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Wrist Cat
絵描きは新聞を置いた。
少年の入水自殺のニュースを議題に専門家の討論は近年の自殺傾向がどうとか、少子化がああでヤングケアラーがこうで、だからSDGsを…と続き、最近食べたドーナツの話でもしていろと絵描きに呆れられた。
いや違うでしょ。
人生の定価を入水で決める、最近じゃそう聞かないでしょ。
久々に芸術的な死に方を見た。
頭に売れないのつく絵描きは暇そうにソファに座り、新聞を1面から見出した。
彼もまた自殺願望者だった。
この前漢検2級に合格、遺書を正しく書く準備を整えたところだった。
絵描きは副業をしていた。
売れ行き的にはそちらが本業なのだが。
不定期に開ける店のシャッターを上げる。
すぐに客が来た。
「いらっしゃい」
来客には無数の傷があった。
その傷は普通の人は見ることができない。
聞こえ良く言うなら心の傷だ。
傷を縫うように、脈が全身を巡るように赤い糸が来客の全身に絡まって見えた。
これも普通の人なら見ることはできない、が絵描きは違った。
来客の傷が古いことを確かめると、仕事道具をバックヤードから持ってきた。
ドラゴン柄の裁縫ケースである。
それを見た来客の苦い顔を見た絵描きの表情はとても満足気だった。
「どういった感じに致しましょう?」
掠れて上手く出ない絵描きの声は普段人と禄に話していないことを物語っていた。
来客は無言で紙を渡した。
猫のシンプルなイラストだった。
絵描きもまた無言で作業に取り掛かった。
来客の手首に縫い針で猫を模写していく。
裁縫の様にも刺青を掘っている様にも見えた。
猫のイラストは来客がお絵描きをしていた頃のサインだということを、今朝の新聞の様なしょうもない話から聞き出した。
作業中、新しい客が入ってきたが、その客から見える糸の絡まり具合は非常に面白味がなかった。。
誰かの真似をする訳もなく誰かの真似になったのだろう。
すぐに追い返した。
猫を縫い終えた。
来客は溜息を付き、まじまじと眺め、何か達成感に溢れていた。
代金を伝えると少し面食らって財布の中を掻き交ぜ、何とか払うことができた。
そうだな。夢を叶える為には金がいる。
次の日絵描きは新聞の記事を見て久々に声を出して笑った。
昨日の来客の遺影が載っていて、また専門家達が討論していたのは言うまでもない。
次の面にはこの夏お勧めのドーナツが紹介されていたのだ。
卵、牛乳、死力粉