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17 車
第17話です。
「なあ、どう思うよ」
群馬へ向かう高速道路。高ぶるエンジン音が車内で響き渡るなか、誰かが疑問を口にした。
「どうって、どれのことを言ってますか」
「ハイランドのことだよ。それ以外に何があるってんだ」
車内には運転手と助手席に一人。そして後部座席には「おどろおどろしい箱」、つまりぼくだ。ぼくが箱のなかに載せられている。ぼくはしゃべれないので、実質二人旅みたいなものだ。
「神宮寺さんいわく、〝人形に呪い殺されただけ〟だといっていましたが」
「それ信じてんのかお前」
「で、でも。それ以外に何があるって言うんです? 警察は事故か自殺のどちらかだって」
「あれほどの啖呵切って、自殺とは思えねぇ。事故っていうのも、状況がおかしい。何の事故があって死んだっていうんだ?
直前、神宮寺に質問攻めにあって、それで死んだんだぞ」
「その後に人形を掴んだじゃないですか。その途端に、ですよ……」
「『人形を掴んだから死んだ』って言いたいのか? まさか……、そんなわけあるか。違和感がありまくりだ。あんな偶然あるもんか、人形を掴んだとたんに死ぬなんて」
「上島さんはなんだと思うんですか」
助手席側から考えるような唸り声を出した。臭いからタバコを吸っているらしい。
「殺されたんだよ、誰かに」
「でも警察は……」
「警察警察って、お前はうるさいんだよ。おとなしく運転してろ」
上ずった声をあげ、ハンドルを握りなおす音がした。
「警察にだってわからないことだってあるんだよ。ハイランドの死因は不慮の事故ってことで死因は公表されなかったが、首をかしむしって死んだんだ。毒を盛られたってことだと思うんだよ。だれかに毒を盛られたんだ」
「だれかって誰に」
「そんなの俺にわかるかよ」
沈黙が車内に宿った。今度は若い人が疑問を口にする。「神宮寺って何者なんでしょうね」
「あん?」
「あの神主さんのことです。これからぼくたちが向かう」
「ああ「しゃらく谷」の神主さまか」
「しゃらく谷?」
今では見なくなってきているオイルライターの音に次いで、深呼吸のような紫煙が一回。そしてぶっきらぼうに話してくれる。
群馬県のとある地方、「しゃらく谷」と呼ばれる場所がある。その地は、雨の神の使いでありながら人ならざる者である、とある人形の支配下にあった。ひとたび舞を披露すればたちまち恵みの雨が降り、しかし踊らなければ雨は降らない。たかだか人形の舞一つで人々を飼い殺していた。
そんな矢先、当時の支配者でもあり、今は無くなりしご神体『からくり人形のしゃらく様』は、祀られていた寺の坊主によって傷つけられるという事態が起きた。当然ご神体は怒り、その主である雨の神も怒り、制裁として七日七晩の大雨とそれに起因する大洪水が起きた。
雨の神による終わりなき水の暴虐が繰り広げられ、その地は水の重さによりへこみ「谷」となった。
しゃらくがしゃらく|谷《・》となった地はその後圧政から解放され、人間たちを主流とした生活を営むことになる。
だが支配者だったとはいえ神の使い。支配者がいなくなったため徐々に土地はやせ細り、追い打ちとして近代化による過疎化の波をもろに受けてしまう。
再び恩恵にあずかろうと苦心惨憺して、再び『しゃらく様』にすがりつこうとするも、すでにご神体は紛失し、残っているのは空っぽの箱しかなかった。
神に見放された集落。切り詰める生活水準もむなしく、没落貴族のような限界値に差し掛かっていた。
そんな困窮極まった頃、ある者が人形を集めるようになった。坊主の怒りで|遁走《とんそう》したと思われる、日本のどこかにいるご神体を集める――という名目で、各地から人形を集め、人形供養が盛んに行われるようになった。
それを始めたのが、スタジオに出演した『神宮寺』だという。
「そこに行って、〝この人形〟の持つ強烈な邪気を祓うのが今回撮影する目的ですよね」
「ああ、だがな。おそらくだが『|神宮寺《やつ》』は別のことを考えてる。あの日収録スタジオに来た時点で「あわよくば」なのか「もしかして」なのかは判らんが、裏の意図が見え透いてる」
「え? どういうことですか」
運転手を務める若い人は訝しめの声を出した。彼が言いたいのは、多分こんなところじゃないだろうか。
ほんの二か月前。ぼくのいた、祠付近にて洪水が発生したことがあった。その洪水騒ぎがあったのち、ぼくは人間たちに見つかって、つれていかれてしまったわけだけど、その時は単にいわくありげな人形が欲しかったからだと思っていた。ぼくじゃなくても、小汚い人形であればどれでもよかった。でも、実際はそう単純な話ではなかったのかもしれない。
あの洪水は尋常ではなかった。古びた祠のすれすれまで降った大量の雨水と河川の氾濫まで引き起こした空前絶後の大洪水。その原因が、群馬から逃げたからくり人形……「しゃらく」様が引き起こしたとしたら? その人形が「ぼく」に当たるとしたら?
と考えているのだろう。又はそうに違いないとまで神宮寺は決めつけている。
あの日、人が死んだスタジオにて。ぼくにしか聞こえない音量でこう呟いている。
〝しゃらく〟様にすべての感謝を。――と。
〝じゃらくだに〟は〝しゃらく〟様がなまったもの、収録内にてそう説明されていた。
『神宮寺』を呼んだスタッフ陣もそのようなことを考えてゲストブッキングしたのだと思う。
番組企画書の第二段では『神宮寺』は一枚噛んでいることだろう。計画の段階で、この人形の処分に悩まされているところに聖なる手を差し出した。私が引き受けましょう、と提案したはずだ。人形供養という聖なる救いの手を。
そういうわけで、ぼくたちは『神宮寺』の住まう地、群馬に出向いている、ということになる。
「なるほど、そういうことですか。でも、水の重さ……、降水量で土地の形が変わるって、ぼくには信じられませんけど」
「……ふん、グランドキャニオンは長い年月もの間、水の侵食で生み出されたものだなんて言ってるバカを思い出したな。それと同じだろうな理屈としては。
歴史も伝承もそんなもんだろ。この人形の何がいいんだかね」
「でも、二人しかいませんけど、ぼくらは大丈夫でしょうか」
ジジ……と、たばこを握り消す音がかすかに聞こえる。「何の話だ」
「無事に、生きて帰れるんでしょうか」
「群馬からか? んなもん、知らん。昔は秘境の地グンマーと呼ばれていたしな。山奥には未だ原始人でもいるかもしれねぇな」
ジェネレーションギャップで通用しなかった。
「そんな……不吉なこと言わないでくださいよ」
「ははは! 冗談だよ、冗談。だが、どうやら俺らは強運の持ち主だからな。なんてったって、あの日の嵐から舞い戻れたんだから」
それを聞いて、ぼくはなんだかこの二人の声色がどこか耳なじみがあると思ったら、そういうことなのかと思った。
だから、ぼくの「撮影担当兼送迎係」として選ばれたのだ。貧乏くじを引かされた感じだ。
「ま、何とかなるんじゃねえの。少なくとも――」
後ろを振り返る気配とともに目線を感じる。
「|そいつ《・・・》の、ご機嫌次第だろうけどな」