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花火の咲く夜に
麦畑が黄金色に輝き始めた頃、ナツとゲシはようやく落ち着いたのか、疲れたのか、2人並んで地べたに座り込んでいた。
「ハーッ…落ち着いたかよ、ゲシ…」
ナツが問いかけると、ゲシはコクっとうなづく。
目頭がぼーっと赤く腫れ、服の袖がじんわりそぼ濡れている。
「はやくジュンの所に顔出して帰ろう。」
「…帰っていいの?」
ナツがそう言うと、ゲシが不思議そうに答えた。
「お前をハブっちまったからな、それに、もう夕方だ。」
ナツはサッと立ち上がり、ゲシに腕を貸した。
だけどゲシは腕を借りずに、両腕をのしっと地面をのけて立ち上がった。
ゲシはわかった、という顔をして、歩き出したナツの後ろについて行った。
申し訳なさそうに横にいかけては、すぅっとすぐ後ろに戻って行った。
「ゲシ、ごめんな。」
振り返りもせず、ナツは突然そう言った。
「大丈夫だよ。友だちに会えて良かったね。」
ゲシは柔らかくそう言った。
どんな表情をしていたのか、ナツには怖くて見ることができなかった。
「そうだ。オレ、明日にはここに居れないんだ。」
さっきの怖さを無くすように、ゲシはまた話した。
「そうなんだ。…ちょっと、寂しいや。」
ゲシはまた柔らかく返事をする。
「…ちょっと急ぐぞ!ゲシ!」
「おう。」
ナツは逃げるようにして、まっすぐジュンの家の方へと向かって行った。
「トウヤー!夏祭り行こうぜ!」
ただいま4時30分。夏祭りが始まるまであと30分もある。
「アキー、早くね?」
アキは一丁前にジャラジャラのサイフを首にぶら下げて、体半分ほどある大きな袋も構えていた。
「だって…楽しみだし?」
「もー、うかれすぎだろ…始まるまでうちにいればいいのに。」
「トウヤんち上がっていいの!?」
「ちがう!帰れって言ってんだよ!」
冗談まじりにトウヤは答える。
だけど裏腹に、アキは一瞬暗い顔をして、思い出したかのようにまた笑った。
「じゃ、おじゃましまぁす。」
「だから…ま、いっか。」
アキは丁寧にクツをそろえて、ぼくの家に上がって行った。
いつもぐちゃぐちゃにぬぎすててから上がるのに、今日はバカみたいに大人しい。
少し不思議がっていると、
「あっ、アキくんじゃん。ゲームしよ。」
上がってきたアキにハルにぃがゲームに誘っていた。
「するー!」
アキも元気いっぱいに答えて、だっとゲームの方へ寄って行った。
ところで、ハルにぃはちゃんと宿題をやったのかな。
「ところでさ、ハルにぃ…」
ぼくが気になって聞いた。
「大丈夫だトウヤ。今はそれどころではない…」
遮るようにハルにぃは答える。わかってるくせにおろかだなぁ。
テレビ画面がいっぱいドットになって、2人の人が互いに殴り合っている。
アキの体は激しく動いているのに、ハルにぃは大木みたいにじっとして、慣れた手つきでコントローラをカチカチ触っている。
チュドーン、という音が鳴ったと思えば、さっきまで揺れていたアキの体がピタッと止まった。
「はい!イッポン取ったり!」
ハルにぃが自信に満ちたように言い放った。
「えっ、オレ負けた?」
ゲームに慣れていないのか、アキは不思議そうに言う。
「もう一回!次は絶対勝つ!」
そう言ってアキはハルにぃにリベンジを申し出た。
だけどハルにぃは、そっとコントローラをぼくの手に置いてきた。
「君に俺は10年…いや、100年早いね。先ずはとっちゃんを倒してからだな…」
「勝手に言うな。あととっちゃんやめろ。」
ぼくは手に取ったコントローラのスタートボタンを押して、アキと戦った。
だけどほんの1分ぐらいでアキに倒された。
「あれ?これで勝ったの?」
アキはまた不思議そうに喋る。
「…まぁ、ぼくはハルにぃと違ってゲームしないし…」
「やっぱトウヤはブキヨウだなー。」
「ぐはぁっ。」
突然差し掛かってきた言葉のナイフでぼくはのたっと倒れ込んだ。
「えっ、トウヤ?トウヤー!」
「しっかりしてくれー!」
2人はぼくを囲みながら、肩をバシバシ叩いていた。
「…いたい。」
ただぴこぴこ流れてくるテレビの音が、ぼくは少し嫌いになったのだった…
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「トウヤの母さん美人ー。」
「ぼくの母さんじゃなくてハルにぃのな。」
6時。ぼくたちは少し遅れて祭りの会場に来た。
思いの外ゲームに白熱して、気づけばこのぐらいになっていたからだ。しかたがない。
そして、夏祭りには小学生は保護者同伴じゃないといけない。
アキのお母さんは夏風邪で行けないし、ぼくの母さんは陣痛がひどくなっていま病院にいる。
そして、おばさんが変わって同行してくれることになったのだ。
「ふふっ、息子が2人増えたみたいで楽しいわぁ。」
「俺もー、弟がいるみたいで嬉しいや…」
ハルにぃとおばさんが気持ち悪いほどにしみじみとしている。
アキはそんなことを気にしていないみたいで、のんきに屋台を見て回っている。
「あんまり私から離れんとよー。」
おばさんがそう言うと、アキははーいと返事をした。
ガヤガヤしてにぎやかでうるさい祭りの雰囲気に呑まれかけ、だけど奥へと突き進んでゆくアキを見て、ちょっと不安になって、自我を保ったりした。
「やきそば食べよ!」
アキはそう言ってぼくの腕を持って、やきそばの屋台の前まで連れて行って、列に並んだ。
すると前に、キラキラした着物を来た、なんだか見覚えのある女の子がたっていた。
「オレ、屋台のやきそば楽しみ!」
アキがそう言うと、女の子は声の正体に気づいたのか、くるっと振り返った。
ヒナだ。うさぎのお面を頭にかわいく飾っている。
「アキくん!奇遇ね!」
ヒナは嬉しそうに話しかける。一応ぼくもいるけどね。
「ヒナ!ヒナもお祭り来てたんだー。」
いつもの調子で2人は話している。
「う、うん!おじいちゃんとおばあちゃんと来たの。えへへ…」
ヒナはなにか言いたげにたじたじしている。
ぼくは決心した。
「あっ、ぼくトイレ行ってくるよー。アキー、お金渡すからかっておいてねー。」
そう言ってぼくは無理やりお金をアキに渡す。
「うん!早く戻ってきてよー。」
いつもの調子でアキは話す。
ヒナがこっちを見つめてきて、嬉しそうな顔をして、そっとグッドサインを送ってきた。
ぼくは少し急ぐようにして、トイレの方へと向かった。
トイレは駄菓子屋の隣にあるよろずやの隣の自販機のおくに続く道の向こうに、仮設トイレがポツンと置かれてあるのが見えた。
ガヤガヤの中をくぐり抜けてみれば、一気に静かな世界になった。
そっとトイレを覗いて見ると、そこにはゲシがいた。
「おっ、ゲシじゃん。」
ぼくはゲシに話しかける。
だけどゲシは何も言わず、下を向いたままそこに居座っていた。
「久しぶりだなー。ゲシも祭り来てたの?アキが帰ってこないから心配して…」
そう言いかけると、ゲシは何も言わずにそのままどこかに行ってしまった。
「…冷たいやつ。」
ぼくはそのままトイレの中へと入っていった。
暗いけれどぼんやり赤いちょうちんの光が薄い壁を突き抜けていた。
外からのさわがしい音がこもった音が耳にぼんやり響いてきた。
用を済ませば、仮設トイレからゆっくりと出て行った。
そのまますかさず手洗い場で手を水に流して、ぱっぱと払った。
人混みをかいかぐり、アキと再開した。
「トウヤ!はいこれ。」
そう言いアキはタッパーにたっぷり詰まったおもたい焼きそばを片手でほいっと渡してきた。
「ありがとな。」
そう言ってぼくはそっとアキの隣に座る。
「ヒナは?」
「友だちと回るってー。」
アキはそう言ってズルズルと焼きそばを啜っている。
「そういや…」
ぼくはさっきあった出来事を思い出す。
「うーん?」
「…やっぱなんでもない。」
おぼろげな顔で去って行くゲシの顔を思い出して、ぼくは口が開かなくなった。
誤魔化すようにして焼きそばの蓋を開けて、勢いよく啜った。
「おいし。」
ソースはコッテリしているものの、焼きそばの焼き加減は硬めでモチモチで、ふりかけられた青のりは舌に歯にとってもくっついたけど、それもいいアクセントになった。
「トウヤの口ソースまみれー。」
アキに言われて、ぼくはペロッと口の周りを舐めた。
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クラクラしそうなほどに空が暗くなった頃、ただひとり少年がベンチに深く腰掛けていた。
その少年はあまりにも疲れたみたいで、ずっと下を向いていた。
少し気になって、隣に座ってみた。
見向きもせずただ同じ方を見ている。
「ナツがいなくなって寂しい?」
そう言うと、少年はハッとしてこっちをまじまじと見つめてきた。
「トシ?」
そう呼ばれ私はコクっとうなづく。
「ぼくはねぇ、ほんとは神さまなんだよ。ナツはもともとしんでてね、ともだち?に会いたがってたからね、よみがえらせてあげたの。」
「待って、どう言うこと?トシが神さま?死んだってどう言うことだよ。」
少年は焦った様に問いかける。
「そのままのいみだよ。」
私はそっと答える。
無理やり納得したように、難しい顔をして、少年はこちらに耳を貸す。
「でもねー、ナツはぼくのやくそくをやぶったから、ずぅーっとここにいさせたんだよー。」
意味のわからないという顔をして少年はゆっくりうなづく。
「キミもいつかわすれさせてあげるよ。」
そう言い終えた途端、ひゅるるるるぅっと音が鳴った。
「僕は…いいよ。」
少年は達観したように話す。
「うん。キミはえらいね。」
そう言うと、少年はなんとも言えない様な顔を浮かべた。
「カレの罰を重くしてやってくれ。」
ドンっ、ぱぁあああああん。
重く心臓に響く音が鳴る。あたり一面に大きな火花が飛び散った。
「それじゃあね。ぼくのことはこーがいきんしだよー!」
そう言って私はベンチからひょいっと立ち上がって、ウチへと帰った。
面倒だったけど、これでようやく全員分巡り終わった。
もう2度と同じことをしない様にと、私は思った。
どおおおおおんっ、ひゅるるるうううるるううん。
「うるさいね。」
ぼくがそう言うと、
「音じゃなくて花火見ろよ。」
ハルにぃは呆れたように言った。
一面に咲き続ける花火はキラキラと燃えて、眩むほどに大きく育って、すぅっと消えた。
ぴゅるるるるるるぅぅううん。
激しく素早い音が鳴る。
「今日は楽しかったねー。」
アキはそう言って空を見上げる。
「夏休みはまだあるだろ。」
どぉおおおおおおおん。
心臓にどっと響く大砲みたいな音が全面にわたって、一瞬にして空は真っ赤に染まった。
町を全部覆い隠してしまうほどの花が咲いて、ゆっくりと落ちて行った。
「わぁああああっ!すげー!でけぇー!」
「おっきぃー!」
ハルにぃとアキは一緒に興奮して、あの大きな花火を網膜に焼き付けようとしていた。
すぅうううっと流れ星みたいに落ちていく火の粉が、たまらなく美しい。
「来年も見たいわぁ。」
おばさんはそうしみじみと空を見上げる。
「もっと見ないと損だぞー!」
ハルにぃはそう言ってぼくをそそのかす。
「言われなくともだよ。」
そう言ってぼくらは眩しい空を見上げ続けた。