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花火行きませんか
リクエストより「花火を見る二人の恋愛もの」
遅れてすみません!!!
内容がちょっとリクエストとずれててごめんです…まだ推敲とかなんもしてないので文章ぜってぇおかしいかもです。
目が合った。すっとそらして、廊下を進む。
すれ違ったのは森島空良だった。知らない人のようだった。久しぶりに見たからなあ、と思う。なんせこの中学は、少子化時代にして750人あまりの生徒を抱えるマンモス高だ。知り合いと廊下でばったりなんてことは、ごくたまにしかないから。
森島空良の、私の知らない切れ長の瞳は、まだこっちを見ていた。ような気がした。
森島空良。もりしまそら。中学2年生。幼馴染。会っても会話すらしなくなったのは、小学校中学年くらいのときからだろうか。私が小学4年生、森島空良が小学3年生。そのくらいのときは、彼は元気な子供だった。突き放したのは多分私で、一個下の男子と仲良くしているとなんだか嫌だと思って、できるだけ会わないようにしたのだった。それからそんな気持ちが過ぎ去っても、喋ることはなかった。そのころには、性格も関係も環境も変わっていたから。
今の彼にあのころの面影はほとんどない。記憶の中の『そらくん』ではない、知らない顔をしている。幼馴染という関係なんて、そんなものだった。
その日は委員会の仕事があって、それで放課後まで居残って作業をしていた。最終下校時刻を過ぎて、あまった仕事も残り少なかったから、手伝ってもらっていた友達には帰ってもらった。私は委員長だから先生に許可を得て、残ることにした。
がらり。教室の引き戸が開いた音が、した。
下校時刻は過ぎているから、先生だろうと思った。
森島空良が立っていた。
無表情な瞳と目が合った。ふたりきり、今度は逸さなかった。
しばらく無言。私は椅子の背もたれに腕をかけて振り向いていて、森島空良は引き戸に手を添えたままで。
委員会で使っていた部屋は2年6組の教室だから、きっと彼はこのクラスなのだろうと勝手に合点しておく。
無言を打ち破ったのは、森島空良のほうだった。
「花火、行きませんか」
花火、行きませんか。
まず、敬語きもちわるっ、と思って、それから話の内容を理解した。花火行きませんか。花火。そりゃあ、八月の花火大会はあるけども。
「は、はなび?」
「あっ、や、べつにその」
森島空良の目が、間違えた、というように泳いだ。つねに動かぬと見えた表情は、焦ったようにひきつった。それはぜんぶ、知ってる人のはずなのに、知らない顔ばかりに見えてしまった。
「え、花火大会のこと?」
「いや、ええまあ、そうです」
知っているけどほぼ知らない人。どう喋ったらいいのかわからなかった。
「ええと…なんで」
「なんで、ってまあ、その……すみません」
しどろもどろというように謝られても、私は何を言えばいいのか。
「で、あの、花火行きませんかっていうのは」
「それやっぱなしで」
言い出しっぺから断られ、話は終わったかに思われた。だが森島空良は煮え切らない表情をする。それを眺めていると、かつての、幼稚園のころの面影が、すこし見えたような気がしてしまった。
それから、私は口をひらいた。
「花火、いこっか」
母親に花火に行くと伝えて、誰と行くのと聞かれて言い籠った。彼氏かと問い詰められ、結局は森島空良だと真実を口にした。彼とは母親同士が仲がいいから、彼のことはもちろん知っていた。それから、これを見ろと母親に渡されたのはビデオカメラで。一緒に見るのはなんだかためらわれて、自室に持ち込んだ。
一本の動画。10年前の日付。子供の勢いの会話を見返すのはなかなか勇気が必要だった。
『おれ、みーちゃんと明日もいっしょに花火みたい!!!』
『そらくんバカなにいってんの! 明日も花火大会なわけないじゃん!』
『ちがう、あー、らいねんって言いたかったの!』
『来年ならいーよ。じゃあ来年と、その来年も』
『じゃあみーちゃん毎年いっしょね! 10年後も20年後もひゃく年後もいっしょね!!』
瞬間、懐かしい記憶が蘇った。幼稚園の時の私と森島空良。恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
このときは、私は森島空良のことをそらくんと呼んでいて、森島空良は私のことをみーちゃんと呼んでいて。
来年も再来年も、とはいったものの、次の年以降はふたりで行くことなんてなかった。
八月の夜の生暖かい空気が、一面を覆っていた。森島空良は上下白黒とショルダーバッグといういでたちで待っていた。てらてらと光るスマホの液晶が、彼の顔を白くつつんでいる。
近づいて、声をかけた。
「待った?」
「いや、今来たとこです」
まるで恋人のような会話だった。しかし付き合ってはいない。関係性がまるでわからない。
あの放課後から、喋ったりはしていなかった。連絡先の交換だけをあの日して、待ち合わせ場所はメールで決めた。開催地の近所のコンビニから、歩くことになっていた。
会話は続いた。横並びで歩くのは、気まずくはなかった。
あの放課後に一瞬見た、過去の面影はいまはない。『花火行こっか』と言葉をかけてしまったのは、きっとあの時、かつての顔が重なったからだ。元気な男の子の、拗ねた顔だった。
「先輩は何食べますか」
それから屋台に並んで、かけられた言葉。いまの彼は、私のことをみーちゃんではなく先輩と呼ぶらしい。
あの映像の中の『そらくん』と、目の前の『森島空良』は、私の脳内でうまく一致しない。
「うーん、焼きそば食べるかな」
「400円…」
森島空良は焼きそばの値段をつぶやいて、財布の中を確認しだした。
私は彼に訊き返した。
「何食べるの」
「僕も焼きそばを…あ、あった、1000円」
「あれ、100円玉は?」
「100円玉、800円分はないので……」
どういうことだと考えて、それから彼は私の分を払おうとしているのだとわかった。
「私の払おうとしてる?」
「まあ、はい」
「いいよそんな、付き合ってもないし」
苦笑してみせた。
森島空良の表情が変わった。もとから無表情な顔面が、こちらを見つめた。
「じゃあ」
どぉん。後ろではじめの花火が鳴った。
「付き合いませんか」
連続してどどぉんと、また鳴って、わぁと歓声が上がった。
振り返ることはできなかった。
森島空良の左手には財布、右手には出しかかった千円札。私の手には同じく財布が握られている。屋台の列の途中、花火のスタート時間。
花火の音は耳に入らない。
森島空良。目が合っている。
心なしか、彼の耳から頬が赤い気がした。
私のこと好きだったの? いつから? なんで? てかなんで今言うの。タイミングいまじゃないよね。
脳内でうまれる疑問は、全部言葉にならずに駆け巡る。
こんな場所で、こんな雰囲気もない会話の途中で。もうやけくそだ。
「そらくん」
彼を呼ぶ声は、口からするりと出た。
言ってはじめて、再会してから彼の名前を呼んだのはこれが最初だと気がつく。
きっと、森島空良の、幼稚園のときの面影と、今の赤い顔が重なったから。
「……はい」
弾かれたように、彼は返事をした。
あんなにさらっとした告白とはうって変わり、耳も顔も赤い。彼の緊張が伝わってくる。
ああ、愛おしいな、と思った。
腕を伸ばしたい衝動に駆られる。
『じゃあみーちゃん毎年いっしょね! 10年後も20年後もひゃく年後もいっしょね!!』
あの動画の台詞が思い起こされる。それから今の彼を見て。
「花火、来年も来ようか」と私は笑った。
ひゅぅぅ、どん。花火がまた鳴った。
花火はこれからだ。
リクありがとうございました!