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第ⅩⅢ話「君とのあした」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
クリスのことを怪しんだシイは、フーゾと共にオルカの元へと向かい、彼女のことについて何か知っていることはないか聞いた。
一方で、自身とそっくりなRと名乗る男と会合した零は、ある重大な決断を迫られて…
「…と、いうわけだ」
「ねぇまって一番気になるところは?!なんで殺しちゃったのさ!!」
「シイ、一回座れ」
ガバッと立ち上がったシイをどうどうと宥め、なんとか椅子に座らせる。確かに何故殺してしまったのか気になるが…まぁ、そこは本人のプライバシーもあるし、見逃してあげたいところだ。
「つまり、殺したはずの奴が生き返って、さらに以前とは似ても似つかない別人のような性格になっていた…ってことで良いスか」
「ああ、そうだね」
二人の会話を聞きながら、不思議な気分になる。俺の慕っている総統は本当のクリス・ウィルダートではなくて、本当の彼女を俺は知らないのだ。
普通に考えれば彼女の体を乗っ取っている何かは倫理的に見れば悪であるのに、俺はそれを慕っている。その場合、俺は騙されたということになるのだろうか。
…考えたってどうにもならないことだと頭を振る。今は、何もかもがどうでも良かった。これは落胆、とも違う何かだ。
「…フーゾに似てね?」
「今回のは別ケースだろ。フーゾのヤロウはそのまんまだけど、あっちは別の生き物が入ってるニュアンスだった」
「ほーん…」
「ま、寄生虫にしては随分狡猾だと思うが。
時期的に考えても、総統として動いていた期間は全部ソイツが中に入ってたってことだろ?しかも、クリス・ウィルダートとしての|RP《ロールプレイング》をしつつ、だ」
「そうだねぇ…それか、寄生した何かの生態…というか、性格がクリス・ウィルダートに似ていた可能性すらあるよね」
「はえー……」
「それに関しては私も同感だ。…ただ懸念点としては、私の記憶が改変されている可能性もあるということだね。相手は何者か分からないし、もしかしたらそういったことも可能な能力者を味方に付けている可能性も……シイさん?」
「…寝てるね」
横を見ると、シイがとても安らかな顔で寝ている。とても可愛いが、この空間で寝れるのはやっぱり肝が座ってるよなぁと思う。
さすがに他国の総統の部屋にあるソファに寝かせるのは不安すぎるので、話し合いの結果ひとまず話を切り上げてシイを連れて帰ることにした。
予定は決まり次第随時知らせるとのことだが、オルクスさんはこの後激務になりそうとのことで、しばらくは音沙汰がなくなりそうだ。
「じゃあまたね、リンくん」
「ソイツ起きたら、次からは訓練中に呼び出すなって言っとけ。お陰で俺は総統とカス隊長に呼び出しを喰らった、死ぬまで鍛練コース確定だ」
「ああ、御愁傷様…怪我には気を付けてね」
「ん」
テレポート布でメーラサルペから混乱的城市へと戻り、リンくんと別れる。あの子の背中が見えなくなるまで見送ってから、シイを抱え直した。
シイは賢者タイムからここまでノンストップで突っ走ってきたし、疲れて当然だ。むしろ、今まで寝るのを堪えていて偉い!とすら言いたいくらいだ。本人は寝てるので言わないが。
可愛い寝顔を少しだけ堪能してから、また俺は歩きだした。…帰り道に、めちゃくちゃ軍の奴らに見られたが気にしないことにする。明日、照れたシイに怒られるかな~…なんて。
--- 「…おつかれさま、シイ。また明日」 ---
---
--- 時は遡り、シイがフーゾを連れてくる前… ---
「…僕もまた、あなたと同じ落安零だからですよ。今は、Rという名前ですが」
「お、同じ…?」
どういうことですか、そう呟いた声が思っていたよりも掠れていて、あからさまな動揺が手に取るように分かった。
対する相手___Rと名乗った男は笑みをより一層深くする。顔は本当に似ていると思うのに、表情や髪型でここまで雰囲気が変わるのかと感心してしまった。
「ええ、あなたと同じ落安零です。出身は東京の文京区、誕生日は12月29日。私立学養小学校を卒業後、推薦入試で私立海星中学・高等学校に入学。父、晶と母、響子から身体・精神的な虐待を受けて育った。姉の麗奈は幼い頃、寮付きの高校に進学し、その後結婚し姓を日野に変えている。母方の祖父はイギリス人で、色素の薄い瞳は祖父と母親譲りのもの。瞳の色ゆえによく生徒指導に引っ掛かる。他にも…」
「ま、待ってください!分かりました、分かりましたから…」
物凄い文量で圧倒されていたが、ふと我に返って個人情報を絶賛漏洩中な彼を制止する。確かに、細かいところまで合っているし彼がこの世界の住人なら知り得ないことも知っていた。ということは、本当に同じ落安零…なのか…???ドッペルゲンガーってこと…???
「…パラレルワールド、という概念をご存知ですか?」
「え?ええ…まぁ…」
突然話がきな臭くなってきたな…と思い始める。相手を記憶ごとコピーする能力者という可能性があったことをすっかり忘れていた。そんな例は聞いたことがないが…能力なんていくらでもある、きっと僕の知らないものだったりするのだろう。
『パラレルワールド、又の名を並行世界。我々が住む世界と並行して存在している別の世界であり、SFの他に理論物理学の分野でもその存在は語られています。選択肢や出来事の違いによって分岐した世界が並行して存在しているとされるのが一般的です』
「僕はその並行世界の一つから来たんです」
「そ、そうですか……」
『パラレルワールド全体を木として、分岐点を枝の分かれ目、木の葉の群生を世界線一つ一つとする表し方も存在します。ただ、今作ではパソコンのファイルを使った例が殆どですね』
先ほどから妙な沈黙が時々入るのだが、これは何なのだろう。それに加え、彼は時々焦点がスッと合わなくなるし。
僕自身異世界転移?のようなものをしたから信じられないほどではないが、いややはり信じがたい。というよりスケールが大きすぎて、なかなか理解が追い付かないという方が正しいのかもしれない。
「でも、どうしてその…Rさんは、この世界に来たんですか?」
「…………それは、あなたにある提案をしに来たからですよ。…あなたは、元の世界に戻りたいと思うことはありませんか?」
「!」
じ、とRさんがこちらを見つめる。その目がこちらを暴こうとしているようで、なんだか居心地が悪かった。いや、それだけでなく僕自身図星なところもあるからだろうか。
確かに、時々帰りたいと思うことはある。仕事のためとはいえ人を殺すのは罪悪感があるし、この環境になかなか慣れていない頃は、ちょっとのことですぐに帰りたがった。
「僕は並行世界のあなたですから、あなたが辛かったことも、後悔したことも知っています」
「……」
「今ならまだ元の世界に帰れる、と言ったらどうしますか?」
「…え?」
思わず彼を見上げれば、先ほどまでの薄気味悪い笑みは消え真剣な顔をしている。空は暮れはじめてだんだん路地裏に闇が差してきた。そんな中でも、輝いているように色褪せない青に吸い込まれてしまいそうだ。
ぼーっとした頭でぼんやりと考え出す。このまま帰れば、もう人を殺さなくって良い。うるさい人に頭を悩ますこともないし、大切な人が死ぬところを見なくって良いんだ。
「そう、もう辛いことを経験しなくって良いんです。元の世界に戻って、顔を変えて、名前を変えて、親とだって会わなくって良い。あなたの姉みたいに、家出をしてしまえば良いんですよ」
「家出…親…」
「きっとあなたなら上手く行きます。不安なら、僕がサポートしますよ。…どうしますか?」
する、と手を差し出される。どうするか聞いているようで、言外には別の考えがありそうだった。でも、もう何も考えたくない。
上手く力が入らない手を、ゆらりと持ち上げる。この手に、僕の手を重ねれば。帰ることができる。家、ぼくの、あたたかい……
--- 零くんおはよ!今日の朝ごはんはね、零くんの好きなおうどんです!さっぱりしてるからね、これなら食欲無くても食えるっしょ! ---
--- 零くんお帰り。今疲れてるでしょ?俺ちょうどココア作ったからさ、一緒に飲まない? ---
____シイさんと、フーゾさんだ。家、そう、ぼくの家で、僕の帰るべき場所で待っててくれる人たちだ。
辛いから、逃げる。簡単なこと。この世界に来たときだって、僕は逃げてきた。
いつだって僕は、逃げてばかりだった。
---
「先生、ここのテストの採点間違ってます」
僕が駄目になったキッカケを探せと言われたら、きっと僕は真っ先にここをあげるだろう。小学生四年生の、秋。小テストの採点ミスに気がついて、それを指摘したときだった。
あのあと、僕は無理やり間違っていることにされたのをよく覚えている。当時は学校という環境において「先生」はとても偉大なものだったから、信じ込んでしまった。
今思えば愚かな教師だと思う。生徒を怒鳴り付けて、自分のミスをひた隠すなんて。本当に愚かで、恥知らずだ。
そこから僕は、徐々に自信を無くしていった。テストで答えられなくなって、点数は下がって、信頼も無くなっていったんだ。
「どうしてこんなことも上手くできないの?麗奈はこのくらい、簡単にできたわよ」
これは母の言葉だ。僕には年の離れた姉がいた。彼女は地頭が良かったんだ。僕だって悪くないとは思うが、彼女には叶わなかった。
特にこの時期は姉が高校進学で家を出て、そして僕の成績が落ち始めた頃だったから母もピリピリしていたんだ。
頭の良い人だとは思う。恐怖で人を支配するのが上手かった。でも、良妻賢母というものには向いていなかったし、望んでもいなかったのだろう。
それでも、僕は母に認められたかった。
「お前はいつも、何をしたって中途半端だ。きっとお前は、一人暮らしをすれば孤独死するだろうな。死因はきっと餓死だろう」
これは父だ。父は気に入らないことがあるとすぐに手を上げる人だった。姉とは仲が良くなかったが、僕のことはもっと嫌いらしい。
母がピリピリし出してからは、口喧嘩をしているところを良く見かけた。それでも、母は一度も殴られてはいなかったのだ。それはきっと、父が婿入りしたからだろう。
その分僕に沢山当たってきたから、とても辛かったけれど。それでも、父に優しく頭を撫でて貰いたくて、慣れないご機嫌取りをしたこともあったっけ。
「落安は顔は良いのに、頭が悪くておどおどしているからなぁ」
これは…高校の教師だ。そうだ、この男はそう言った後に僕を襲った。顔は良い、というのは本心だったんだろうが…最悪な担任だったし、顔も覚えていない。
痛いし気持ち悪いしで翌日は学校に行きたくなかったが、親に言われて渋々行ったんだったか。目があったとき、ソイツが目を細めるのが嫌いだったな。
でも、何だかんだ成績を上手くやってくれてたから留学はしなかった。そう言う意味では少し恩人…かも。もう少し、マトモな教師だったら良かったのにとは思うが。
…思い返せば、わりとカスみたいな思い出が多い。というか殆どが最悪なものだった。よくもまぁ、こんな環境で耐えられたものだ。自分のことながら、称賛を送りたい。
あれも駄目、これも駄目。これなら逃げてしまいたくもなる、と自分を正当化する。
「助けてくれてほんっっっとに、ありがとう!!オレの命の恩人だよ!!!」
「あ、いえ……その、見過ごすのも、申し訳なかったので…」
ああ、ここだ。ここで、僕はシイさんと出会ったんだ。なんだかすっかり懐かしく感じて、そういえばもう5年になるのだと驚く。
衣食住の衣抜きを与え、彼を匿った。ただそれだけで僕は彼に一宿一飯の恩だと慕われ、恩人呼びもされることになったのだ。
手を差しのべなければ良かったな、とは不思議と思わなかった。それはきっと、彼が初めて出会った気さくな大人だったから。
もしかしたら、あの時の僕は話し相手が欲しかったのかもしれない。他愛ないことを気を遣わずに話せる、そんな相手が。…今となっては誰も知る由の無いことだけれども。
そうして彼と出会って、親密になって、そして|未来《この世界》へと逃げてきた。ここだって治安は悪いし人は死ぬしで辛いけれど、それでも《《帰るべきところ》》があって、《《僕の居場所》》があった。
逃げてきたかどうかなんて、もうこの際どうだって良いんだ。
僕はただ、普通の幸せが欲しかった。だから、僕は_____
---
「……どうかしましたか?」
重ねようとした手を下げる。不思議そうな声とは裏腹に、彼の瞳は冷めきっていた。
「…帰りません、僕は…僕の居場所はここにあります」
「でも貴方はこの世界の人間じゃない。そのくらい分かっているはずです」
淡々と並べられる言葉に心のつめたい部分が顔を出しそうになる。でも、不思議と大丈夫な気がしていた。
「それでも!!…ここの人達は、僕を受け入れてくれた。帰る場所を、居場所をくれた」
「………」
「辛いことだって沢山ありました。沢山の命を奪ったし、大切な人は死ぬし、戦争とかあるし、治安は悪いし……」
「そうですよ。ここには辛いことが沢山あります。想像しているよりずっと辛いことだって、まだいくらでも……」
「あるかもしれませんね。でも、おんなじくらい良いことだってあると思いませんか?」
「っ……」
Rさんが、驚いたように目をきゅっと大きくした。その顔はなんだか少し寂しそうで、ふと彼のいた世界はどんなところだったのだろうと考えてしまう。
もしかしたら、彼は僕よりずっと最悪な環境にいたのかもしれない。これから先、とても辛いことがあるのかもしれない。
それでも、僕は「もしも」を信じずにはいられなかった。だってシイさん達との出会いは、間違いなく昔の僕が描いた「もしも」に違いなかったから。
「僕は、この先にある幸せを信じます。本当にあるかどうかは分からないけれど…あの人達とならきっと、なんとかなるかなって…思うので…」
「……そう、ですか」
言えた、言えた。ちゃんと言えた。心の中で安堵のため息をつく。確かに本心から言ったけれど、だんだん尻すぼみになって情けない感じになってしまった。まぁ良いだろう、これレスバじゃないし。
「………能天気さは、貴方のところのシイさん譲りですね。いつの間に似たのやら…羨ましい限りです」
「そ、そうですか…?」
なんか、凄く照れくさくて思わず嬉しそうな声が出てしまう。と、そういえば否定の言葉が飛んでこなかったことに気がついて、また彼を見やる。不思議と、彼の瞳に吸い込まれそうな感覚はなくなった。
「それなら諦めます。無理やり連れていくのはさすがに心も痛みますし……でも、気が変わったら教えてくださいね」
「は、はい……って、まだここに留まるんですか?」
「居てはいけませんか?」
違うんです、と慌てて弁解する。ただ、別の世界線から来たって言ってたからご自分の世界へ戻るのかと思っていて、と言い訳をつらつらと並べた。
「…ふ、冗談ですよ。良いところですし、懐かしさを感じたいので少しだけ」
「そ、そうですか…」
「御心配なさらなくとも、ちゃんと僕とあなたは別人だと言いますよ」
まぁ、あなたが良いなら兄弟ということにしても良いですけどね?と悪戯っぽくRさんが笑う。その顔が、少しだけシイさんと重なって見えた。
「僕はもう少しここを見て周りますが………あなたは何処かに泊まっていくと良いと思いますよ」
「へ?で、でも家にシイさんが……」
「まぁまぁ、明日になってから帰ってあげてください。別に帰るなって言ってるわけじゃないんですから」
「ま、まぁそれなら…?」
良く分からないが、なんだか意味ありげな視線を向けられたので素直に受け入れることにする。するとRさんはフードを被り直し、こちらに背を向けた。
「では、また今度どこかで」
「…ええ、お元気で」
僕がそう言うなり、彼はするりと奥の方へ歩いていく。空が暮れきって路地裏に満ちた影のなかに彼が溶け込み、そして姿が見えなくなった頃。ふと、疑問に思う。
「彼は、どうしてあんなに僕のことを連れ戻そうとしたんだろう……?」
うーんと頭を捻ろうとして、すぐにやめる。きっと考えても分からないだろうし、何より今日はとても疲れた。早くどこか宿を見つけて、ベッドに寝たい。
ふらりと路地裏を出ると、空にはゆるりとサーモンピンクが差していた。確か、ビーナスベルトという現象だったはず。
優しい色合いの空を見上げていると、心が安らいだ。
--- (明日はなんだか、良い日になりそう…かも?) ---