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校長先生の話が長すぎて、全校生徒が化石になった朝 第一話
えー、みなさんが静かになるまでに、三分かかりました」
十月の冷え込む体育館。朝礼台の上に立つ校長先生の声が、マイクのハウリング混じりに響き渡る。
僕、佐藤タカシは、全校生徒五百人と共に体育館の床に体育座りをしていた。
この時、誰もが思っていた。――ああ、また始まった、と。
「さて、秋といえば読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋と言われますが……。私がまだ、みなさんと同じように、青い春と書いて青春の日々を過ごしていた頃、一冊の、実に、実に興味深い本に出会いましてねえ……」
校長の話は長い。とにかく長い。
どれくらい長いかというと、前回、熱中症対策の話をしていたはずの校長が、気づけば自分の「初恋の甘酸っぱい思い出」について二十分間熱弁を振るっていたレベルだ。
「その本の、三十四ページだったでしょうか。いや、三十五ページだったかな。まあ、どちらでもよいのですが、そこに書かれていた言葉が、私の胸に、こう、グサリと……」
校長が目を閉じ、遠い記憶を掘り起こすように語り出す。
時計の針は、すでに朝礼開始から三十分を指していた。
隣に並ぶ親友のケンを見ようと、首を動かした。その瞬間。
ピキッ。
小さな、しかし妙にクリアな音が、ケンの足元から聞こえた。
「……ケン?」
声をかけようとしたが、ケンの様子がおかしい。
いつもなら「なげーよな」と小声で愚痴を言ってくるはずの彼が、ピクリとも動かない。それどころか、彼の体操服の裾が、不自然に灰色に変色していた。
ピキキキキキッ!
「えっ!?」
思わず声を上げそうになった。ケンの足元から始まった灰色の変色が、一気に彼の太もも、腹、そして顔へと駆け上がっていく。
一瞬だった。ケンは、完璧な「体育座りをする少年の石像」へと姿を変えていた。
「おい、冗談だろ……?」
ケンの肩を揺らそうと手を伸ばしたが、触れた感触はひんやりとした、ただの硬い岩だった。
「――つまり、人生とは選択の連続であり、あの時私が右の道を選んでいなければ、今こうして、みなさんの前で、校長として、お話を、していることも、なかったわけでありますな……」
校長の話は止まらない。
そして、異変はケンだけにとどまらなかった。
ピキッ、ピキピキピキ!
体育館のあちこちから、小気味よい破壊音のような、硬化音が鳴り響き始める。
「ちょ、嘘だろ……」
僕の後ろにいた女子生徒が、驚きの表情のまま静止し、綺麗なグレーの石像になった。
前列の野球部のキャプテンは、あくびをした瞬間に固まったらしく、口を大きく開けた間抜けな石像と化している。
退屈だ。退屈すぎる。
校長の話から発せられる「圧倒的な退屈のエネルギー」が、生徒たちの精神を削り、肉体そのものを風化させ、化石化させているのだ。
「先生! 助け――」
異変に気づいた学年主任の熱血教師、松本先生が朝礼台に向かって走り出そうとした。しかし、数歩進んだところで、彼の右足がピキリと鳴った。
「校長、話を、止め……て……くだ、さ……」
松本先生は、今まさにダッシュを決めんとする、躍動感あふれるポーズのまま、見事な彫刻になってしまった。他の教師たちも、パイプ椅子に座ったまま次々と「考える人」のようなポーズで石化していく。
全校生徒五百人、そして教師三十人。
体育館は、わずか数分の間に、静寂に包まれた「化石の展示場」へと変貌を遂げた。
生存者は、おそらく、僕一人。
なぜ僕が耐えられているかというと、今朝、家を出る前に「激辛ハバネロにんにくラーメン」を食べてきたおかげで、胃袋が激痛と戦っており、退屈を感じる余裕が一切ないからだ。ありがとう、激辛ラーメン。
しかし、僕の腹痛も限界が近い。そして、校長の話も終わる気配がない。
「……さて、話は戻りますが、その本を読み終えた私は、翌日、近所のパン屋へ向かいましてね。そこで売られていたメロンパンが、これまた、実に、香ばしい香りを……」
戻りすぎだ。メロンパンの話なんて、誰も聞きたくない。
頼むから誰か止めてくれ。目の前には、石になったケン。視線を上げれば、石になった校内のマドンナ。右を見れば、石になった教頭先生。
ついに、僕の足元にも「ピキッ」と不吉な音が響いた。
激辛ラーメンの加護が切れた。胃痛よりも、校長のメロンパンの思い出話が脳を引き裂きにかかってくる。
(ダメだ……意識が……遠のく……)
足が固まり、お腹が固まり、胸が固まっていく。
最後に視界が灰色に染まる直前、朝礼台の上の校長が、時計をチラリと見たのが分かった。
「おや、もう一時間が経ちましたか。喉が渇いたので、一度ここで三分間の休憩を挟みます。みなさん、静かに待っているように」
誰も、動けない。
誰も、返事すらできない。
静まり返った体育館で、水を飲む校長のゴクゴクという音だけが、シュールに響き渡っていた。
第二話は出来てる。