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✕家の使用人だった者
私は✕家の使用人だった。
政府のエージェントとして働くお二人に代わり、✕✕様の相手をするのが主な仕事。
警察に引き渡すことなく、使用人として雇ってくれた旦那様には感謝しかない。
様々な家事を教えてくださった奥様は、まるで母のようだった。
いつか、この恩を返せる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、今日も私は✕家の一人娘である✕✕様と毬で遊んでいた。
──この日が運命の分かれ道だとは知らずに。
初めに聞こえたのは、刃が肉と骨を斬る音。
お二人は政府のエージェントであることから、命を狙われやすい。
《《また》》掃除をしなくてはならない。
✕✕様が眠ってからでも、汚れは落ちるだろうか。
そんなことを考えていると、今度は銃声が聞こえた。
流石に様子が気になって目線で確認すると、旦那様が此方へ銃を向けていた。
私の一番の仕事は✕✕様をお守りすること�。
銃声が聞こえ、腹部に痛みが走る。
✕✕様は怪我をされていないようだった。
「僕を斬れ……!」
次の銃声は聞こえることなく、旦那様が倒れた。
直後、奥様も✕✕様へ短刀を向ける。
「夜叉白雪…鏡花を守りなさい……!」
動けない私の代わりに、夜叉白雪が鏡花様をお守りになった。
奥様を、切り捨てることで。
その後のことは、良く覚えていない。
ただ気がつけば病院のベッドの上で、坂口安吾と名乗る人が私の目覚めを待っていた。
政府のエージェント──内務省異能特務課であったお二人の死はあまり表沙汰にはならないらしい。
そして、鏡花様に夜叉白雪は継承され、異能の暴走で片付けられてしまった。
あの方は行方知れずで、私は居場所と大切な人達を同時に失った。
ただ、安吾さんの紹介で次の仕事先は簡単に決まった。
入社試験も簡単に突破し、新しい生活が始まる。
けれど、鏡花様の悲鳴だけがずっと耳に残っている。
あの方は、今、何処で何をしているのだろうか。
「どうかしたの?」
「いえ、足を止めてしまいすみません」
乱歩さん、と駆け足で私はその背中を追う。
社員の中では唯一異能が無いものの、頭脳明晰で彼は宇宙一の名探偵だと自他ともに認めています。
解決しなかった事件は一つもありません。
「たっだいま~!」
「……帰ったか」
「追加の死者などは出ず、立地が遠いことを除けば大変な依頼ではありませんでした」
詳しくは報告書にまとめます。
そう伝えると福沢社長は小さく頷いて、そうか、と優しい表情を浮かべていました。
「二人の為にお茶とお菓子用意してあるよ」
「流石だね、与謝野さん。ラムネまで用意してあるなんて100点満点だ!」
「私の分まで……申し訳ありません、与謝野さん。私の方が後輩だというのに」
「先輩後輩とか気にしなくていいって云ってるのに……。どちらかと云えば、感謝してほしいね」
与謝野さんは、数少ない女性社員だからか優しくしてくださる方です。
珍しい治癒能力の持ち主で、制約は多いですが瀕死の状態からでも治せるのは凄いと、とても尊敬しています。
「私みたいに、相手を気にせず自由に生きた方が楽しいですよ?」
太宰さんは思考を読むのが難しいですが、サボりと自殺癖がなければ格好いい方だと思います。
「貴様は落としてきた節度というものを初めとした、人として欠けているものを探してこい」
国木田さんは、良く云えば真面目で年齢は私より下ですが理想について真っ直ぐなところは素敵だと思います。
「お茶とかは此処に置いておくから、休憩しながらやるんだよ?」
「……ありがとうございます」
パソコンを起動させ、報告書を書き始める。
はじめは苦戦したものの、一ヶ月もしたら慣れました。
どちらかと云うと、人との馴れ合いの方が何倍も難しいです。
ある日、私は乱歩さんに呼ばれて社長室に向かった。
予想通りというか、福沢社長が待っている。
だが、これが第六感というものだろうか。
何か嫌な予感がして、部屋に入るのを躊躇う。
私の心の準備が出来ることを待っているのか、福沢社長も乱歩さんも口を開かない。
少しして、私はどうにか足を踏み出し、改めて背筋を伸ばす。
「とりあえず座るといい」
「……失礼します」
意味もなく、特に生活に支障がなくなった傷が痛む気がする。
「今朝、或る情報網から手に入れたものだ」
渡された資料には、幼い紺色の髪を二つに結った少女。
赤い着物に黄色の帯は、今も大切に着ているのだろう。
安吾さんからは行方不明と聞いていた。
生きているのか、死んでいるのか。
それすら分からなかったあの方の成長した姿が、今、手元にある。
「鏡花�、様……っ!」
自然と涙が溢れた。
ただ、現実はそう上手くいかない。
「悪いけど、今も無事に生きてるかは分からないよ」
「……乱歩」
「社長、こういうのはちゃんと説明しないと駄目だよ。特にこの写真が撮られた場所については尚更ね」
「ポートマフィア、ですよね」
湾岸に拠点を置くポートマフィア。
灰色の街で撮られたであろうこの写真には、鏡花様以外にも銃を持っている大人達が写っていた。
残念ながら、息はしていないと思いますが。
「鏡花ちゃんが入っていったのは“禍戌”がいた場所らしい。どうやら彼女、殺されたいみたいだよ」
「乱歩」
「で、分かると思うけどその写真が撮られたのは少し前のことだ」
「……鏡花様は、生きていらっしゃらないのですか?」
「少なくとも、昨日は生きていたよ」
乱歩さんから渡されたのは“指名手配書”。
そこに載っているのは紛れもなく鏡花様の写真。
「ポートマフィアの暗殺者……?」
「ま、つまり仕事でミスをすればハイそこで終了」
「……森医師のことだ。それが最適解なら、子供だろうと容赦はしないことだろう」
ひらり、と手から資料が落ちた。
私がもっと早く目覚めて、鏡花様の元へ行けたのなら。
マフィアなどに臆せず、あの方を見つけられていたのなら。
「旦那様……奥様……」
また、涙が溢れた。
泉家の使用人として、不甲斐ない。
でも同時に、このままでは終われないとも思った。
私はどうするべきなのだろうか。
「マフィアから抜けるのは《《不可能ではない》》。勿論、簡単じゃないけどね」
「それって……!」
鏡花様を、助けられるということじゃ──。
「──わ、たしはっ、何をすればいいんですか……、?」
「……。」
「乱歩さん、教えて下さい。私は探偵社員である前に、あの方の──鏡花様の女中です」
感情が溢れる。
出来ることなら今すぐポートマフィアへ殴り込みに行きたい。
でも、私には皆さんのような戦闘能力も、異能力も持っていない。
「どれだけ時間が掛かるかはまだ分からない。だが、作戦は進められている」
「……私に出来ることは、ないんですか……っ、何も、鏡花様に出来ることは……!」
「今は動くべきじゃないよ」
「すまない。本当に申し訳ないと思っているが、どうか乱歩のことを──社のことを信じてくれ」
頭を下げる福沢社長に、やっと冷静になれた気がした。
乱歩さんの作戦ならきっと大丈夫。
そう何度も心の中で繰り返し、私は元の生活へ戻るのだった。
正確には、鏡花様の居場所を知っていながらも助けられないという、複雑な気持ちを抱えながら。
そして数ヶ月後、運命の歯車が回り始めた。
こうして本編に主人公ちゃんは入っていくのだった((
ファンレターがあったり、気が向いたら続き書く。