公開中
幽霊になりたかった。
そっと教室のドアを開ける。
がらんがらんと鳴るその音の方へ誰も耳を貸さず、見られていない筈なのに、何故か視線とプレッシャーをぐいぐい感じる。
いつもの様に机に荷物を置き、いつもの様に授業の準備をして、いつもの様に机にハグを交わす。
いつもしていることなのに、今日はめっぽう特別に感じた。
何故なら今日は、"決心"がついたからだ。
誰にも邪魔されないし、邪魔する人はそもそもいない。
青い空の下は、いつもより明るく見えた。
昼頃になって、弁当箱を開いた。
徒歩通学で、しかも家から学校の距離はとても短いので、普段はぐちゃぐちゃになることはあまりない。
しかし、今日はのんびり歩いてきた筈なのに、私が遅刻をして全力で走ったのかの様に、酷くぐちゃぐちゃになっている。
…というか、誰かに掘り返された後すら見える。あからさまに。
「クスクス…かわいそー。」
「犬のエサみたい。」
いつもからかってくるギャル達の小さくて甲高い声が耳に通る。
やったのはこいつらで間違いない様だった。
でも、胃袋の中に入って、しっかり消化さえできれば、それは立派な食べ物だ。
たとえ犬のエサであっても、見栄えが悪いからと言って蔑ろにしたり、捨てるのは論外な気がする。
私は一気に弁当をかき込んで、あまり噛まずに飲み込んだ。
そんな様子の私を見て、あいつらは随分とご満悦の様だった。
しかし、そんなのも今日で終わりだ。
次の|おもちゃ《被害者》をこのクラスで探す手間があいつらにはできてしまうだろうけど、大切な時間を取られるのはいささか可哀想だとは思う。
…私にとっては、とても美味しい話だが。
ところで、弁当がぐちゃぐちゃになっていたお陰で、箸で取りやすかったし、噛まなくてもそのまま飲み込むことができた。
将来彼女たちは、いい人になれるだろう。
---
「性悪女〜!」
「こもってないで出ておいでー。」
トイレ中、あのギャル達の声が聞こえた。
ドンドンと音が聞こえるが、私の前のドアは揺れていない。
どうやら、別の子がいじめられている様だった。
隣からは微かに泣くのを頑張って堪えている声が聞こえた。
だけどそんな子に構っている場合ではない。
そそくさとギャル達の合間を縫いはって、手を洗って後にした。
出口に置いてあったカバンを取って、私は屋上へと向かった。
向かっている途中に、バケツの水がひっくり返った様な音が聞こえたが、気のせいだろうか。
コツコツと階段を上がっていると、途中で立ち入り禁止のマークが飾られた札を見つけた。
だけど私の目的はその向こうにあるので、無視してそのまま登った。
階段を登り切った先は、一つのドアを見つけた。開けようとしても、鍵がかかっていた。
何度も何度もこじ開けようと、ドアは開いてくれなかった。
ピキッ…。
強化ガラスは全体的にかかる力には強いけど、一点に集中した力には、僅かであっても耐えられない。
カバンの中に仕込んでおいたクギを押し込む様に当てれば十分だった。
ガラスを押し外して、出来た出口に体を伸ばした。
どすっと体を屋上に寄せた。
暖かい夕焼けが辺りを照らしていた。
風がヒューとなびいて、下を見ると"死んでしまいそうな"ほど高かった。
誰の目に当たらない体育館の裏側にちょうど落っこちれる様に方角を見て、私は裸足になって、髪を解いて、フェンスの前に立った。
ここまできたのに、何故か足がすくんで前に乗り出せなくなってしまった。
きっと自分は寂しかったのだろうと、ただひとりでに、ぼそっとつぶやいた。
「いってきます。」
そっと前に、もたれかかった。
何も受け止める物はない。
ただ緩やかに、だけど急足の様に早く落っこちた。
いつのまにか地面とねんねしていて、目の前には赤く染まった光り輝く海ができていた。
体のあちこちはチクチク傷んで、体は動かないのに、じわじわと押しつぶされてゆく感覚がする。
だけどもう時期、眠ってしまいそうだった。
赤子の様に、私はそっと瞼を閉じた。