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Wind Phone
知っているだろうか.「風の電話」を.それは,森の中にぽつんと座っている.回路のつながっていない,大切な想いを大切なあの人に,風に乗って伝える電話.もう会えない,あの人に,行き場のない想いを伝える,そんな電話ボックス.
中にはダイアル電話が1つ,貴方をそっと見ている――
* * *
朝日が顔を出し始めた頃,中年男性が,電話ボックスのドアノブを引いた.きしみながら開いた白とガラスの扉は,男性を招き入れると,バタンと閉ざされた.電話ボックスの中はもう,鳥のさえずりも,遠方になる汽車の汽笛も,耳に飛び込んで来ない.
透明なガラスから朝日が差し込む.吸い込まれるかのように,男性は受話器を手に取り耳元に当てた.そして,ダイアルをゆっくりと回し始めた.
男性は何も言わなかった.ただずっと,受話器を耳元に当て,俯いたままだ.そのまま一言も発しないまま,一刻と時だけが過ぎてゆく.
5分,10分...朝日は更に高くへと昇るが,男性の首はじっと地面を見つめている.するとびゅーんという風の音と共に,男性の受話器を持つ手が震えた.見上げると,男性の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた.
「...んな」
「ごめんな...英雄.全部俺のせいなんだ」
一言発するたびに目からは大粒の涙がこぼれ落ち,足元にぽたぽたと,床に染み込んでいく.
「お父さんがあの時『出ていけ』なんて言わなければ」
「お前は津波に呑まれずに生きてたかもしれないのに...」
男性は左手で目を覆った.指先からこぼれ落ちる涙.止まらない謝罪の気持ち.銀色の雫玉と銀白色の受話器を,太陽の光が明るく反射する.
* * *
行き場のない想いを,伝える場所.