、おやっさんは仲間のショップを教えてくれた。
☆
私の誕生日から5日後、4月19日が父の命日である。
自宅では朝から一周忌の法要のため慌ただしくしていた。
午前9時から法要が始まり、読経を唱えるお坊さんに従い、母と妹と私と親戚達が畏まり手を合わせていた。
自宅での法要を終えると父の眠っている墓地へ向かい、墓前で読経を唱えてもらい仕上げとなる。
私は、自宅での法要が終わると、妹に少し用事があるからお墓には一人で行くからと告げ、自室で法要のために着ていた黒服を脱ぎ捨てた。
デニムパンツとライダースジャケットに着替えると、父の部屋、秘密基地に置いておいたボストンバッグを手に自宅を飛び出しバイク屋さんへ向かった。
立花オートモータースに着くと、店頭で赤い KAWASAKI ninja 250が私を待っていた。
店の事務所の隅を借り全身をライダースーツに包んだ。
フルフェイスのヘルメットを右脇に抱え赤いバイクの傍らに立つ。
その姿を見つめて、おやっさんが嬉しそうに表情を崩しながら親指をいっぽん立てて右拳を突き出してくれた。
「いいね、上等だ」
私は、微笑みながら頷き、シールドを上げたままフルフェイスのヘルメットを被った。
スタンド上げバイクに股がる。
ライダーグローブを嵌めた手を2度、3度と握っては開きを繰り返した後、エンジンキーを ONにする。
エンジンスタートのセルボタンを押すとエンジンが声を上げる。
股間から心地よい小さな振動を感じる。
スロットルを軽く捻りエンジンを吹かしてみる。
首を僅かに捻り、おやっさんに目を向けた。
おやっさんが優しい眼差しで言葉をかけてくれた。
「気をつけてな、いってらっしゃい」
はい、と私は頷き返事をした。
「いってきます、おやっさん」
アクセルを捻り軽やかかつ勢いのあるエンジン音と供に赤いバイクが駆け出した。
☆
父の墓石の前に、お坊さんと母と妹と親戚達が立ち並んでいた。
その背後からバイクのエンジン音が近づいて来る。
ファン、ファン、シュルルル、ファン。
父の墓前に立ち並んでいる、お坊さんと母と妹と親戚達の背後に赤いバイクが滑り込み停車した。
その背後に停車した赤いバイクに驚き立ち並んでいた全員が振り返った。
赤いバイクのエンジンが切られライダーが降りて来る。
紫色のライダースーツに紫色のフルフェイスヘルメット。
紫色のフルフェイスヘルメットの全面には白くドクロが描かれている。
父の部屋、秘密基地にあったコミック。
仮面ライダーSPIRITS。
第一巻で原案時のオマージュとして登場した仮面ライダー TAKI をモデルに模したデザインである。
自称、仮面ライダー SAKI である。
唖然としている母、妹、親戚達を置き去りにして父の墓石の前に立つ。
両脚を肩幅よりもやや広く取り、左拳を左腰だめに引き付け、指先まで伸ばした右腕を左斜め上前方へ上げ構える。
右腕を左斜め上前方から右斜め上前方へと、ゆっくり動かしながら台詞を口にする。
ライダー!
右腕が右斜め上前方にきた瞬間に素早く指先まで伸ばした左腕を右斜め上前方へ突き上げる、右拳を右腰だめに引き付け、強く台詞を口にする。
変身!!
決まった。
しばらく自己陶酔に浸った私は、フルフェイスのヘルメットを脱ぎ父に向かい報告をした。
「父さん、私、ライダーになったよ、仮面ライダー SAKI」
『いいぞ、カッコイイぞ、早姫』
私にはそう父の声が聞こえた。
ただただ、唖然、呆然、意味不明の顔の、お坊さんと母と妹と親戚達に向って、失礼しました。と私は頭を下げ最後列に移動た。
何とか無事に?法要を済ませ自宅へ向かう母と妹に、私は少しバイクで走ってから帰るからと告げ、赤いバイクに股がった。
母と妹は何かを言っているようだったが、その言葉はすでにエンジン音にかき消され私の耳には届いていなかった。
父の眠っている墓地から県道へ出る。
県道から国道へ出る。
走行する乗用車、トラックに並走し、追い越し、追走しながらバイクの乗り心地を確かめる。
15分ほど国道を走り、右に折れ、しばらく行くと緩やかな山道になる。
緩やかな登り、下りに、緩やかなカーブが何度か続いて行く。
緩やかな山道を下り、T字路を右に折れると海岸線へと向かう。
左側に春の陽射しに煌めく海面を見ながら緩やかにカーブした海岸線を駆ける。
海面からの潮風に少しだけ逆らいながら受ける風圧が心地よい、気持ちいい、一種の快感に浸っていた。
ライダーになって良かったと思った。
父さん、ありがとう。と心の中で呟いてみる。
海岸線を終え右に折れる。
そのまま緩やかな山道を越えると県道に出る。
そのまま県道を真っ直ぐに走り国道に突き当たり右に折れる。
国道から自宅へ向かう側道へ降りる。
側道をしばらく走り突き当たりを左に折れるとコンビニがある。
ここでひと休み、喉の乾きを癒やそうと、私はそのコンビニの駐車場へとバイクを乗り入れた。
高齢の女性がコンビニの硝子張りの自動ドアから出てくるところだった。
高齢の女性の右手に今、買い物したばかりであろうコンビニ袋を下げ、左手には淡い桃色の手提げ鞄を下げていた。
☆
フルフェイスのヘルメットのシールドを上げ一息吐くと顎の下のストラップに手を掛けた時だった。
ダッダッダ、と耳障りな音に手を止め何気なく首を捻り、音のする方へ顔を向けようとした瞬間。
あああッー、と悲鳴が聞こえた。
高齢の女性が路上に崩れ落ち、ある方向を指差し必死に続けて声を出そうとしていた。
私はその指差している方向へ視線を向けた。
原動機付自転車、いわゆる原チャリ、スクーターに二人乗りした後ろの男の手に淡い桃色の手提げ鞄が握られていた。
ドロボー、高齢の女性の声がしている。
私はエンジンキーを捻り、ONにするとセルボタンを押し赤いバイクに股がった。
アクセルを捻り、走り始める。
原チャリとの距離は30メートルくらいはあった。
一気に距離を縮めるために加速する。
加速による風圧を感じた。
海岸線を駆けていた時よりも風圧を感じていた。
何故?
フッと気がつく。
フルフェイスのヘルメットのシールドが上がっている。
シールドを下げていないだけで風圧が増した様に感じていたのだ。
風圧?と頭にひとつの台詞が過ぎった。
『カラダに風圧を受けるとベルトの風車が回り仮面ライダーに変身するのである』
仮面ライダー誕生。と記されたDVDの中で聞いた台詞だった。
私も、その風圧をエネルギーにする気持ちで、フルフェイスのヘルメットの中で気合いを込めて声を出した。
変身!
同時に素早くシールドを下ろし前を逃走する原チャリを睨みつけた。
原チャリと私の赤いバイクの距離はみるみる縮まり追いついた。
けど、私はどうしたら良いんだろう?
と一瞬考えてしまった。
とりあえずと原チャリの右斜め後ろから近づき声を出した。
「鞄、その鞄を返しなさい!」
私の声が聞こえたのか二人乗りの後ろの男が顔を向けてきた。
「その鞄を、返しなさい!!」
もう一度、私は声を出した。
後ろの男は、前の男、運転している男に向って口を動かしている。
何かを言っているようだったが私には聞き取れなかった。
前方の信号機が黄色に変わった。
私は思わずアクセルを緩めた。
同時に原チャリのスピードも緩くなった。
信号機が赤色に変わった。
よし、止まった。と気を緩めた瞬間に原チャリが突然左へ傾き信号機手前の路へ曲がった。
ヤバッ!
咄嗟に私も赤いバイクを左へ傾け路へ曲がる。
センターラインも無く、車両同士なら譲り合えばやっと行き違える幅の路である。
左側は新築工事中のマンションを囲う鉄塀が路沿いに立てられている。
右側はメインストーリーに向って立ち並ぶ店舗の裏口が連なっている。
辺りには人の気配も無く、ここがチャンスだと感じた私はアクセルを一気に捻りエンジンを吼えさせ距離を詰めた。
原チャリの真横に位置すると左膝を引き上げ脚を力を込めて突き出した。
ライダー、キック!
決め技はこれに決まっている。
突き出した左脚が、フッと浮いた感じの後、ドカッ、と手応えが伝わってきた。
原チャリの運転者の脇腹に当たっていた。
二人乗りの後ろの男の脇腹を狙ったはずだったのに。
運転者は脇腹に受けた衝撃で態勢を崩しハンドル操作がフラついている。
フラついた原チャリはマンションを囲う鉄塀へ向って行く。
鉄塀をギリギリの距離で躱すと目の前に電柱が立っていた。
ガガッ、ガズッ、と鈍い音が響いた。
ライダーキックの勢いのまま通り過ぎていた私は、その鈍い音に赤いバイクを止め振り返った。
鉄塀と電柱の間に原チャリと運転者が突っ込み挟まっている。
後ろの男は後方へ転倒し、その傍に高齢の女性から引ったくった淡い桃色の鞄が転がっている。
私は赤いバイクをターンさせると鞄のもとまでバイクを近づけ素早く拾い上げ、来た道を駆け戻った。
高齢の女性はまだコンビニエンスストアの前でおろおろしながら立っていた。
私は高齢の女性の前へ赤いバイクを止め鞄を彼女へ差し出した。
はっ、と我に返った様に目を見開くと頭を下げながら高齢の女性は礼の言葉を発した。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
私は、うん、と頷くとそのまま立ち去ろうとしたが、まだ彼女の声が聞こえていた。
「あの、お名前は、あなたの、お名前は?」
名前って、なんだか私は照れくさく声を出せないまま彼女へ顔を向けた。
フルフェイスヘルメットのシールド越しに視線が合った気がした。
私は、右手でフルフェイスヘルメットの顎の下を少しだけ押し上げ小さく声を出した。
「通りすがりの仮面ライダーです」
それだけを言い、私はアクセルを捻り、自宅へ向って駆け出した。
父の部屋、秘密基地はすっかり私の秘密基地にもなっていた。
ライダースーツにフルフェイスヘルメット、ライダーグローブ、ライダーブーツと赤いバイク、KAWASAKI Ninja 250の KEY の保管場所である。
父の一周忌だった日、引ったくっり騒動の翌日の夕方だった。
夕飯作り中の母を手伝うために台所へと向った。
台所の手前のリビングルームを通り過ぎようとした。
リビングルームのテレビがつけられその前に妹が座ていた。
妹は手もとのスマートフォンを持て遊んでいる。
つけられているテレビを観ているふうではなかった。
テレビの画面では夕方のニュースが地方向けに変わっている。
私は台所に入り先ずはと冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出しキャップを捻りひとくち飲み込んだ。
その時、地方向けのニュースが聞こえた。
『仮面ライダーが現れました。
引ったくり犯人に、奪わばれた鞄を取り返し被害者へと戻しました。
被害者の話では赤いバイクに乗った紫色のライダースーツでヘルメットにはドクロが描かれていたそうです』
その言葉に妹がハッと顔を上げた。
テレビ画面に出たテロップを凝視した後、慌てて振り向いてきた。
ニュースの言葉はまだ続いていた。
妹の瞳と私の瞳が見つめ合った。
私は妹の瞳に向って自分の口もと、口角をめいっぱい上げ白い歯を見せた。
ニィン!
終り。
2019年 平成31年
平成の仮面ライダー、20人の歴史は終わった。
2019年 令和元年
令和の仮面ライダーの歴史が始まった。ゼロワン01。