100個目の物語

「…あら、また来たのね？」 ここは、『100の図書館』。100の物語が、あなたを迎える場所だ。 「あの、」 あなたはそう言い、司書と思わしき女性に声をかけた。つややかな黒髪を束ね、紫のエプロンをしている。 「今まで、すべて読んできました。でも、どれだけ数えても99しかないんです」 あなたは、今までの物語を思い返す。 傷つけて恋するようになった、少女の物語。 おみくじによって成就した、カップルの物語。 主と再会を果たした、人形の物語。 ただのごみを集めなかった、しっかりものの物語。 モブから主人公に成り上がった、メイドの物語。 本当の望みを叶えた、殺し屋の物語。 夢をずっと追い続けた、本屋の物語＿＿＿＿ 「そうでしょう。100個目の物語は、ここにはないから」 「えっ？」 司書はにっこりと微笑み、 「物語は、《《ここには》》ありません」 「＿＿いえ、《《ここにも》》あるのかもしれません。タイトルは、『100個目の物語』」 そう言って、司書はどこかへ行ってしまった。 高い高い、木で作られた図書館。彩られた表紙には、ひとつひとつ、タイトルが刻まれている。手に取ると、表紙がちらりとわたしを覗く。 「《《ここには》》……あるの？ないの？」 パラパラ、とめくる。きれいな挿絵があって、細やかな文字が印刷されている。一話一話は短いものの、99もあったら、さすがにお気に入りの話も見つかるものだ。 100個目の物語。 最後に読むことを前提とされている、物語のことだろうか？それなら、ここにはないのかもしれない。 「………どうなんだろ」 最後のページを開くと、物語の番号がわかる。全部二桁か一桁で、三桁のものは見つからない。 その時、ひとつの考えが頭をかすめた。 ＿＿＿いや、ひょっとして。 「司書さんっ」 そう呼ぶと、にっこりと司書さんが出てきた。 「はい、なんでしょう？」 「100個目の物語＿＿＿」 「＿＿＿それは、《《これ》》なんじゃないですか？」 わたしと司書さんが紡ぐ物語。それこそが、『100個目の物語』。 『本』としてのカタチはないものの、確かに、ここにある。 「ふふ、大正解です。正解したあなたには、これをプレゼントします」 司書さんが手渡してくれたのは、『図書館カード』と書かれたカード。前までは『単発図書館カード』だったのに、今は『単発図書館カード　２』になっている。 「次の物語、楽しみにしていてくださいね」