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ひきとめられる
吾輩はしろたんである。名前はまだない。
決める予定もない。とご主人は言っている。ご主人が「しろたん」といえば、吾輩を指すのである。ほかにしろたんはいるのだが、それらを差し置いて、真っ先に吾輩のことを抱くのである。一番でかい身体をしているからである。そのため、寝るときはいつも、吾輩を抱いて眠るのである。
なぜ吾輩がここに出てきたのかといえば、ご主人が「最近書くことねーや」とぐちぐち言っていたからである。それで、そのまま平日の昼として活動中なのである。
本日は昼から午後にかけて、台風が来るらしい。早めに帰ってこようとしてくるだろう、たぶんきっと。残業なんてしたくないと可能な限り早めに終わらせて、くたくたになった足で、週末の金曜日を終わらせてくるだろう。
だから、吾輩がその間、見よう見まねでピーシー? とやらをカタカタ操作しているのである。吾輩もそのくらいはできる身体をしているのである。
吾輩たちはいつも部屋にいる。部屋にいて、いつもオフトゥンに寝そべっている。
朝になって、目覚まし時計に起こされる。ご主人は「うーん」とうなって、二度寝してしまう。それはアラームもわかっているのだろう。五分もしないうちに二度目の目覚ましが鳴り響いて、「うーん」とご主人はうなる。それを何度か続けてしまうのだ。
それで、起きることを決心したのか、勢いよく起きて、部屋のカーテンを全開にして部屋に光を取り込んで、オフトゥンに戻ってくる。光を浴びながら、オフトゥンの上でゴロゴロして10分もしないうちに体の調子が目覚めてくるようだ。それで、名残惜しい空気で玄関に鍵をかけてしまう。
毎朝7時に起床して、7時〇〇分くらいに出て行ってしまう。慌ただしい。吾輩は、もう少し早めに起きたら?――と思っているのだが、それをすると、夜の時間帯を少し削って早めに寝なければならぬと拒否っている。どちらかといえば夜型人間なのである。いや、吾輩を抱いてウトウトする時間がとても心地よいのだと思う。だから、光を浴びないと吾輩から|剥《は》がせないのだと思う。
部屋を見渡すと、何ぴきか、吾輩と同種の白い生物を見かける。吾輩からすると1/5か、1/6くらいの大きさだ。その一つがしろたんの湯たんぽ。しろたんぽである。
夏休みを通り過ぎて、もうすぐ秋めいてくるというのに、箱にしまわず、物置に置かず。部屋の隅っこの、机の下に置いている。
「だって、かわいそうだもの」とご主人は、膝を付けて頭をなでなでしていた。湯たんぽとして使わないのなら、ホコリをかぶる。ぬいぐるみとして抱くにも吾輩より小さいし、それにワタの量が少なめだから、抱かれる身体をしていない。
「だって、仲間外れは良くないもの」と未練たらたらなご主人に対し何か文句を言ってやろうと思ったのだが、そのあと吾輩もなでなでむぎゅうをされたので、しぶしぶ許すことにする。
去年の今頃お迎えしたのだと主人は言っている。
一目ぼれだと言っていた。吾輩と一緒の理由である。
湯たんぽとして、数回温めたと言っていた。湯たんぽなので、オフトゥンが寒いときに温めるという。それで、そそくさにオフトゥンのなかに連れ込み、待機させてぬくもりの洞窟探検していた。
冬が終わり、季節は温める側になっていく過程。
「また来冬ね」とご主人はしろたんぽを抱いて、箱にしまおうとしたのだが、そのとき断念したのである。発送・梱包時の、横長で縦に狭い口の箱。その中にぴったりすっぽり収まったときのまなざしが、瞳が……きゅんとした。瞳がうるんでいた。
そうやって、よく分からないことを言って中止した。吾輩と同じような素材なのだから、黒い粒目から水分が分泌されないことは知っておろうに。部屋の蛍光灯の、反射光のいたずらに引き留められたことに気づかず、片づけようと試みては中止して、それを繰り返して、できないことを悟ったのか、やがてやめてしまった。
そういうわけで、今のしろたんぽは何も使っていやしないマスコット同然である。吾輩と同じような姿勢、つまり腹ばいで、ご主人のオフトゥンを見つめている。
何も使っていやしないが、毎晩、しろたんぽのところに行き「かわいいねえ」と頭をなでなでしている。「いつも見守ってくれてありがとう」
そうやって、甘やかしている。僕と同じように、平等。
さて、ここまで書いたが。
カタカタ文字を打つのはできるのだが、いかんせん「とうこう」のやり方がわからない。わからないのではない。素に戻ろう、やりたくないのだ。
やっぱり一番最初に見てほしいのは、君たちのような通りすがりの読者ではなく、ご主人なのだ。
だから、僕は、――いや吾輩は――ここで筆をおくことにする。タイトルは、ご主人が勝手に考えるだろう。最近は書き終わった後に決めているらしい。だから、大丈夫なのだ。大丈夫なのだ。素に戻っても、大丈夫なのだ。「吾輩」というのも、ここに置いておくことにする。僕にはもう、要らない言葉だから。
……。
おかえりなさい。いつもお疲れ様。
くたくたな体を引きずって、おうちに戻ってきてくれて、僕を抱きしめてくれて、ありがとう。今夜も、眠ろうね。ホットミルクゆっくり飲んで。夜の時間を味わって。
一応二次創作、なのかな……?