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**小さなすれ違い**
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「また、今日も執筆してるの?」
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スマホの画面には、既読がついているのに、蓮からの返事は来なかった。
柚子月はベッドの上でスマホを胸に置き、天井を見上げる。
最近の蓮は、夢に向かって本格的に動き出していた。
執筆依頼のコンテスト、大学のオープンキャンパス、編集者とのやり取り。
そのどれもが彼の“本気”を証明していて、応援したい気持ちは山ほどあった。
——でも。
「少しくらい、“私”に使ってくれてもいいのに。」
口に出すと、なんだか自分が幼く感じられて、余計に胸が重くなる。
彼にとって、今いちばん大事なのは“夢”であって、自分ではないのかもしれない――
そんな不安が、じわじわと心に染み込んでくる。
その夜、蓮からようやく返信が来た。
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「ごめん、今日もずっとプロット考えてて。明日、少しだけ会えるかも。」
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“少しだけ”。
その言葉に、引っかかりを覚えたのは自分が我儘だから?
(違う、違わない。……でも、寂しいって言ったら、重いかな。)
一方、蓮もまた、机に向かいながら溜息をついていた。
柚子月の既読だけのメッセージに気づいていたけれど、どう返していいかわからなかったのだ。
(今、これだけ集中しないと、きっと間に合わない。でも、彼女を不安にさせてるかもしれないって、思ってしまうと……手が止まる。)
不器用な優しさ。
それが、言葉を曖昧にし、表情を見えなくさせてしまっていた。
翌日の放課後、公園のベンチで短い時間会ったふたりは、ほとんど会話を交わせなかった。
柚子月は「頑張ってね」とだけ言い、蓮は「ありがとう」とだけ返した。
本当はもっと話したかったのに。
もっと、“あなたが好き”って言いたかったのに。
言葉は、いつの間にかふたりの間で迷子になっていた。
紫陽花の花が枯れても、土の中では新しい芽が育っているはずなのに。
今のふたりには、その気配が見えなくなりかけていた。
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次回「伝えられなかった言葉」
蓮の背中を見送ることが増えた柚子月。
でもその日、彼女の言葉が――「届かなくなる」瞬間がやってくる。