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2話 デュースの告白
「実は、僕たち……お付き合い、してるんだ」
「いや、もうみんな気づいてるわ」
ポテトをつまんでいたエースの返答に、デュースは驚く。
まったく予想していなかったデュースとは反対に、「そうだろうな」とジャックは冷静だった。
重ねて驚いたデュースは、見開かれた目のまま、真横を見る。
「な!? ジャックは知ってたのか!? こいつらに気づかれてたことを!」
「だって二人とも、距離が近かったからね」
代わりに答えたのは、口に入れていたハンバーガーを飲み込んだエペルだ。
「ほら、いまだってジャッククン、デュースクンのすぐ隣にいる」
デュースは慌てながら言う。
「これは、僕たちが付き合ってることを、お前たちに明かすために」
「うん。今日だけじゃないよね。だから、気づくなと言われるほうが難しい……かな」
「そーそー。ベタベタくっついちゃってさあ。オレらだって最初はただの部活のノリかなーって思ったぜ? それか罰ゲーム」
エースに想いを疑われたジャックは吠える。
「罰じゃねえよ!」
「本気にすんな! いまは思ってねえよ! はーっ、これだから一途すぎるやつは。もっと余裕を持ったほうがいいんじゃねーの?」
呆れたようにエースは言い放った。広げた紙ナプキンの上でポテトの容器をひっくり返して、底に溜まっていたポテトをすべて出した。
短いものばかり残ったポテトの群れに、先に手を突っ込んだのはジャックだった。
真正面から堂々と奪われたエースはジャックをにらむ。
「あっ、テメー!」
「ふん。お前こそ、余裕を持って周りを見ろ」
小競り合いを始めそうな雰囲気の中。
「付き合っていることに気づかれていたことをすでに知っていた、ということは」
割り込んだのはセベクの声だ。
あと一口というところまで小さくなったハンバーガーを片手でつまみながら、セベクは続けて言う。
「いわゆる、その……」
しかし、声はすぐに途絶えた。
しびれを切らしたジャックは急かす。
「なんだ。はっきり言え」
「ぐ……! その、だな……!」
「セベク、体調が悪いのか? 顔が赤いぞ」
「デュースクンは黙ってて」
セベクが何を言いたいのか、エースは察してしまった。
見守ること、数秒。セベクは意を決する。
「いわゆる『牽制』というやつか!?」
「声がでけぇ!!」
ジャックは耳を伏せながら叫んだ。
「もう、二人とも。大声を出さないで」
静観していたオルトは注意しながら、二人にジュースを差し出した。遠回しに、黙って、と言っている。
「ここは、お店の中なんだからね。迷惑行為、ダメ、絶対」
──そうだ。ここは、いつも集まっていた、あの場所じゃない。
──誰でも入れる、ただの飲食店だ。
顔がわずかに固まったエースに、友人たちは気づかない。他の客たちに注がれる視線に目を向けて、気まずそうに頭を下げていた。
いち早く気を取り直したエペルは、視線を友人たちに戻す。残り一口のハンバーガーをパクリと食べたセベクに問いかける。
「ええと、ケンセイって、あの牽制、だよね。勝手なことをさせないって意味の」
差し出されたジュースを飲もうとしていたセベクが、ぎくりと止まる。声量を落として、しかし顔はまだほんのり赤らめたまま「そうだ」と答えた。
「僕もシルバーも、他の従者たちも、よくやっていることだ。若様のそばに常に付き従い、危険人物を近づけさせない」
「ああ、だから『牽制』」
「え? どういうことだ?」
理解したエペルたちをよそに、デュースだけがまだ理解していない。
オルトが答える。
「ジャック・ハウルさんは、デュース・スペードさんにずっとくっついて、危険な人を近づけさせないようにしている、ということだよ」
「んん……?」
「つーまーりー」
エースはからかいの表情を貼り付けながら、デュースに言う。
「ジャックはお前がめちゃくちゃ好きだから、誰にも取られないように、ずーっと、一緒に、いるんだよ」
ポカンと口を開けるデュース。首からつむじに向かって、じわじわと赤くなっていく。
いつのまにか、ジャックの顔も赤い。
うぶな二人を見て、逆にセベクは照れから抜け出したようだ。顔色が元に戻っている。
「僕はどうかしていたようだ。若様への敬愛を、お前たちの恋愛と同一視していたとは」
つまり、マレウスを敬う自分の心を、ただの恋愛と同じ扱いをしてしまったことに、恥じていただけなのだと言いたいようだ。
エースは小さな怒りを覚える。
友人同士の恋愛を感じて、純粋に照れていたことを、よほど認めたくないらしい。
セベクをつつきたくなった。
「いや、お前はただ単に、よその恋愛にあてられただけだろ」
セベクは反論する。
「違う!! 若様と関係ないことに心を乱されるなど、ましてや、て、照れるなど、ありえん!!」
「ああ、悪い悪い。ピュアピュアセベクくんには刺激が強すぎたかなー?」
「貴様あ!! そこになおれ!!」
「えー? どう『なおれ』って? オレもうイスに座ってんだけど? まさか地べたに座れ、なんて言わねえよなあ? 店ん中でそんなことしたら、すげー迷惑だってわかんねえの?」
「わ、わかるに決まってるだろう!?」
見かねたエペルが仲裁する。
「セベククン、あきらめようよ。エースクンに口げんかで勝てるわけない、かな」
「しかしだな……!」
なおも言い募ろうとするセベクから目を離したエペルは、セベクを止めてもらおうと、残りの三人を見る。
「デュースクンたちも、セベククンたちを……」
止めて、と言いかけた口は、それ以上動かなかった。
デュースが目を輝かせながら、ジャックの手を取っているところを、見てしまったからだ。
「すまなかった、ジャック! お前の真心に気づけなくて!」
「いや、それは、別に」
「僕もお前が大好きだ! 危険なことがあったら言ってくれ! 必ず守る! これからも一緒にいよう!」
「わかった。わかったから……!」
一方的な口げんかを続けているコンビと、一方的な告白を続けているカップル。
エペルは遠い目をする。
「こいつらめんどぐせ」
そして二組の声量は大きかった。
「規定値を超える音量を確認。ただちに退店することを推奨します」
オルトの警告を受けた五人。そのうちの四人の声がピタリと止まる。
ようやく過ちに気づけたようだ。
顔をしかめている客たちの視線をまばらに受けながら、五人は急いで残りをたいらげていく。
もともと残りが少なかったおかげで、食べきるのに十秒もかからなかった。だが一人ずつ会計を済ませていたせいで、トータルでは遅い退店となった。
近くの広場に移動する一同。オルトはエペルを除く四人をしかる。
「もう! 騒いだらダメって言ったのに!」
「だって、なあ……」
エースは続きを言いかけて、やめた。
この先を言いたくなくなったからだ。
なのにデュースが続きを言う。
「オンボロ寮にいたときのクセで、つい声が出てしまうんだ」
オンボロ寮は閉鎖されていて、もう誰も入れない。集まれない。
家主たちがいないからだ。
全員、口をつぐむ。
──こうなるから、言いたくなかったのに。
重くなった空気を払うかのように、エースは明るい声を出す。
「やめやめ、しめっぽいのは! こんなんじゃあ、あいつらに笑われちまうぞ!」
エペルは苦しそうに、けれど笑う。
「そう、かな。……うん。そうだね」
ジャックとオルトとセベクが続く。
「あいつら、いい性格してるからな。笑うどころか、煽ってきそうだ」
「うん! きっと元気でやってるよ!」
「特にあの人間! あちらの世界でも、若様の素晴らしさを伝えているに違いない!!」
「それはない」
エースはつい突っ込んだ。
暗い顔をしていたデュースは、前向きな友人たちの姿を見て、次第に明るくなっていく。
「監督生とグリムがいなくなっても、僕たちの絆は消えない、ということだな!」
くさいセリフだなと、エースは思う。
そして、そうであってほしいとも思う。
監督生は異世界に帰っていった。
相棒を失ったグリムはどこかに旅立っていった。
エースたちは変わらず学園に在籍している。
まるで最初から監督生とグリムがいなかったかのように、世界は回り続けている。
それでも、彼らがいた事実は消えていない。確かにエースたちの中に根付いている。
デュースがジャックに近寄る。ジャックは当然、受け入れる。
やわらかい笑顔で、二人は見つめ合っている。
監督生とグリムを思い出しているのだろう。そして、自分たちが同じ地に存在していることに、感謝しているのだろう。
エースの心の孤独に気づかずに。
──お前らはいいよな。そばにいられて。
──オレはもう、監督生に会えないのに。
──どうしてオレは、監督生に恋をしてしまったんだ。
デュースとジャックの距離が近いのは、ただの部活のノリで、罰ゲームであってほしかった。付き合っていることに、気づきたくなかった。
嫉妬で、おかしくなってしまいそうだ。
それでもエースは二人を祝福する。
もう叶わない自分の恋心を、ひた隠しにしながら。