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キ印の日々
「隊長っ! 次の作戦はぁ?」
本部に帰還するなり、目の前から駆けて行った金色の垂れ耳をマッドハッターは静かに見送った。急足の兎が落とした、血塗れの手袋をそっと隠して。
いつから、だっただろうか。
そんな陳腐なモノローグは思ったことがない。
どんなに此処の日々が暗闇の隅を這うばかりでも、その這った記録を、記録の中の失ったものを忘れてはいけないからだ。
そんなわけで、マッドハッターは、彼女──エマがいつから三月ウサギになったのか。
今もはっきりと覚えている。
其れは突然のようで、けれども必然だった。
血塗れの残骸。
砕け散ったホコリの舞う闇夜。
誰のものともわからない、カルシウムとリンの塊。
昔、何かで読んだことがある。
普通の人が、戦場で人を殺すのにかかる銃弾の量は数万個だと。
実際はそんなことまかり通っていては銃弾が切れてしまうのだけれど、其れほど、殺すことには精神的負荷がかかるのだ。
その負荷を少しでも減らすならばどうするか。記録の中で失ったものを忘れずにいるにはどうしたら良いか。
簡単だ、普通でなくなって仕舞えば良い。自分を騙せば良い。
“殺すことなど何でもない”“血が付いたって、骨を踏んだって、唯の汚れ”
そう念じた彼女は、“大きな愛情”から“動き回る野兎”になった。自分だって同じ。
隊長とエマが話す声が聞こえる。口振からして、次の作戦を行おうとするエマを隊長が止めているのだろう。
その喧騒を何処か遠くに感じながらふと思った。
本当は。
本当は、皆で生きていたかった。
最初に此処にやってきた仲間たちと共に、ずっと一緒に。
けれどその仲間たちは、一人欠け二人欠け。
声も姿も何もかもが消えて、ただ闇に帰す死亡者リストに名前を刻まれていった。
こんなところ来たくなかった。
そんな言葉が頭を過るときだってある。
でもそう思うことは許されない。
僕がしなければ他の人が同じ思いをする。
もしかしたら、エマが今以上に自分に嘘をつき続けなきゃならないかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ずっと、“四月”が来ないように。
彼女は懸命に動き続けて、僕は莫迦みたいに歩みを止めて。
そうして刻んでいかなくちゃならないんだ。
僕は小さく溜息をつくと手袋から目を離す。
汚れを取ってもらうために、洗濯係に渡さなければ。
そう思って足を踏み出した視界に、ぱっと金糸が流れる。
「アーサー?」
その声にはっと目を上げる。
不思議そうに細められた薔薇水晶と目が合った。
「どおしたの? 備品に忘れ物でもあった?」
今から取ってこようか、と言う彼女に慌てて首を振る。
「ううん、エマ。何でもないよ」
唯、ほんの少しだけ。少しだけ、可笑しいことを考えちゃっただけだ。
英国の何処かで、冗談みたいな日々を、君と笑えてたら良かったのに──って。
その一言は胸に収めて返答すると、エマはまた楽しそうに本部の奥へ跳ねて行った。
恐らくたまの休息をとりにキッチンスペースへ行ったのだろう。
僕は手袋を脇の籠に入れると、後を追いに奥へ足を向けた。
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蛇足。
繋げられる気がしなかった。
死ネタ。
至近距離での爆発が、二人の視界を暗転させる。
異能は間に合わない。爆発寸前、エマもどこにも触れてなかったから、異能防御も手遅れ。
瓦礫の下で、アーサーは自分の下半身の感覚が消えているのを冷静に悟った。隣では、エマが力なく横たわっている。軍服は遠くの炎よりも赤く染まり、兎の足は、もう跳ねることは叶わないだろう。
「……ねえ、アーサー」
不意に、彼女の声から“野兎”の響きが消えた。
震える、か細い、一人の少女──エマの声だった。
「私……上手に、笑えて、た、かな」
アーサーは土と血に汚れた手で、彼女の頬を撫でた。あんなに必死に隠してきた血塗れの手袋は、もうどこかへ行ってしまった。剥き出しの掌で触れる彼女の肌は、驚くほど冷たい。
「……うん、最ッ高に、莫、迦げた……兎だったよ、エマ」
「よかっ、た。ッあは、ふふ、ほんとに……お腹、空いちゃった。皆、げんきかなぁ」
子供みたいに変わってないねって笑うかな。
そう掠れ掠れに笑った声に、僕は心の中で返した。
君は、誰よりも大人だった。僕が屹度、ちゃんと知っている、と。
薔薇水晶と蛍石が暗くなっていく側で、小さな野花の茎が、小さな音を立てて揺れた。
なんか……既視感が……なんか、最後の台詞に、織田s((
うおっほん。
うーん。我ながら微妙な出来ですね。
本当は並行世界的に、二人が戦死したらどうなるかなで書こうとしたんです。書こうとしたんです!
なのに! 繋げられなかった……。
すみません!!
そして二人への理解が浅い!
謝罪します。もう、ごめんなさい!
ということで、ありがとうございました。