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姫と解呪師
お久しぶりです。文学少女です。
初めて長編書いたかもしれない。
1,あなたに出会う前のお話
”呪いを解ける方募集中”
もし、そんな広告を見たらどう思うだろうか。阿呆らしい。大半の人はそう言って無視するだろう。でも、大半というのは全てではない。例外もいる。
「呪い…?へぇ」
その例外が僕だ。
その広告は最初の文以外はまともだった。日時はいつでも、場所は〇〇市〇〇町✕✕−✕、黒い屋根にベージュの壁、大きな木が特徴。時給は5000円。呪いが解けなくても払われる。
いや、まともではなかった。あまりに変わりすぎていてもうよくわからない。
「行ってみるか…」
誰に伝えるでもなく、そう言う。
***
もしかしたら。そんな淡い願いを持って一枚の紙を書く。
「どんな人が来てくれるかな?」
友達を待つごく普通の少女のようにはしゃぐ。でも、内心は違う。恐怖に満ちている。
誰かが気づいて。私を助けて。心の奥で助けを待っている。無理だとわかっていても。無理だと思い込ませても。”異分子”。私が求めているのは異分子だ。でも特別な存在じゃなくていい。白馬の王子様みたいではなく、ただの花売りのような。普通じゃない、私と同類の人。頑固な私を納得させてくれるような人。
怖がりな私を、この城から連れ出してくれる。そんな人。
2,出会いの一日目
「ここ?」
地図に従って進むととある家の前に出た。
真っ赤な屋根にベージュの外壁。庭には薔薇が咲き乱れている。
「ご近所さんだ…」
僕の家から歩いて5分。学校では魔女の住んでいる”魔女の家”と呼ばれている。メルヘンチックで可愛いのに…
とりあえず、インターホンを鳴らす。
「…誰?」
刺々しい声がした。広告を張り出したことを忘れてるのか?
「広告を見てきたんだけど」
すると声の主は態度を一変させて楽しそうな声になった。
「来てくれたの!?待ってて、今鍵を開けるから!」
カチャリ、カチャリと鍵が開く。
ガチャッと音を立てて扉が開く。
「ようこそ、解呪師さん!」
門の向こうで彼女が言う。
そう、家の扉の前には門があった。
「ってそういえばこの家には門があったね!開けて入ってきてくれる?」
「いいの?」
勝手に開けて入っていいものか。
「私、外に出られないから」
外に出られない。そういえば、この家から彼女が出入りするところを僕は見たことがない。それが”呪い”に関係しているのだろうか。
「…詳しい話は中に入ってからね!」
「お邪魔します」
これが僕と彼女の、解呪師と姫の出会いだった。
「とりあえず、ここに座ってて。お茶持って来るから」
元気だなぁ。それが僕の彼女に対する第一印象だった。外に出られないなんて全く感じないほど。きっと、体に異常をきたしているものではないんだろう。
いや、何真面目に呪いについて考察してんだ。 解呪師として呼ばれたわけだからその事自体は当たり前なのだが。呪いなんかあるわけ無い。この子に何があったとしてもそれはなにか別の要因があるはずだ。
「はい、お茶」
「あ、ありがとう」
年が近そうに見えたからか、敬語のことを忘れてしまう。
「私は神埼沙紀。よろしくね」
「僕は天宮薫。よろしく」
神埼沙希…?どこかで聞いたことあるような。まあいい。今はそんなことより呪いのほうが重要だ。
「呪いって何?」
「いきなりそれ?」
「いや、だって呪いなんて存在しないって証明して安心して寝るんだよ」
彼女が少しの間黙る。気を悪くしたかもしれない。
「あはは!あなた面白いね!」
え?
「なんで?」
「だってそんな事言われたの初めてだもの!」
気を悪くしたわけではないらしい。
「で、さっきの質問なんだけど…」
「あぁ、どんなものかってこと?それはね、」
この家から出られないの
「え?」
「どんな手段を使ってもこの家からは出られない。一度、買い物に行こうと外に出たの。そしたら、いつの間にか自分の部屋に居て、片手にカッターを持ってた。それ以来、外に出ようとはしてない。」
あの時感じた恐怖は今も忘れられないわ、と言う彼女はどこか寂しそうに見えた。そしてすごく苦しそうだった。
「外にね、出たいの。最後に外に出たのは小学生の頃だから。でも、呪いがあるから出られない。」
呪いなんて非科学的なものあるわけがない。そう思っていた。今もそうだ。これは呪いじゃないと証明したい自分がいる。でないと恐れてしまうから。
「ねえ、呪いを解いて私を自由にしてくれる?」
「わかった。」
断ることができなかった。あの、苦しそうな寂しそうな顔を見た時点で僕は負けていた。
「何をすれば良い?」
「呪いの原因を探してほしいの。それがわかれば解決方法が見えてくるかもしれないから。」
何故、彼女が外に出られなくなったのか。僕は彼女と知り合ったばかりで何もわからない。そんな僕に頼んだところで無理だろう。それくらい気づくのではないか?
「鍵、渡しておく。いつ来てもいいよ。」
手の上に冷たい感覚があった。
「そんな簡単に渡しちゃだめでしょ。僕が悪者かもしれないのに」
「悪い人は自分で悪人なんて言わないでしょ」
いや、そうなんだけどさ。
「警戒心を持とうよ」
「大丈夫。別にもう、されて困ることなんて無い」
諦め、だろうか。その時彼女の目は少し怖かった。
「ま、犯罪者が来てくれたらそれはそれで楽しそうだし!いつでもウェルカムよ!」
やはり、この子は不思議な子だ。
3,温かな2日目
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい、薫!」
彼女は僕のことを薫と呼ぶ。だから僕も君のことを沙紀と呼ぶ。
「そこ座って待ってて」
彼女はそう言うと一人台所に消えていった。
「薫って何歳なの?私と同じくらいに見えるけど。ちなみに私は14歳」
向こうから急に声をかけられる。
「中2。14歳」
すると彼女は少し間を開けてからこちらに笑顔を向けて言った。
「おんなじだ!」
なんだか少し違和感を感じたような気がした。
「はい、おやつ。薫が甘い物好きで良かった。いくら甘いものが好きでも、この量じゃ私一人じゃ食べきれないもの」
「沙紀ってすごい甘党だよね。紅茶に牛乳入れて、そこから砂糖4つ位いれるじゃん」
「いーの、美味しいから」
呪いのことなんて全く会話に出ない。でも、なんだか今はこの状態がすごく嬉しい。
同年代の子と何も考えずに会話をする。いつぶりだろうか。いや、今そんな事を考えていてはもったいない。せっかくの時間を無駄にしてしまうなんて。
「もー、薫。せっかくお菓子用意したのにそんな暗い顔じゃ分けてあげないよ?」
「え、ひどい。僕だって食べたいんだけど」
「おやつの時間に暗い顔してる薫が悪いんだ!」
「理不尽極まりない」
思わず笑ってしまうような日常と呼べるもの。それが今、僕のもとに戻ってきたと思えた。
「冗談、ちゃんとあげる。はい、あーん」
「僕は君に赤ちゃんか何かかと勘違いされてる?」
「赤ちゃん?あぁ、薫ちゃん、いい子でちゅね〜」
猫なで声でそういう彼女が少し羨ましかった。きっとこういう空気に慣れているのだろう。
「誰が薫ちゃんだ、僕はれっきとした大人だよ」
「まだ未成年でしょうが」
「君も人のこと言えない」
「うるさーい、私のほうが精神年齢上だもん!」
「それはない。ありえない。断言できるよ」
軽口を叩ける、そんな人が彼女の周りにはたくさんいたんだろうな。
自分とは違うんだと、改めて実感した。
「薫は毒舌だねぇ」
「沙紀は考えが甘いんだよ。短絡的」
「そういうところだよ、毒舌」
「沙希が馬鹿だからそうなるんだよ。悪口のレパートリーも少ないし。僕みたいに精進しなきゃ」
彼女は一度お菓子を食べる手を止め、むすっとした顔をこちらに向けた。
「逆になんで薫はそんな物が多いのよ」
「別にいいじゃん」
彼女は少し笑ってから
「そういうところ、好きだけどね。なーんも気にしないで話してくれるところ」
といった。
少し温かな、午後のお話。
4,一度は起きる戦争の3日目
「きのこでしょ!」
「たけのこだよ!」
「きのこ!」
「たけのこ!」
そう、これは誰しもが一度はやるであろう戦争。
きのこたけのこ戦争である。
「きのこのほうが勝ってるに決まってるじゃん」
「どこからその自信が来るのさ」
「だってきのこのほうが可愛いもん」
「たけのこもちんまりして可愛い」
ていうか、きのこたけのこ戦争に可愛さを最初に持ってくるか?
「それに、食べるときに手が汚れない!」
「汚れても洗えばいい」
「今私はきのこの良さをはなしてるんだけど!?すぐ否定しないで!?」
「僕はたけのこ派だもん。きのこは否定しないと」
むぅ、とむくれた顔をする彼女。
「何かしてるときに食べやすいの」
「一つずつやれよ」
沙紀はおっちょこちょいだ。言い方を変えるとドジだ。
いつもそうやって一気に色々なことをやるから失敗するのだろう。
「いいじゃん、時短だよ。えっと、タイパ?だよ」
「一緒にやるから途中で失敗するんでしょ」
「そ、そんなこと無いもん!あれはたまたま!」
そうすると彼女は話題を変えようとこっちに質問してきた。
「じゃあ、たけのこの好きなとこ教えてよ!」
「え〜?」
「いいから!教えて!」
しょうがないなぁ。
「好きになるのに理由って必要?」
「酷い!」
「何も酷くはないでしょ?」
「もういい!」
結果、たけのこの勝ち。
「きのこの勝ちだもん!」
「いや、たけのこでしょ」
「きのこ!」
「たけのこ」
話が一番最初に戻る。
「きのこの方が美味しい!」
「きのことたけのこの違いってクッキー生地か、ビスケット生地かだから味に違いはないよ」
「食感?」
「疑問形になってる時点でだめじゃん」
この争いは3時間程続いた。
5,少し気になる4日目
沙紀の家に通うようになってから今日で4日目だ。その間、呪いのことは全く会話に出なかった。いや、僕は話そうとしたんだが沙紀がすぐに話題を変えてしまう。最初は気のせいだろうと思っていたが、流石に理由があるんだろう。せっかく人を雇ったのに使わないなんておかしい。
「ねえ、沙紀」
「何?今日はきのこの山だよ?」
「いや、そんな話じゃなくて」
この一言で彼女はなにか察したんだろう。
「きのこたけのこ戦争のことをそんなこと呼ばわりして!全人類が頭を悩ます問題だよ?」
「勝手に全人類を巻き込むな。…いつもそういうふうに誤魔化してさ、どうしたいの?」
少し、踏み込んでみる。僕はどこまで入ることを許可されているのか。それを確かめるために。
同じ失敗を繰り返さないように。
「何が?」
期待と諦め、相反した2つが混ざったような顔を彼女はしていた。
「君はこの4日目、”呪い”について全く触れなかった。というか、その話題を避けてたよね?」
「っ!」
動揺。
「わざわざ人を雇ってまで”それ”を解きたいのに、自分から全く触れない、ましてや避ける真似をする。そんなのおかしくない?」
「そんな事無いよ。ただ薫と過ごすのが楽しかっただけ。ごめんね?」
ここまでか。
彼女はやんわりと、しかし強く感じるような拒否を見せた。
「こっちこそごめん、気にしすぎた。」
今日はここで諦めよう。
二度とあんなことはごめんだ。
「そういや、沙紀。”すぎのこむら”って知ってる?」
「なにそれ?」
「きのこたけのこと同じ土俵に立てる一人だよ」
空気が一気に緩む。
そう、これでいいんだ。このままで。
6,日常に戻った5日目
「はぁー」
思わずため息が出る。
今は平日の十二時過ぎ。一般的な14歳は学校に行く時間だ。そして僕は一般的な14歳だ。残念なことに。
「早く終わらないかな…」
自分では小声でいったつもりだったのだが
「薫、そんなこと言ってる余裕あるのか?」
先生に聞こえていた。
「げ、今社会だったんですね」
「何やってるかも意識してなかったのかよ」
この口の悪い教師は田口。社会科だ。
「すみません」
「反省してないくせに」
「そんなこと無いですよ」
「嘘だぁ」
追加で説明すると、ちょっと面倒くさい系の教師だ。
「酷いですよ先生。生徒のことを全く信用しないなんて」
「そりゃ、お前だからな」
「どんだけ信用ないんですか、僕」
先生はこれみよがしにため息をついた。
「お前のそのサボり癖もどうにかしてやる。放課後、生徒指導室な」
「拒否権は?」
「あるわけねーだろ」
横暴だ…
「横暴だ…」
「誰が横暴だ!」
「心読んだんですか?」
この人、本当に普通じゃないのかもしれない。
「めちゃくちゃ声に出てたわ、馬鹿」
***
「で、何があったんだ?」
時間とは早く過ぎるもので、あっという間に放課後になってしまった。
早く沙紀の家行きたいんだけど…
「何も無いですよ」
「嘘つけ、最近ずっと上の空だろうが」
「先生が早く帰してくれたら悩みはなくなるかもしれないですね」
「ふぅーん、どっかに通い始めたか。通い婚か?」
「…そんなに社会科教師っぽくしなくていいですよ」
「間があったな。当たりか」
通い、ではないだろう。そもそも僕たちは結婚していないし、できない。付き合ってもない。
「違いますよ」
「まあ、気になることでもあったんだろ。ほれ、先生に話してみろ」
「別に先生に聞いても…」
まあ、相談してみてもいいか。
「家から出られなくなる理由って何だと思いますか?」
「は?」
「いや、知り合いが家から出れなくなったって言ってて」
「それは怪我をした、とかじゃなくてだよな?」
「はい」
先生は少し考える素振りを見せるとこう言った。
「何か外が怖くなった原因でもあるんじゃないか?」
「外が怖い?」
「ああ、その子は外に出たがってるのか?」
「はい、だけど出れないって」
「大方、外にいる時に嫌なことがあったんだろう。だけどな、人間は嫌なことは簡単に忘れる。だからその子も嫌なことに蓋をした。でもそれはその子が意図的にやったことじゃない。忘れたことを知らないから、外に出たがる。」
嫌なことを忘れる…
「だけど、外は怖いって心の奥深くで覚えてんだ。外に出たい気持ちと外を怖がる気持ち。それが相反してんじゃないか?」
「それって…」
「結構辛いだろうな。俺はそういう人間に会ったことも経験したこともないから分からねえけどな」
そんなこと、全く感じなかった。
「まあ、またなんかあったら話せよ。自分一人で抱えきれない量を抱えると、自分も抱えてたもんも全部壊れちまう」
「気をつけます」
結局、その日は沙紀の家にいかなかった。
7,過去を思い出す6日目
朝起きる。学校に行く。帰る。寝る。
少し前から、こんないつものルーティンに”沙紀の家に行く”が追加された。
沙希とくだらない話をして、お菓子を食べて、そんな時間が意外にも僕の最近の楽しみになっていたようだ。
つまり、暇だ。楽しくない。とても暇だ。
「あぁぁ…」
意味もなくうめき声をあげてしまうほどには。
とりあえず、今は学校なのだ。しかも昼休み。廊下で意味もなくうめいていたら、”変なやつ”という目で見られてしまう。
「まあ、僕は実際”異分子”だしな」
小声でそう呟く。
”異分子”。それは最近は沙紀といるため考えなくてよかった単語だ。あそこだけなら僕は”僕”のままで居られたから。
いや、何も伝えていないからきっと、あそこでも僕は僕じゃないんだろう。沙紀も僕を知ったら嫌になるに違いない。
ふと、目に入った大きな鏡を見る。
短く整えた茶色がかった髪に黒の学ラン。まるで”男子”だ。
***
ずっと昔から僕は周りによく思われてなかった。とそう思ってる。今もだけど。なんでそうなったかの自覚もある。僕が周りの中を引っ掻き回すからだ。
例えば仲の良いAさんとBさんがいたとする。でも、二人とも本当は嫌い合っていて他の人に愚痴ばかり言っている。クラスのみんなは知っているけど黙っている。言ってしまったら面倒くさいことになるだけだから。本格的に嫌い合ってしまったら派閥ができるから。派閥は面倒くさい。それは僕も知っている。だけど、表面上の仲良しを見ているよりはマシだ。そう思って二人に伝えたのだ。
「あの子、裏で君の悪口言ってるよ」
そうしたら二人とも腹を割って話せると思ってた。この空気もどうにかなると思ってた。そしたらそんなこと全然なくて。
むしろ僕が嫌われた。近づくとその分離れられて、話しかけても今、忙しいの一点張りで。前から避けられていたのはわかっていたけど、この時はその比じゃなかった。
でも、まあしょうがない。それは思う。元から僕はあまり好かれてはなかったし。腫れ物のような扱いだった。だって僕は”女の子”だから。女の子なのに男の子のふりをしている。話し方をしている。
僕は女子だ。それは理解している。自分の性別は女だ。男子の格好をしているのはそれが好きだから。それが一番落ち着いたから。ただ、それだけだった。本当にそれだけだったんだ。
***
「おい、薫。何やってんだよ」
横から急に声をかけられる。
「田口先生こそ、校内でスマホ片手に何してるんですか。一応教師なんですよね?」
「一応どころかちゃんと教師だ。いや、ただ今スマホゲームでイベントやっててな」
「おい、教師。生徒には注意するくせに、自分はいいって人としてどうなんだよ」
「生徒には校則が課されるが、教師にそんなものはない。教頭先生に目はつけられるがな」
「だめじゃん」
こいつ、本当に教師なのか?こんなダメ人間が?
「で?この間のどうなった?」
「会いに行けてないです」
「意外に繊細なんだな…」
「うるさい」
繊細、ではないかな。多分。
「なあ、薫」
「何ですか?」
「お前はどうしたいんだ?」
僕にはその言葉が初めて聞く言語のように聞こえた。
「お前はどうしたい?」
「どうって?」
「お前の望みだよ。その外に出れない子をどうしてやりたいのか、その子とどう関わりたいのか。自由に決めればいいじゃないか」
沙紀をどうしたいのか、沙紀とどう関わりたいのか。
沙紀を通して僕はどうなりたいのか。
「お前の小学校の頃の話も聞いた。正直になるのが怖いのもわかる。だけど、ここで引いて後悔しないか?」
「ねえ、田口先生。その子のこと、相談に乗ってもらっていい?」
8,彼女を知る放課後
「やっぱり外に出られなくなる理由として一番考えられるのは、何かしら恐怖に感じることがあったとかだろうな」
「恐怖‥」
「何か思いつくのあるか?」
「分かんない」
分かっていたらどれだけいいものか。
「先生、なんか不登校の子の事例とかない?」
「事例どころかうちにいるぞ」
「うちって先生のお子さん?」
「ちげーよ、うちのクラスだ」
知らなかった。ということは最初から来ていないってこと?
「神埼沙紀っているだろ?知らないか」
「は?」
驚きすぎて思わず先生の話の途中で声を出してしまった。
「どうした?」
「今、沙紀っていった?」
聞き間違いであって欲しかった。
彼女もここで苦しんだ可能性があるということを考えたくなかった。そんな汚いものに触れていないでほしかった。
あの彼女の光は、明るさは、偽りではないと、そう信じたかった。
「ああ、あ?もしかしてお前の言ってる子って」
「沙紀に何があったの?彼女もあんなところにいたの?何で?あんなに明るくて、誰かをその笑顔で救えるような子が、何をしたっていうのさ!」
そう考えただけでもう、やるせない気持ちになった。
「落ち着け、一回落ち着け」
先生の声で我に返った。
「神埼はうちのクラスの生徒だ。でも、4月からずっと来ていない。」
「トラブル?」
「良く言えば喧嘩、正しくいうといじめだな」
まさか、沙紀が。どうしたらそうなるんだ。
そう言おうと思った。しかし、田口先生の顔を見て一度黙ることを決める。あの人の顔がいつも、ちゃらんぽらんな教師の顔とは全く異なって見えたからだ。
「理由はない。ただの僻みや妬みからの発展だろうな。前任が新任の奴だったってこともあって最後の方まで気づけなかった。これは俺らの落ち度だ」
一応聞いておくが、と田口先生が言う。
「お前は神埼をどうしてやりたいんだ?」
決まってる。どんな問題よりも簡単だ。
「沙紀に苦しくない、楽しい外の世界を見せたい。彼女の呪いを解く」
「わかった」
それじゃあ、昔の神埼の話をしよう。
9,貴方の知らない私の話
「沙紀ちゃん、おはよ!」
それは普段と変わらない、普通の一日。
いつもの楽しい一日。途中まではそう思っていた。
「おはよう、奈津」
靴箱を開けて、外履きを入れ、上履きを取る。だけどその行為はいつものようにいかなかった。靴箱にあるものが入っていたからだ。
「え、何々?ラブレター?」
彼女の言うとおり、それはラブレターだった。
私に対する思いが綴られたそれは、章太という男子からのもの。その男子は学年一のイケメンと言われている人だった。
でも、実際私はその人と話したことがない、と思う。覚えていないだけかもしれないけど。もし覚えていないのだったら、それくらいの人だったということだろう。聞いたことのある情報はサッカー部所属の容姿端麗、文武両道、文句の付け所がないと褒められているところくらいだ。定期テストも必ずトップ3に入っているはず。いつも私の名前の一つか二つ下に名前が書いてあるから印象に残っている。
「うん、そうみたい」
正直言ってあまり嬉しくはなかった。私はその人のことなんて全く知らないに等しいし、恋愛的感情なんて持っているわけがない。というか、なぜ好かれたかも分からず、少し恐怖だった。
「え!すごいじゃん!誰から?」
「まあ、ちょっと」
その時に私はとっさに誤魔化してしまった。この男の子は私達の友達、美宇の好きな子だったからだ。もし、ラブレターをもらったことが美宇に伝わってしまえば、彼女はとても怒るだろう。あまり接点のない男子より、私は美宇をとる。
手紙には放課後に会いたいと書いてあった。その時にきちんと断ろう。
「君のこと、好きなんだよね。付き合ってくれない?」
あ、この人無理だ。
今から振るというのは決めていたが、やはり面と向かって会うと「好き」か「嫌い」か考えてしまうらしい。
「ごめんなさい」
何事もなく終わる。そのはずだった。
次の日学校で美宇と目が合うなり、彼女は私のことを睨みつけてきた。
何をしてしまったのだろう?心当たりがないか考えるが、一向に思いつかない。
「沙紀、本当は美宇のこと馬鹿にしてたんでしょ」
「馬鹿になんてしてないよ?どうしたの?」
理解ができていない状態だった。なんで急にそんな質問を投げかけてきたのか、私は美宇に嫌われてしまったのだろうか。
「美宇、知ってるんだからね。沙紀が章太くんから告白されたの。それを誰にも伝えないで簡単に断ったことも!」
「あ、いや」
「沙紀、美宇が章太くん好きなこと知ってたよね。沙紀応援するって言ってくれたじゃん!」
「違う、違うの!」
「何が違うの?」
違う、そういうわけじゃなかった。違うの。お願い、わかって。
「美宇、裏切り者とは話さないもん!」
それからだった。私への壮絶ないじめが始まったのは。
無視、悪口は当たり前。
朝学校に来たら、机の上に落書きがある。一輪の白い菊が置かれているときもあった。
日中は存在を認識されなかった。机を占領され、ゴミを捨てられ、大きな声で悪口を言われた。
帰りには何かしらのものが消えていた。必死に探して、見つけなくてはいけなかった。隠されていた場所は基本的にゴミ箱だった。隠していたのではなく、捨てていたのだろう。
「この嘘つき!」
「ブスのくせに!」
「美宇ちゃんが可哀想だと思わないの?」
私がしぶとく学校に来ているからか、途中から放課後は人の少ない体育館裏に呼び出されていた。殴られ、蹴られ、踏みつけられて、よくあの時に心が折れなかったなと思う。この儀式のようなものは私の意識がなくなる寸前まで行われていた。そんな朦朧とする頭の中でいつも考えていたことは、悲しいことに目の前の相手のことだった。強制的に意識させられていた。
美宇のためと言いつつ、自分たちが楽しむためにこれをやっているんだろうな。そんなことを考えていたのが悪かった。
「美宇のため、て、言いながら、自分が楽し、いか、ら、やってるん、でしょ」
思わず口に出してしまっていたらしい。それが彼女たちの怒りを買ってしまった。
「はあ?お前、何言ってんだよ!」
「ここでコロしてやろうか?」
コロして…あぁ、殺して。それもいいかもしれない。毎日のように自分は人なのかと疑うような生活を送るよりいくらかマシかもしれない。
「急に黙って気持ち悪い!」
「これ、あそこに閉じ込めちゃおうよ」
引きずられるように連れて行かれる。
「じゃーね」
「もう二度と出てこなくていいよ!」
彼女たちが去ってゆく。扉が閉まる。暗くなる。何も無い闇の空間だった。きっと、用具室に閉じ込められてしまったのだろう。暗闇は怖かった。けど、ここにはよくわからない安心感もあった。もう誰にも傷つけられない。自分しかいない。
このまま、誰にも見つからなければいいのに。ずっと、ここにいられたらいいのに。何も考えずにいられるこの世界が、今なら一番好きな場所になったかもしれないとも思った。
「おい、どうした?」
どうやら私は寝てしまっていたらしい。用務員のおじさんが夜の点検に来たときに私は外に出されてしまった。
ああ、あの世界にはもう戻れない。もしかしたら、茨姫もこんな気分だったのかもしれない。
城に閉じ込められ100年間眠り続け、王子のキスによって目覚めた茨姫。きっと夢の中はあたたかかったに違いない。何も無い空間。何も無いからこそ自分を受け入れてくれる不思議な世界。無理やり起こされて可哀想に。
そして茨姫は王子と幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。めでたいことなど何も無いのに。本当は誰も”めでたし”で終わる人生なんてものを歩めるはずはないのに。王子は茨姫の寝ているところしか見たことがない。出会ったばかりなのに、美しい人だからといって結婚して。自分の望んだ人でなかったらどうするつもりだったのだろう。実際にそうなっていたらどうだったのだろうか。茨姫も何故逃げ出さなかったのだろう。自分で閉じこもらなかったのだろう。
だから私は城にこもった。誰にも傷つけられないように、誰も傷つけないように。
「荷物、ここに置いておくよ」
その後は、たまに来るおばあちゃんが食料を持ってきてくれた。本当にそれ以外は誰も来ない。誰もいない。安全な場所。安心できる場所。
だけど、こんなに冷たかったっけ?こんなに孤独だったっけ?
「寂しい、なぁ…」
つい口に出してしまう。誰かと一緒にいたときの癖だ。こうやって言葉にすれば誰かが拾ってくれる。今もまだ、そう思っているらしい。
誰かに会いたい、話したい、一緒に笑いたい、おやつを食べたい。でも、でも外に出ればまた傷ついてしまう。外に出ないで、人に会う方法。とても簡単なことだ。誰かをここに呼びこめばいい。そうすれば私は安全な城の中で暮らせる。そして、人と会うことができる。もし、その子が外に出ようと言ってくれたなら、私も、外に出れるのかもしれない。そんな期待を胸に抱いて、私はある日、おばあちゃんにお願いした。
「この紙をどこかに貼り出してほしいの」
その時のおばあちゃんはとても驚いていた。私がおばあちゃんの前に姿を表したことも、こうして外の世界に関わろうとしていることも、両方とも考えられないことだったから。おばあちゃんは私がずっとここにいるものと思っていたから。
「いいよ、任せてね」
そう言っておばあちゃんはお願いを聞いてくれた。おばあちゃんはいつも優しい。
「どんな人が来てくれるかな?」
募集をかけている間は友達を待っている様な、そんな雰囲気だった。でも、そんな可愛いものではない。心の中は恐怖でいっぱいだった。怖い。もしこれで来てくれた人が私のことを嫌ったら、私はきっともう立ち直れない。王子様のようなキラキラした人や、普通の人でも心が折れる気がする。自分と比べてしまうから。まるでわがままなお姫様のようだ。
私と同類の人、ただの花売りのような人、異分子。そんな人が来てくれれば、私は外に出れるのかもしれない。多分。
10,久しぶりの午後4時過ぎ
「最後の方は神埼のおばあさんから聞いたんだけどな」
「おばあさん?」
「神崎はおばあさん以外に会わないって言って、俺もあったことねえんだよ。ま、お前は例外なんだろうけどな」
沙紀のおばあさん。僕は会ったことがないから、きっと朝のうちに来ているのだろう。優しい方なんだろうな、沙紀が信頼している相手なんだから。
「それで、どうすんだ?」
「取り敢えず、沙紀に会いに行く」
沙紀に会いに、あの家に行く。そして彼女を連れ出してやろう、教えてやろう。外の世界は怖いもの。だけど、それ以上に綺麗なものだと。
「おうよ、行ってこい」
***
ピンポーン、とインターホンの間抜けな音がする。
「沙紀、来たよ。鍵開けて」
30秒、1分、5分。待っていても鍵はあかない。
「しょうがないか」
ポケットからもらっていた合鍵を出し、勝手に家に入る。勝手に開けていいと言われていたが、やはりあまりよろしくない様な気がしてずっと使えていなかった。この鍵を取り出すのも初めてだ。
「や、沙紀。久しぶり」
沙紀は隅っこに丸まって寝ていた。
「来ないほうが良かったかな‥」
というかこの状況、沙紀が起きたらなんか言われそう。そうしたらこっちだって言ってやろう。僕は”女子”だって。僕は彼女の秘密を勝手に知ってしまったんだ。沙紀だって僕の秘密を知っていなきゃフェアじゃない。たとえそれを沙紀が望まないとしても。
11,救い救われ午後4時半頃
「ん‥」
いつの間にか寝てしまっていたらしい。まだ少しぼやけている頭の中でそんなことを思う。こんな時間に寝たのはいつぶりだっただろうか。薫が来てくれる前、私が人として生活できていなかった時以来かもしれない。
それにしても久しぶりに昔の夢を見た。昔と言っても中学一年生の頃の話だが。今でも私はあのことを気にしているらしい。だから、外にも出られないのだろう。わかってる、わかっているんだ。もう美宇が私に危害を加えてくることもなければ、私が苦しむ必要がないことも。だってあのことは学校に伝わってしまって、美宇とその周りの子は転校してしまったのだから。まあ、それでも楽になるなんてことはなかった。一度荷物を取りに学校に行った時、担任の先生から言われた。
「君が我慢すれば全部丸く収まったのにね。そもそもいじめられるっていうことは何かしらの悪いところがあったわけだし」
怖かった。学校の先生は味方なんだと勘違いしてしまっていたからだろう。あの時に行けた学校は私の中ではもう遠い場所だ。
「沙紀、起きた?」
「起きた‥」
反射的に返事をしてしまった。あれ?今のこの家には私以外誰もいないはずなのに。なんで声が聞こえるの?
「誰!」
「誰って、酷くない?」
相手は困ったように言った。
聞き覚えのある、馴染みのある声。私を助けてくれると言った人の声。
「天宮薫、忘れたの?沙紀」
「かお、る」
前までいつも来てくれてたのに昨日来なかったから、今日も来ないものだと思っていた。私が、怒らせてしまったと思っていた。
「来てくれたんだっ」
「うん、来たけど」
嬉しかった。とても助かった。あの夢のせいですごく心細かったから。とても怖かったから。薫のすぐ近くにいって両手を掴む。
「ありがとう!薫は本当にヒーローだね」
「そんなんじゃないよ」
間髪なく入れられたその言葉に驚いて顔を上げる。薫と目が合う。
「どうしたの?」
薫はしばらく時間をおいてからゆっくりと言った。
「これから僕がどんな話をしても、僕を、僕として見てくれる?」
その声は願い、縋り付く、そんな声だった。
「昔僕、仲間外れとか、されてたんだよね」
薫は私が返事をする前に話し始めた。
「理由が僕が女の子に見えないからだって、あんまり近づいてもらえなかった」
話が見えてこない。女の子に見えない?それはそうだろう。だって薫は男子なんだから。
あれ、待ってもしかして。そんな予測が現実味を帯びてきた。
「薫は、女子なの?」
「うん、そう。僕は女の子だ」
そこから薫は語ってくれた。本当は女の子だということ。昔からボーイッシュな格好をしていて、それによっていじめを受けていたこと。この格好は自分の好きな格好であること。
「引いた?嫌いになる?」
「そんなわけない!」
さっき薫が言っていたのはこのことか。しかし、こんなにすぐに否定してしまったら嘘っぽく聞こえてしまわないだろうか。これは本心なのに。そんなことを考えている間も口は止まらない。
「薫は薫。私の知ってる薫は毒舌で、たけのこ派で、悪口のレパートリーが多くて、毒舌で、話してると楽しくて」
「毒舌って二回言った」
薫がなにか突っ込んだ気にしない。
「薫は私の友達でしょ」
すると薫が困惑した顔をする。
「え?」
「え?」
待って、どうしよう。違ったのかな。
「あ、ああのごめんなさい。違うんです、勝手に友達だと思っているだけで、すみませんでした」
「あ、いやそうじゃなくて」
「違うの?」
「当たり前でしょ、君の中で僕ってどれだけクズなのさ」
そして一息おいてから言った。
「僕なんかが友達でいいの?」
きっと私達は似た者同士だったのだろう。
「薫だからだよ!」
お互いがお互いに信頼できる、初めての友達だった。
12,崩れて壊れる午後5時と少し
「ていうか薫、その鍵使ったの初めてじゃない?」
「いや、なんか女子の家に許可とってないのに入るのってあれじゃん。良くないじゃん」
「なんか急ぎのことでもあった?」
「それは、あった」
「え、何々?」
沙紀は予想もしていないだろう。僕が沙紀の秘密を知ってしまったことも、それを聞いてこれからどうするつもりなのかも。
「沙紀の、過去の話を聞いた」
その瞬間、沙紀の顔が変わったのが僕でも分かった。
「過去のって?」
「沙紀の中学一年生の時の話」
もう戻れない。彼女が望まないとしても止まることは出来なかった。
「君のそれは呪いだ。でも、沙紀の思ってるような呪いじゃない」
「どういうこと?」
理解できないという顔をしていた。でもそこには少しの安堵も見えた。きっと彼女はもうずっと前から気づいていたのだろう。でも、認めたくなかった。
「呪いじゃない。沙紀が外に出ることを怖がっているだけだ。」
それはある意味、呪いだ。
「いじめでしょ、君が学校にいけなくなった理由」
あえて強い言い方をする。沙紀がもう苦しまないように、苦しまなくていいように。
「違う、私は外に出たくても出れないの。そうじゃなきゃだめなの。最初に言ったじゃん。外に出ようとしてもだめだったって」
「もうわかってるんでしょ?諦めて認めたほうが楽だと思うけど」
理解しているなら、後は認めさせるだけだ。
「君は美宇さんから与えられた苦痛のせいで外に出たいと思えなくなった。だけど、君はそのことを心的外傷と捉え忘れようとした。そして本当に忘れてしまった。それだから外に出ようと思ったんだ。だけど、体は覚えている。外に出ることの苦痛を。」
この矛盾は沙紀だから起こったことだろう。この状況を認めさえすれば、きっと君は外に出れる。
「その相反した気持ちが今の君の外に出られない原因だ」
後は一言。
「外に出てみよう?一緒に行けば怖いこともないでしょ?」
この家はいわば彼女を守る城であり、鎧だった。でも、鎧のままじゃ行きたいところに行けない。
「ほら」
これで彼女はもう苦しまない。そう思ったのに。
「嫌」
「え?」
耳を疑った。
「聞こえなかったの?嫌って言ったの」
嫌…?
「薫の言ってることは合ってる。全部正解。だけど、私は逃げられないの。ずっとずっと、このまんま。それなら」
それなら、この誰にも侵されない城のなかで楽しみを探せばいいの。
それはすごく悲しい言葉だった。
「だからもう、いいのよ」
彼女はもう諦めていたのかもしれない。でも君は悲しい表情を浮かべたまま。
「ほら、薫も今まで通り一緒に話して過ごそうよ。ね?」
それはとてもいい提案だったんだろう。だけど、それはだめだよ。
「ねえ、僕のこと舐めてるの?」
何ヶ月、君といたと思ってる。君は嘘をつくのがとんでもなく下手だってことは知っている。
「沙紀って嘘つくの下手だよね。諦めたくないって顔してる」
君が何を望んでるのかだって、手に取るように分かってしまう。
「僕は君の解呪師だ。そう簡単に諦められちゃ困る」
そして僕は異分子だ。そして異分子はいつも周りに迷惑がられる。誰にも暴いてほしくないことを暴いてしまうから。
でも今だけは君のことを救えるかもしれない。こんなエゴでも許して欲しい。君に幸せになってほしいから。苦しまないでほしいから。
13,外を見せたい7日目
沙紀の家に行くようになってから今日でちょうど一週間たった。
昨日、最後に沙紀は嬉しそうな、それでいて悲しそうで諦めが見える表情でこういった。
「できるものならやってみて」
お姫様からの挑戦状のようなものだった。やってやろう。沙紀が外を見たいと言えるようにしてやろう。
沙紀は美宇という少女のことを怖がっていた。ならば確実に美宇に会わないような計画を立てればいい。しかし、元々同じ中学校ということはきっと近くに住んでいるんだろう。
「考え事に夢中になりすぎると怪我すんぞ」
「あ、田口先生」
「神埼のことか?」
「うん、そう」
「先生には敬語」
「…そうです」
すると先生は壁を見てから言った。
「神埼のこと、デートにでも誘えば?」
「デートって、女子と女子ですよ?」
「んじゃ、お出かけ。この花火大会とかどうだよ」
「花火?」
先生の指差すポスターは地区の花火大会のお知らせだった。
花火大会は夜だ。場所を選べば誰にも会わないでいられるかもしれない。
「先生、たまにはいいこと言いますね」
「たまに、は余計だ。いつも言ってるだろ」
「取り敢えず、その案使わせてもらいますね」
花火大会は今週末。これで、終わりにする。でも、沙紀がそう簡単に動いてくれるだろうか。あんなに外に出るのを怖がっていたのに?そう悶々と考えていたのに、沙紀のやつ。
「え?花火!行きたい!」
拍子抜けしてしまった。
「沙紀の大馬鹿野郎」
「何で!?」
「あんなに外に出られないって言ってたくせに」
すると沙紀は歯を見せて笑った。
「あの話を聞いた薫が考えたってことは絶対凄い案だもん!」
少し間をおいて僕は言う。
「任せなよ、絶対に楽しい日にしてやる」
14,煌き輝く8日目
今日は花火大会。そして、私が久しぶりに外に出る日。薫にああは言ったものの、やはり怖いものは怖い。また、美宇達と会ってしまったら。そう考えると手足が震える。生まれたての子鹿みたいだ。情けない。
「沙紀、用意できた?」
「うん!今行く」
だめだ、せっかく薫が考えてくれたのだ。私のために、私だけのために。そんなチャンスを無駄にするわけにはいかない。
「行こっか」
そう言って薫がドアを開ける。
カチャリ、カチャリと鍵を回す。その音は大きな音ではないのに、私の耳には響いていて。
ガチャッと音を立ててドアが開く。外の蒸し暑い空気が頬にあたる。みるこずっと見ることのなかった外の景色が目に入る。一年前は何も気にせず見ていた景色。ごく普通のありふれた景色が、私の目にはずっと残っていた。
「沙紀」
薫がそう呼びかける。
そうだ、止まるわけにはいかない。お姫様はもう城には戻れないのだから。薫と一緒ならきっと大丈夫。
一歩、足を外に出してみる。ザッ、と少し砂の混じった音がした。夏特有の不思議な匂いもした。もう一歩踏み出してみる。私の体が家から完全に出る。
「薫、私、外に出た」
「うん」
「私、外に出られた!」
「何?僕のこと信じてなかったの?」
薫がいつも通りの皮肉を言う。
「ま、いいや。それよりも早くいかないと」
どこにでも行けるような、大げさだけど本当にそんな気がした。
「うん!」
***
外は騒がしかった。子どもの声や、大人の声。屋台の呼びかけの声なんかも混じっている。でもそれは煩いものではなく、心地の良い騒がしさだった。
「どう?沙紀。飴でも買う?」
「いいのかな?」
「いいでしょ、お客なんだから」
流石に一人で行くのは怖い。薫の手をとり飴の屋台まで進んでいく。薫も何も言わずについてきてくれる。
「りんご飴とぶどう飴、いちご飴もください」
「毎度あり」
「そんなに買ってどうすんの」
薫が理解できないというふうに呟いた。
「いちご飴は私の分、ぶどう飴は薫の」
「じゃ、りんご飴は?」
「家に帰ってから食べるの。りんご飴って本当は切って食べるものなんだから」
「え、そうなの?」
「だってりんご飴のりんごって酸っぱいりんごだよ?そのまま齧ったら最後酸っぱくて終わっちゃうもん」
薫にぶどう飴を渡しつつ、そんなくだらない話をする。やっぱりぶどう飴美味しそうだな。後でもう一つ買ってきちゃおうかな。あんなに怖かった外で私は今、楽しんでいる。
「あれ?沙紀じゃん」
いつも幸せは唐突に終わりを告げる。
「美宇‥?」
それはもう聞かなくていいはずの、私を恐怖に陥れる声だった。
「何々?デート?ってかそれ章太くんじゃないじゃん」
よくわからなかった。なんでここで美宇にあったのか。私はなぜ外に出ていたのか。これから私はどうすればいいのか。
でもそんな疑問より、恐怖のほうが圧倒的に大きかった。
「沙紀のくせに彼氏〜?不釣り合いだって。って言ってもあんまり彼氏さんもイケメンじゃないね」
「ぁ、や、ちが、違くて」
「彼氏さんも沙紀はやめといた方がいいですよ!だってその子、美宇にいじめられたって嘘ついて美宇のこと追い出したんだもん!酷いでしょ?」
やめて、それ以上薫に何もいわないで。私はそんなことやってない。
「ごめん沙紀、待ってて」
薫が私のことを引き寄せ、私は抱きしめられるような形になった。こんな状況でも薫の声は落ち着く。少しづつ体の力が抜けるのが分かった。
「君が、美宇さん?」
その時の薫の声はさっきとは打って変わってとても冷たいものだった。
「うん、彼氏さん正解!」
「てことは、君が沙紀を外に出られない程の恐怖を与えた奴?」
「は?」
美宇が意図せずに出してしまったであろう声をだす。
「君がいくら僕に嘘をつこうと騙されないよ」
「たって、何だってそんな嘘つきの言葉信じるの!」
「嘘つきは君でしょ?」
薫は美宇の言葉を信じることなく、怯えることもなく、間髪入れずに答えていた。
「沙紀、美宇が悪いやつみたいに伝えたんだ!ひどい、最低だよ!美宇がどんだけ怖かったと」
「最低はどっちだよ」
薫の声が一段と低くなった。
「沙紀の大事な一年奪いやがって、このクソ野郎」
私は純粋に驚いてしまった。薫は毒舌だし口が悪い。馬鹿、阿呆とか言ってくる。けど、”クソ野郎”とまでの酷い言葉は使わなかった。
「薫?」
「さっきからごちゃごちゃ五月蝿いんだよ。夏場のセミか。僕は沙紀の友達であって、別にお前なんかに1mmも興味ないわけ。沙紀のこと疑ってるわけじゃないけど、もしお前の言ったことが本当でも僕は沙紀の味方だ。わかったらさっさと消えろ」
薫が、薫じゃなくなってしまった。え?薫ってこんなに暴言吐いたっけ?美宇がいることも忘れてポカンとしてしまった。
「沙紀が美宇より幸せになるはずないんだから!」
薫の様子が功をなしたのか美宇は逃げるように去っていったのだと思う。何しろ目に映るのが薫の服ばかりで後ろの様子なんかわからない。
「沙紀、ごめん。無理やり連れてきた挙げ句、こんなことになっちゃって」
薫は謝罪と共に私のことを離した。なんだかちょっと寂しい。でも、そんなことを伝える前に指摘しなきゃいけないことがある。
「何で謝るの?薫は私のことを守ってくれたでしょ」
薫が謝る必要なんてない。でも、薫は心優しいから気にしてしまうのだろう。
だから、とびっきりの笑顔でそんな思いを吹き飛ばしてやろう。
「こんなに綺麗な外を見せてくれてありがとう!」
その時ちょうど、私の背後で眩しいほどに煌めき、輝く花火が咲いた。それはきっと私達二人にとって今日一日で一番綺麗に見えたものだったと、そう思う。
15,普通で不思議なこれからを
「きのこ!」
「たけのこだよ」
「きのこの方が優れてる!」
「何が?」
「…わかんないけど」
花火大会から変わらない日常。でも、それはこの世界の話であって、僕達の話ではない。
「お、きのたけ戦争か?」
「そう!田口先生はどっち派?」
「俺はすぎのこ派」
「ジェネレーションギャップだ。あれ2000年代にはもう無いでしょ?」
あれから沙紀は少しづつ外に出るようになった。今では学校にも来ている。
「神埼ちゃん、購買行こ!」
「うん、待ってて!」
クラスメイトとの仲も良好だ。
「薫も行かない?」
「僕はお弁当持ってるから。行ってらっしゃい」
沙紀は今まで苦しんできた。これくらい当然だ。彼女が幸せになれるというのなら僕のしたことは合っていたのだろう。世界で見たら不登校の子が一人、学校に行くようになっただけ。ただそれだけ。だけど、これは沙紀や僕達からしたらこれ以上無いほど大きな変化で。とても嬉しいことで。
そんなことを考えているうちに沙紀が帰ってきた。
「薫、何昼間から黄昏れてんの。ご飯食べよ」
「いいの?さっきの子と食べなくて」
すると彼女は何当たり前のことを聞いてくるんだと言いたげな表情でこういった。
「人には変わりたいこともあれば、変えたくないこともあるの。薫と過ごすおやつタイムがなくなっちゃったんだから、お昼は一緒に食べたい」
「‥そっか」
こうして僕達は変わったり、変わらなかったりしながら、この普通で不思議なこれからの日々を過ごしていく。
いかがだったでしょうか。文学少女、初の試みでした。今後、美宇sideのお話も出すつもりなのでお楽しみに!
読んでくださった皆様に心からの感謝を。