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RIDE
しばらく走っていると、ブウウウ、と強烈な風を顔に受けた。思わず目を|瞑《つむ》った。
風が途絶えて、ゆっくりと目を開ける。一気に視界が開けた。
雲の形を成していた煙は、もうない。
日光の|眩《まぶ》しさに、思わず目を細めた。空の上で、晴れ雲が速く流れている。
美しい日の|下《もと》で、芝が青々と茂っていた。時折吹く風にあおられて、歌うように揺れ、踊る。
前方に、地割れのような亀裂が横に走っているのが見えた。
「ここは……?」
彼に聞くよりも早く、「|峡谷《きょうこく》だ」という返事が返ってくる。
前にいる彼の方向を視線を向けると、彼は立ち止まってこちらを見ていた。
「早く来い。置いていくぞ」
そう言われ、慌てて地面を蹴った。
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彼の体が浮くのが見えた。背負っている赤銅色が、光に反射して夜空の一等星のごとく光る。
谷底があった。ザアザアと川が流れている。土の匂いを思いっきり吸い込んだ。
生きている、と思った。
亀裂——崖の手前で、思いっきり力を入れて飛んだ。体中に衝撃が伝わるよりも先に、体が浮く。
|生命《いのち》を含んだ湿った風が、自分の体に吹きつけた。落とさないように、銃を握りしめる。
向かいの崖の手前に着地する。
前の彼は、とうに走り出している。
全身に風を受ける。
一晩中走り続けたのに、少しも疲れを感じない。
水面のように透明な雲が、小さな二つの点を映し出す。———自分たちだ。
周りの景色が次々と移り変わる。まるで動画のワンシーンだ。
木々の一つ一つを捉えることは もうできない。———どれくらいの速さで疾駆しているのだろう?
気づいたら、見渡す限りの緑の中にいた。
どこまでも広がっている、どこまでへも行ける気がする。
「もう昼だ。」
彼の声が響く。太陽は既に南中し、大地を|隅々《すみずみ》まで照らしていた。
煙の一筋も見えず、ただ澄み切った空気だけが広がっている。
銃を握り、空中へ引き金を引く。パァン、という祭りのような音が響き渡った。
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緑——平原の世界を通り過ぎていく。風が強く吹き抜けた。
列車が停止するときのように、高速で流れていた周りの景色がゆっくりと流れていく。
「———もう、時間だ。」
走る速度を落としながら、彼は告げる。
「お前は帰らなければならない。」
自分のほうを振り向くことなく、立ち止まった。髪が静かに揺られ、表情は分からない。
自分も、走る速度を落とし、立ち止まった。
「私は、お前の未来にいる。」
景色を見渡す。視界に広がっているのは、砂漠のような黄土色の大地だった。
何もかも呑み込むような、静寂の世界。
「お前にその銃をやろう。どのように使っても構わない。」
自分は、手に持っているそれに目を落とした。もう、使うのは慣れている。
「ここは、時空を越えた世界だ。———」
ビュウ、と風が渦巻いた。彼の姿が見えなくなる。
ゴウゴウと音を立てて、辺りは白い光に包まれる。視界が閉ざされた。
体の感覚が消える。白い視界がぐるぐると回る。意識が上昇する。
「———また会おう。」
耳元で、そんな|囁《ささや》き声がした。