公開中
#forever
あの年、あの日、ある時。
その年、その日、その時。
又は....。
この年、この日、この時。
信じられないような——。
信じたくないような——。
それでも、そうでもないとすれば。
ただ、貴方が苦しまないなら。
20XX年X月X日XX時XX分XX秒。
それはまだ、貴方の命の砂時計。
きっとそう、届かない場所へいるあなたへ。
---
生まれたときから、僕達は一緒だった。
ただ、知りたくもないような"事"を知るまでは。
——「|保《も》って一年だそうよ」
むせび泣くような声で彼の母親から告げられた、
その聞くに堪えない言葉は、とても耳が痛かった。
無意識に走っていた自分の足は、
彼の病室へと向かって。
「なぁ、っ…、死んじゃうの…っ?」
今にでも死んでしまうのではないかと心ばかり焦る、
心の中の本音を吐き捨てるように言った。
「どーしたの、そんな青ざめたお顔で。」
ただ、自分が思っていたよりも、彼は呑気そうな顔で、自分がどうして青ざめているのかを、何事もな
いように不思議そうな感じでそう言う。
「どーしたの、じゃない…!…なんでっ…」
「別に、元から体が弱かったのもあるしね〜」
「でも、でもっ!!8月には、ほら!!退院できるって言ってたじゃん…っ」
「できるさ、一年だもの〜。退院できるまで…でしょ、今何月よ、笑」
「2月?……それが、なに、?」
「あと6ヶ月後だし、!その12ヶ月後だったらねヤバかったかもだけどさ〜」
「…まぁ、そう、だね。」
「それにさ、俺が生まれた時、『数時間くらいで…』って言われてたし………。それでも、|存《ながら》えてんだからね。だから、そん時の運命が、今って感じじゃね?」
「……運命、ね。」
声に出してみると、やけに冷たく響いた。
心の中では、どうしても納得なんてできなかった。
「運命なんて、僕は信じない。……信じたら、もう諦めることになるだろ」
ふいにそう吐き捨てると、彼は小さく笑った。
その笑みは、皮肉でも、諦めでもなく——ただ、優しい笑みだった。
「そうだね。でも俺は、諦めるんじゃなくて、受け入れてるだけだよ。」
「受け入れる……?」
「うん。だってさ、もし俺が“最初の予定通り”にすぐ死んでたら、君に出会うことも、笑うことも、こうして話すこともできなかったし、全部なかったんだよ。」
言葉に詰まる。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「だから、今の“残りの時間”はさ、オマケみたいなもんなんだ。俺にとっては、宝物だよ。」
「……っ、宝物なんて……そんな言い方しないでよ。」
「どうして?」
「だって……宝物って、大事すぎて……失うときに、もっと苦しくなるじゃんか……っ」
思わず声が震える。
泣きたくないのに、瞳の奥が熱くなる。
そんな自分の頭に、彼はそっと手を置いた。
いつもの、細くて温かい指先。
「大丈夫。苦しくなるくらい、大事に思ってくれてるのが、俺は嬉しいよ。」
「……ずるいよ、そんなの……。」
「はは、君が泣く顔、俺はけっこう好きなんだけどな。」
「っ……バカ……。」
——ただ、その瞬間だけは。
病室の機械音も、重たい現実も、何もかも遠のいて、
|唯々《ただただ》愛おしい。
---
6月某日
「……じゃあさ」
「退院したら、一緒に夏祭り行こうよ。」
「夏祭り?」
「そう。ほら、浴衣着てさ、金魚すくいとか、りんご飴とか……そういうやつ。」
彼は目を丸くして、すぐにふっと笑った。
「……いいね。行きたいなぁ。」
「でしょ? 絶対、絶対だよ。」
「浴衣、君も着るの?」
「着るに決まってんじゃん!」
「ふふ、似合うかなぁ。俺、今まで着たことないんだよね。」
「じゃあ、俺が選んであげる。派手すぎず、でもちゃんと似合うやつ。」
「……楽しみだな。屋台で焼きそば食べて、かき氷食べて……あ、花火も見たい。」
「いいね……! 花火、肩並べて見よう。」
彼は目を細めて、どこか遠くを見つめるように天井を見上げた。
「……うん。退院したら、君と一緒に。絶対だよ。」
「絶対だからな。……俺、約束は破らないから。」
「知ってるよ。」
ふわっと、安心したような笑みを浮かべる。
——その笑顔に、胸が少し痛んだ。
「約束」という言葉が、どうしても脆くて、壊れそうで。
それでも、未来を語るだけで、今は救われた気がした。
「じゃあさ、そのとき……手、つないでもいい?」
「……っ、ば、バカ……。」
真っ赤になった頬を隠すように下を向くと、
彼は楽しそうに声を立てて笑った。
「じょーだん。…ははっ……楽しみだなぁ。」
---
数日後
病室の窓から午後の陽射しが差し込んで、消毒液の匂いがやわらぐ時間帯。
僕はいつものように、机の上に持ってきたコンビニの袋を置いた。
「ほら、プリン買ってきた。」
「おお〜! やった、君の選ぶやつ美味しいから好き。」
「いや、ただの100円プリンだけど。」
「そういう素朴なのが良いんだよ。高いのは途中で飽きるし。」
スプーンですくって、幸せそうに口へ運ぶ。
それを横で見てるだけで、こっちまで顔が緩むのを止められない。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ。」
「え? だって、プリン美味しいし。君が持ってきてくれると、なおさら美味しいんだよ?」
「……バカ。」
耳まで赤くなって、思わず窓の方を向いた。
「ふふ、図星?」
「うるさい。」
ベッドの上で笑う彼は、本当にただの“普通”みたいだった。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と、何度も思ってしまう。
「そうだ、退院したらさ。」
ふいに彼が思い出したように言う。
「ん?」
「夏祭りもいいけど、海も行きたいな。海水浴とかじゃなくて……夜の海とか。」
「夜の海?」
「そう。波の音だけ聞いて、缶ジュース飲んで、くだらない話して。……それで十分。あと、夏祭りの屋台ってさ、プリン売ってないかな。」
「……売ってないだろ。けど、いいな、それ。」
「だろ? 君となら、それだけで楽しいんだよ。」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
でも俺はただ、精一杯笑ってうなずいた。
「じゃあ決まり。退院したら——夏祭りと海、両方行こう。」
「ふふ、楽しみが増えちゃったな。」
そう言って笑う横顔を、俺は必死に焼きつけようとした。
何気ない会話なのに、どうしてか胸が熱くなっていた。
---
退院予定まで、あと二週間。
カレンダーの数字を指折り数えながら、「もうすぐだ、もうすぐだ」って自分に言い聞かせていた。
だけど——。
あの夜、呼び出されて駆け込んだ病室には、あまりにも静かな彼がいた。
「……っ、おい……目、開けろよ……!!」
震える声で呼びかけると、わずかに瞼が動く。
小さく、か細い声が漏れた。
「……きみ……来てくれたんだ……」
「当たり前だろ……! 僕、ずっと待ってたんだからな……一緒に……夏祭り……」
言いかけて、喉が詰まる。
彼の唇がわずかに動いた。
「……ごめん……」
「え……?」
「約束……破っちゃった……退院できなくて……夏祭り……行けなくて……」
その言葉に、胸の奥がぐちゃぐちゃになった。
「バカ……謝るなよ……! そんなこと……全然いいから……だから……!」
必死に縋るように声をあげる。
彼は、力の抜けた手をそっと、こちらに差し伸べた。
触れると、あたたかさがまだ残っていた。
「君と……夢……話せただけで……俺……幸せだった……」
「っ……やめろよ、そんなこと言わないでっ……!!」
彼は微笑んだまま、ふっと目を閉じる。
その瞬間、世界から音が消えた気がした。
握り返す力は、もう戻ってこなかった。
——その夜、病室の窓の外では、遠くの町で小さな花火が打ち上がっていた。
彼と一緒に見るはずだった、夏祭りの花火が。
---
三周忌。
それから二年が経った。
あの日から、季節がめぐっても、彼の事を忘れてはいない。
——今日は、彼の三周忌。
彼の不在に慣れたわけじゃない。
ただ、日々の中でどうにか歩き続けている自分がいた。
一周忌のときは、まだ…実感が沸かなかった。
気づけば、足を夏祭りの会場へ向けていた。
人混みを避けるように歩いて、少し外れた堤防の上に腰を下ろす。
それでも——夏の空気と、夜店のざわめきに触れると、胸がざわつく。
花火大会の夜。
「……来ちゃったな。」
本当なら、隣に彼がいて——。
屋台の真ん中を。看板を見ながら、指さして。
「金魚すくいする?」「いや、かき氷でしょ」なんて言い合っていたはずだ。
でも今、隣にいるのは静かな夜風だけ。
「……やっと来れたよ。」
ぽつりと呟く。
約束の夏祭り。
本当は、二人で笑いながら歩くはずだった道を、自分はひとりで歩いてきた。
夜空を見上げた瞬間、ドンッと大きな音が鳴り響く。
黒い空に、色とりどりの花が咲いた。
「……見えてるかな?」
花火を見上げながら、空へ問いかける。
答えが返ってくることは、もうない。
でも、あの日の彼の笑顔と声が、まるで隣にいるかのように鮮明によみがえる。
『退院したら、一緒に夏祭り行こうよ』
『絶対、絶対だよ』
『花火、肩並べて見よう』
思い出が胸を締めつける。
そして同時に、温かさも運んでくる。
「……約束、やっと守れたな。」
涙が頬を伝うのを止められないまま、俺は空を見上げ続けた。
ひとりだけど、ひとりじゃない。
あの夜、交わした夢の続きを、今ようやく二人で見ている気がした。
夜空いっぱいに咲き誇る花火が、静かに散っていく。
——その光の中に、君が居た気がする。
---
|It was an illness that could never be cured, one he had carried since the moment he was born.《彼の病気は治らないものだった。生まれつき抱えていたのだ。》
|He was always cheerful, so that no one would notice how close he was to death.《彼はいつも明るかった。自分の死期を悟られないように。》
|And he, too, who was unaware of this truth, sank into sorrow.《そしてまた、彼も悲しみに暮れる》
|Each of them wished for the other's happiness.《互いに、互いの幸せを願っていた》
|Yet, even so, forever.《けれど、それでもなお永遠に》
|Because you found me《だって、君が見つけてくれた。》
fin.
Alive,Pledge Vow