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初恋の味を書き変える
ぐずぐずに熟しきって溶ろ溶ろに甘くなったメロンをスプーンで掬って、口に入れた。液体と個体の狭間のような薄みどりのくだものは、甘くて甘くて甘くて、最奥はかたく苦かった。
もう一度掬って、今度は目の前の男に食べさせる。女のような顔をした男は、素直に口を開けた。
乾いた口の中にスプーンを押し込む。意地悪と愛しさを混ぜてぐつぐつ煮詰めた気持ちがわきあがる。巷ではこれをきゅーとあぐれっしょんというらしい。
僕の世界では、みんながお互いを愛しあって、みんなが凛とした自分を持っている。誰ひとり取り残されず、みんな手を繋いでしあわせになる。そんなばかみたいな、頭のねじがはずれた理想郷。
この世界をたもっているには気違いになるしかなかった。そう思ってきたけど、この男に出会って変わった。
この男は僕より弱い。弱くて甘ったれていてどうしようもない。でもそんな自分を隠しているのだ。嘲りたくてかわいくて愛しくて憎くてたまらなかった。かわいいかわいい憎いかわいい。頭を撫でてその3回に1回くらいはぶん殴りたくなるような気持ち。形の良い君の頭を、救いようなく甘いにおいがして、からっぽの中にあの子への想いだけが詰まった君の頭を。
僕たちはお互いに違う人に恋をしていて、それを応援する気も邪魔する気もないまま、目の前の相手だけを傷つけあう関係をしていた。僕は君を、君は僕を。
きみはぼくのらくえんだよ。そう言ってあげたら、彼はメロンを飲み込めなくなったように笑った。色とりどりの花が彼の顔でむらがり開いて、つぎつぎ枯れていくのを僕は想像した。彼が言う。気持ち悪いな。彼の甘いあまい笑顔で放たれる悪口、およそ彼が思いつくだけの罵詈雑言は、空気に触れるたび虚しく溶けた。あの子への想い以外は何ひとつ本気で考えていない彼の言葉に効力はないし、あの子に愛されぐずぐずになって、あの子とだけしあわせになりたい駄目な彼なんかみじめでしかたないと思うのに、なのに、彼はうつくしかった。どうしようもなくうつくしくて、僕は彼と彼のもちあわせるすべてのものの中で彼の顔だけが鮮明に好きだった。彼のりんかくが僕の心でどれだけぼやけても、彼の豊かな睫毛が、しろいとがった顎が、奇跡みたいな鼻先が、僕を彼に呼び戻した。
メロン味で書き変えよう。彼の好きなあの子のことも、僕の好きなあのひとのことも。いまだけ今だけ、僕は君だけ見ていてあげる。いまだけだよ内緒だよ、僕は君なんか好きじゃない。君も僕なんか好きじゃない。でもきっと君がいなくなったら、僕は泣くだろうな。