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〔 摯 〕
赤く灯った提灯を頼りに目の前の白無垢の白い肌を撫でた。
それはひどく怯えた様子で紋付袴の私を見て、「どうして、私なんだ」と問うた。
私は彼に低く、しかし、安心のできる声で答えを述べた。
「君が選ばれたからだ。
本来、来るはずの巫女はどこかの猿と交わって地に堕ちてしまったし、君の子は元々がダメだった。
あの深い霧を迷わずに来られるのは、そもそも邪の印だ。
それに君は一度足りとも、こちら側へ来なかった。
少し、関心が引いたんだ。まるで……元から惹かれていたように」
私の声に彼は何も言わなかった。
しばらくして、私の手を払ったすぐに「元に、帰りたい。何もなかった、何もない時に」と彼はそう呟いた。
私は彼のやや淡い桃色の髪を撫でて、諭すように言葉を絞り出した。
「…ああ、元に戻すさ。
完全に戻せなくても……君の言う“何もない時”にはもう一度だけ戻そう。
私は君の☓☓☓☓だから。君も私の☓☓☓☓だから。
君が好きなようにしたことを私が実現させよう。
君が救おうとしたものを、私が救おう。
永久に続く階段の中で、私が君の手を引いて上へ上へと登ろう」
そのまま言葉を続けた。
「だから、どうか…私に全てを委ねてほしい。
ここには君を責める者も、脅かす者も、笑う者も、妬む者も…君が“いらない”と思った者はもう、何もいない」
彼は私の言葉に耳を傾けて首を僅かに縦に振り、私の手を取った。
狐の仮面の下の唇が歪むのを堪えるのが難しく感じた。
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鐘を鳴らしながら、左周りに庭園の池の廊下を一周し、彼の脚に手を触れた。
ふと、空を見ると月の見えない新月で、暗がりの彼がより一層美しく思えた。
次に肩へ触れ、胸、腹、耳、頭と…最後に生殖器を愛撫するように撫でた。
彼が少し声を漏らしながら隠すのに微々たる加虐心が駆り立てられるのは久々のことだった。
初めにゆっくりと撫でた頬が淡い赤に染まっているのに私は「緊張しなくていい」と言葉をかけた。
彼は緊張が解けたのか、花が咲いたように笑った。その微笑みが暗闇の中へ溶けていった。
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赤い提灯の灯る祭壇でお互いが向き合うように座り、彼へ己の顔が反射する程に磨かれた鎌を手渡した。
「始めに一つだけ。
私は君に手荒な真似をしたいわけじゃない。
今から渡す鎌を君は何に使うか知っている。
しかし、それを今すぐにやれというわけではない。
ゆっくりと、自分を見つめて決意が決まったらでいいんだ。
私はいつでも君の味方だ。君のことを愛しているし、愛しいと思っている」
彼は渡された|鎌《かま》を見つめて軽く考えた後、決心したように左肩に鎌の刃を当てた。
そのまま、引こうとして不意に私の顔を見て、「……右手を、掴んでいてほしい」と願った。
私はその手を掴んでやり、震えた手を抑えて彼が鎌を引くのを待った。
ゆっくりと鎌が肩へ食い込み、血が白無垢を染めるように滲んでいった。
乱れた息と痛覚が手の震えを更に増幅させ、強張った皮膚を削ぐように鎌の刃が押し当てられる。
彼の額に汗が滲み、左肩に血を流しながら皮一枚になった皮膚をようやく鎌が刈り取った。
衣服ごと転がった左腕が床に転がり、その上を垂れて流れる血が更に濡らした。
赤い提灯の灯った優しい光が手に持つ短剣に反射した。
彼に身体を動かさないよう命令して、白い肌に刃を沿わせた。
ゆっくりと刃に血が滲み、白い肌を伝って床へ落ちていった。
彼は少しくぐもったような声をあげたが、だんだんと大人しくなり受け入れたような瞳が私を刺した。
着実に刃は愛しい瞳の周りを抉り、両目の皮を削り取った。
皮膚の仮面を染める血を絹の布で拭き取って箱に納める。
代わりに私とは正反対の白い狐の仮面を手にとって、彼の顔に納めて外れることがないように仮面と皮膚を糸を通した針で縫いつけた。
しばらく、彼の皮膚に針を入れた感覚が手から離れなかった。
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仮面越しに覗く黒の瞳が信頼を置いたように見つめた。
私が目の前で彼の落とした左腕と両目の皮膚に喰らうさまを彼は恍惚とした表情で見ていた。
腹の中が満たされていくのを感じながら、残り十年は満たされるような感覚があった。
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まだ足りない、足りないと抗わない彼の身体に荒々しく歯を立てて喰い尽くした。
理性が戻った頃には縫いつけた仮面が血の海に浮かんでいるばかりで、骨の髄まで彼を喰い尽くしていた。
人をほんの出来心で弄んだサトリや鬼にでもなったような気分だった。
_異の譚は語られ集まり楽しげに