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雑怨
雑音は、確実に増えていた。耳を澄ます必要はない。澄ませば澄ますほど、音は輪郭を失い、ただの圧として頭蓋の内側に溜まっていく。冷蔵庫のモーター音。水道管の中を流れるはずの水の気配。どこか遠くで車が進めずにいる、あの低い唸り。
それらが互いに譲らず、部屋の中心で押し合っている。渋滞は解消されない。信号が存在しないからだ。僕は流し台の前に立った。シンクは乾いているのに、底のほうが濡れて見えた。水ではない。光の反射でもない。「濡れていた記憶」が、そこに張り付いているように見える。指を伸ばしかけて、やめる。触れれば、その記憶が僕に移る気がした。
背中がむず痒い。掻いても届かない位置。まるで、皮膚の内側を何かが方向転換しているような感覚。それは移動というより、渋滞中の車列が少しずつ詰め直される感じに近かった。部屋は、僕の身体の延長なのかもしれない。そう思った瞬間、思考が止まった。「止まる」というより、先頭車両が事故を起こし、後続が次々と追突していく映像が頭の中で再生された。
だから考えるのをやめた。きっと僕は、やめることにも、慣れているはずだから。