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ドラゴンキラーとドラゴンの冒険録
ルミナス王国の冒険者ギルドには、「ドラゴンキラー」という異名を持つ者がいる。|龍《ドラゴン》討伐の依頼しか受けないのだが、段々その依頼も受けてもらえなくなってきた。その理由は単純明快。彼は、強い敵と戦いたいから|龍《ドラゴン》と戦っていたのだが、最近自分が強くなり過ぎて、|下位龍《レッサードラゴン》が雑魚に感じられるようになったのだ。そして、冒険者ギルドのほとんどの|龍《ドラゴン》討伐の依頼は、|下位龍《レッサードラゴン》の討伐依頼。彼は弱い敵とは戦わない。
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ある時、ギルドでこんな話を小耳に挟んだ。
「洞窟に、最強の|龍《ドラゴン》が現れたらしい。その名前は――」
そこまで聞くと、俺はギルドから駆け出していた。名前なんてどうでもいい。
その判断で後で困ることになるとは、思いもよらなかったのだが……。
◆
|龍《ドラゴン》がいる洞窟へと着いた。目の前に大きな岩があり、それ以外は特に何もない。
どこに居るのだろう?
「ヌシ、名前は?」
目の前の岩から声がした。
「よく聞け! 俺の名前は……」
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「シリルだ!」
その声を聞いて、我は驚嘆する。並の者は、封印されているとはいえ、我に近づくと我を畏れ敬うようになるのだ。これ程威勢の良い者は初めてみた。
この者なら……。
そう思いかけて無理だと首を振る。我ですら脱出不可能なのだ、ただの人間に出来るはずがない。
なのに、期待してしまう。何故だろうか。
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話しかけたのだが、返答がない。
「おい! 出て来い!」
八つ当たりで目の前の岩を蹴る。
「威勢の良いことだ。残念ながら、今、我はシリルの前へ姿を表すことが出来ない。この岩に封印されているからな」
「じゃあ、解くなりなんなりすれば良いだろ」
「無理なのだ。我の、この神の力を持ってしても無理なのだ」
「待て、今、神と言ったな」
「ああ」
「じゃあ、|龍《ドラゴン》じゃないのか」
「いいや、違う。我は|龍《ドラゴン》だ」
「さっき神だと言っただろ。嘘をつくな」
そう言って、さっさとこの場から立ち去ろうとすると、慌てたような声が背後から聞こえてきた。
「待て、我は|龍《ドラゴン》であり神でもある。我は神龍なのだ」
神龍といえば、|龍《ドラゴン》系統の最上位種として有名な|龍《ドラゴン》だ。俺の情報にも、神でもあるとあった。
「そうか、じゃあ俺と戦え!」
「封印が解けたらな」
「じゃあ、今すぐ解いてやる」
「無理だ」
「やらないと分からないだろ」
俺が愛用する武器|龍殺剣《ドラゴンキラー》。とても優れた武器で、しかも、|龍《ドラゴン》には威力増大効果がある。魔力媒体としても優れていて、これも|龍《ドラゴン》に威力増大効果がある。
俺が何を言いたいのかというと、これを使って神龍の封印を解こうということだ。
|龍殺剣《ドラゴンキラー》に魔力を纏わせ、封印解除魔法を発動する。
ドゴッと大きな音を立てて、神龍を封じていた岩が呆気なく砕け散る。
中から出て来たのは、白く、どこか気品や神々しさを感じさせる大きな|龍《ドラゴン》だった。
「おお、やっと出られた。これだと少し話しにくいな」
そう言うと、神龍はみるみる縮みだした。それは段々人の形をとっていく。
見た目は15才くらいの少年。純白の髪に金の瞳。服は白を基調としたもので、上は半袖の真っ白なシャツに、何かの革で作られた真っ黒い何ていえば良いのだろう、前がファスナーで留められるようになっているベストを羽織っていて、下は白いズボンを履いている。その上にはローブか何かを着ている。もちろん白い。フード付きのやつ。今は、そのフードを被っていた。
「お前、人化出来たのか」
「勿論」
はあ、こいつといると、何か調子狂うな。
「そういえば、何で封印されたの?」
「ああ、あれは今からおよそ2000年前のことだった――」
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目の前の人間に、全てを語る。
謎の組織 “龍狩り“ に我の仲間が殆ど全て狩られたこと。そして我は、奴らの計画に邪魔な存在であるため、封印されたこと。封印された状態でも、何とか力を振るって、仲間の手助けをしていたこと。
「なるほど。たまに急に|龍《ドラゴン》が強くなると思ったら、あんたの|せい《おかげ》だったってことか」
なに!? あいつも我の仲間を狩っていたのか!?
今すぐ殺したくなったが、とりあえず我慢だ。
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「で? 龍狩りは仕留めないのか?」
「ふん、それが出来ていたらしているさ」
「今は俺がいるから出来るかもしれないぜ」
「ああそうか、じゃあ行くか」
もっと粘るものだと思っていたが、すぐに了承したな。
「よし、案内しろ」
「何故我が案内せねばならぬのだ」
「え? 龍狩りがいる場所を知っているのはお前だけだろ」
「むう、仕方がない。我が案内しよう」
神龍はそれでも不服そうだったが、やるしかないと分かっているのか、仕方なく先導し始めた。
「あと、そのままだと怪しい奴だからな。フードは外しとけよ」
「分かった」
神龍は、フードを外す。
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神龍の案内でやって来たのは、冒険者ギルドだった。
「本当にここなのか?」
「ああ、間違いない。我の同胞の気配を沢山感じる」
ん?それはもしかして……。
「ああ、それは俺が倒した|龍《ドラゴン》の気配だな」
「なんだと!?」
「まあ、そういうことで。他の所を探そう」
「むう、分かった」
神龍はまた不服そうだったが、大人しく先導をしてくれた。
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次にやって来たのは加工工場だった。ここには、俺が倒した|龍《ドラゴン》の素材を卸している。
「ここには、俺が倒した|龍《ドラゴン》の素材を卸している。つまりハズレだ」
「ぐぬぬぬ……」
ついに神龍は文句を言わなくなった。
「また頼む」
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その次にやって来たのは、武具屋だった。
中には|龍《ドラゴン》の素材で作られた武具。
「ここもハズレだ」
いい加減面倒になってきたぞ。
「そろそろ次でアタリを引いてくれよ」
「ふん、それは我も同じ思いだ。ここまでハズレを引いたのは、殆どシリルのせいではないか?」
「気のせいだろ」
「ぐぬぬぬ……」
いきなり神龍が掴みかかってきた。俺は受け止める。が、しかし、神龍の方が膂力があるのですぐに押された。組み伏せられる前に、スルリと抜け、神龍のあごに一発お見舞いする。
「ずるいぞ貴様!」
やべ、神龍を本気で怒らせてしまったようだ。
それから暫く、神龍|と俺は戦い続けた《に俺はボコボコにされた》。
10分後……。
まずい、そろそろ本当に死にそうだ。
「不毛な争いはそろそろやめないか?」
唐突に神龍が言った。いや、お前が始めたんじゃねーか、と言いたいのを堪えて、何とか「ああ」とだけ返した。
「よし」
神龍がそう言うと、攻撃がピタリとやんだ。
「さあ、次の怪しい所へ行くぞ」
神龍は、ボロボロの俺を見て、してやったり、と言うような、そんな笑みを浮かべた。
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さて……。気を取り直して向かった場所は、神龍と初めて会った洞窟付近の森の中だった。
「本当にこんな所にあるのか?」
「ああ、確実にある」
その物言いにどこか違和感を覚えた。ここまで外してきて、こうも自信たっぷりに言えるものだろうか。
もしかして……。
「もしかしてお前、俺で遊んでいたりしないか?」
神龍を睨む。
「何故そう思う?」
途端に、今まで親しみやすい雰囲気を出していた神龍から、すぐにでも平伏したくなる殺気にも似た威圧感が出された。
今まで親しみやすかったが、やはりこいつは俺より上の存在だ。
俺はそれに必死に耐えながら、言葉を紡いだ。
「今まで外して来たのに、ああも自信たっぷりに言えるのか、と思ったからだ」
「ああ、お前の言う通りだ」
神龍がそう言った瞬間、神龍から出ていた威圧感が綺麗さっぱり消え去った。
「なぜこんなことをした?」
俺が問うと、神龍はクッと笑った。
「いや、シリルと共闘することになったからな、シリルの――人間の力がどれほどかと試させてもらった。すまないな」
「いや、いい」
大事なのは、龍狩りを壊滅させること。それ以外のことは正直どうでもいい。
「それで? あとどれぐらいで着く?」
「あともう少しだ」
「そうか」
そこから、言葉は消え去り、俺達は黙々と進んでいく。
やがて、一つの建物が見えて来た。それを見た俺は、思わず叫んでしまった。
「すっげー!!」
と。なぜなら――。
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我を恐れずにものを言えるとはな。やはりこいつは強い。
隣を歩く人間、シリルを見て我は思った。
なのに奴、自分のことを我よりも弱いと思っている。確かに、今の力なら我が勝つだろうが、奴は成長の可能性を秘めている。潜在能力は我より高いだろう。
……こんな奴に|使役《テイム》してもらいたいな。
前、我を|使役《テイム》してやるとか抜かす輩がいた。もちろん八つ裂きにしてくれたが、もう不快な思いはごめんだ。
さて……と。
そろそろ建物が見えて来たぞ。我とシリルは、黙って歩いた。
そして、建物の前へ出た時―。
シリルはいきなり叫んだ。
「すっげー!!」
と。我は「やばい!」と思い、シリルの口を塞いで物陰へ連れ込んだ。シリルはジタバタともがいていたが、やがて大人しくなった。
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なぜなら、その建物は古ぼけた屋敷などではなく、近代的な研究施設のようだったからだ。
俺が目を輝かせていると、突然神龍が俺の口を塞いで来た。そのまま物陰へ連れ込まれる。もごもごともがいてみるも、離してもらえず、大人しくするしかなかった。そうしたら、突然手を離された。
「何するんだよ!」
「すまんな。奴らは音にも敏感でな。あんなに叫ぶとすぐ飛んでくる。多分、もう来ているぞ」
神龍の言葉を受けて、さっきまで俺達がいたところを見ると、あの施設で働いているらしき人が辺りをキョロキョロと見回していた。
……危なかった。
教えてくれた神龍に感謝しよう。
「全く……。そんなんで、よく今まで生き残ってこれたな」
神龍がヤレヤレと呆れていた。
「良いか? こうやって進むんだ」
そう言って、神龍は音を立てずに静かに歩き始めた。
俺はそれを見て、言う。
「無理だろ」
「そうだろうな」
神龍も想定していたようだ。
「だから……。《|音消し《サイレント》 》」
神龍が、急に魔法を発動した。周囲の音が消える。
「これでどうだ?」
神龍は、得意気だ。俺は叫ぶ。
「バカヤロー!周囲の音も聞こえねえじゃねえか!」
そして、「スパーン!」と小気味良い音が幻聴で聞こえるほどの勢いで、神龍の頭を引っ叩いた。
「イテテ……。何をするのだ!」
そして、俺と神龍は、醜い争いを始める。
あとで考えると、とても見苦しかった。
「こうすれば良いのだろう?」
神龍が《|音消し《サイレント》 》の条件を変更する。周囲の音が聞こえるようになった。
……やれば出来るじゃないか。
「さあ、先へ進もう」
神龍は、何事も無かったかのようにそう言って、先に進み始めた。
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侵入者!?
ボクは、いつもは感じない気配を感じた。
すぐに仲間に指示を出し、侵入者を捕まえる準備を整える。
ただ、今回は、一筋縄ではいかないような気がした。いつもは一人で来る|神龍《兄さん》が、仲間を連れて来ていたから。
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「なあ、おかしくないか?」
隣を歩く神龍に、俺はそう尋ねる。
「何が?」
「こんなに派手に進んでいるのに、誰も来ない。俺達は誘われているんじゃないか?」
「そうかもな。で?我にどうしろと?」
「取り敢えず、周りを警戒しながら進もう」
「分かった」
その会話がフラグになったのか、
「見つけたぞ!」
と、沢山の敵がやって来た。
「どうする?」
「倒すしかなかろう」
「分かった」
俺と神龍は、同時に動く。
「《|火炎大嵐《ファイアストーム》 》!」
「《|雷光《ライトニング》 》」
俺が炎魔法を、神龍が雷魔法を放つ。魔法の余波で、建物が一部吹っ飛んだ。
敵は全員倒れた――はずだった。
一人、無傷で立っている者がいる。
……あり得ない。
神龍の魔力はとても高く、俺の魔力もそこそこ高い。そんな俺達が同時に放った一撃を魔法障壁も張らずに受けて、無傷で立っているなんて、尋常じゃない。
しかも、彼は少年だった。白い髪に、赤い瞳。服は、神龍とは真逆の色で、黒いフード付きのローブを着ている。
少年が口を開いた。
「っはぁ、危なかった〜。君達には何か嫌な予感がしてね、こうしてボクが出て来たんだけど……。今の攻撃は、防がないとヤバかったね。多分、建物が全部吹っ飛んでいたよ」
彼は、そう言って楽しそうに笑い始めた。
俺と神龍は眉をひそめる。
「さあ、かかっておいで。ボクが龍狩りのリーダーだよ」
「く……」
神龍が、戦うことを躊躇している。
何故だろう?
「どうした?」
神龍に聞く。
「我は、今までシリルに話していなかったことがあるのだ」
ここまで来て、まだ話していないことがあるとは……。
「何だ?言うなら早く言え」
「ああ。あれは今から2000年と少し前のこと――」
神龍は語る――。
「我には弟がいる。弟は、|子龍《こども》の頃から人を疑うことを知らない、所謂『良い子』だった。大きくなって、人間と契約にし、|使役《テイム》されるようになって、何度裏切られても、人間を信じることをやめなかった」
神龍は、そこで一旦言葉を切る。
「………………………………ある時までは。
その時、我と弟の|主人《マスター》は対立していてな、本当は戦いたくなかった我らは、|主人《マスター》の強制命令で無理矢理戦わされた。そしてその挙句…………弟は裏切られた。今回は弟もかなりきつかったのだろうな、弟は闇に…………………………………堕ちてしまった。そして弟は邪龍となり、我は神龍となった」
「そうか」
俺が言い、目の前の|敵《龍狩りのボス》に向き合う。
「待て、まだ続きがある」
俺の返事を聞く前に勝手に話し始めてしまった。
「その後、弟は、龍狩りという組織を作り、|龍《ドラゴン》を狩り始めた」
じゃあ、今、俺の目の前に立っているのが……。
「我の弟だ」
そっか、だから戦いたくなさそうだったのか。
何とかして、元の|龍《ドラゴン》に戻せないのだろうか。
少し考えてみたが無理そうだ。そもそも前例が存在しないのだから。
戦うしかないか。
そんな、諦めにも似た感情とともに、神龍の弟と戦う決意を固める。
「お前は休んどけ」
は……? 何で?
「何でだよ」
---
「これは我と弟の問題。部外者のシリルは引っ込んでいろ」
わざと、突き放すように言った。
シリルはきっと傷付いただろうな、とは思いながらも、謝る気は全くない。
これ以上、関係がない我の為に、シリルが戦って傷付く必要はない。
「じゃあな」
そう言って、我は弟に向かい合う。闇に堕ちてしまった弟を、今度こそ倒す。
そんな決意を胸に抱きながら。
---
何で、そんなこと言うんだよ、神龍!
そう叫びたかったけど、叫べなかった。頭ではそう考えていても、心は違う。今、俺の心は、深く、深く傷付いていた。
「何で、何で……そんなこと言うんだよ!俺達は仲間だろ!」
辛うじて言えたのはたったそれだけ。何かが変わるとも思っていなかった。
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「仲間」。その言葉を聞いて、決意が少し揺らいだ。
頼っても良いのだろうか。たとえ、死んでしまうとしても。
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「クククッ…………」
龍狩りのボス――神龍の弟から笑い声が漏れる。
「何が面白い?」
神龍の低い声が響く。
「全部」
まだ笑い声は止まらない。
「今までは手加減していたが……。お前は|ドラゴン《我等》の敵だ。今回は本気で排除する」
神龍の目は、覚悟を決めた者特有の、力強い輝きを放っていた。
「やっと本気で相手をしてくれるんだね。じゃあボクも、本気で行くよ!」
邪龍は嗤う。彼の周りに魔力が集っていき、次第にそれは、邪悪な色をした魔力弾を形作る。
「本気で受け止めないと、死ぬよ」
魔力弾が放たれた。俺達の方へ。神龍は自分の魔力をぶつけて相殺し、俺は|龍殺剣《ドラゴンキラー》で切り刻む。
そうして何とか全ての魔力弾の処理を終えた俺達に、邪龍は話し始める。
「よくボクの魔力弾を受け止めたね。お礼にとっておきを見せてあげる」
邪龍はそう言うと、床を蹴って宙に飛び上がった。
何をするのかと訝しむ俺達の耳に、その声は届く。
「邪龍顕現」
たったそれだけの言葉で、周囲に禍々しい魔力が渦巻き、その魔力に|中《あ》てられて、小動物が死に絶える。
その魔力の中心に居るモノは……巨大な漆黒の|龍《ドラゴン》。邪龍だった。
すぐさま神龍も、「神龍顕現」と呟き、巨大な白い|龍《ドラゴン》となった。
「|龍《ドラゴン》を守る為……。たとえ弟だろうと容赦はしない。お前は必ず殺す!」
そして、神龍は咆哮する。
「出来るのかい?今までボクを殺すどころか追い詰める事すら出来なかったのに?」
邪龍は、神龍を嘲笑う。
「じゃあ、まずは――」
「力比べをしよう」
2体が同時に動き、衝突した。空気がビリビリと揺れ、俺達は気圧されて動くことが出来ない。
2体の力は同等。どちらも前進することも後退することもなく、その場から一歩も動かずに組み合っていた。ただし、力を抜いているという訳ではなく、お互い全力を出しているが、膂力がほぼ同じで相手より優位になれないだけだ。つまり、どちらかが少しでも力を抜けば、この状況は崩れる。
う〜ん。やっぱりどうにかして邪龍を救えないだろうか。
あ、こうすれば……。
現状の最善手が見えた気がする。早速神龍に教えよう。
俺は、神龍に話し掛ける。
「なあ、神龍」
「何だ?」
気を抜けない勝負の途中なので、集中を乱されたくない神龍の声は少し不機嫌そうだ。
神龍に、さっき思い付いた作戦を伝える。
「俺が――して、神龍が――すれば……」
「成程、それで我の弟を殺さずに済みそうだな」
「ああ」
「じゃあ、あとはやるだけだ」
神龍から離れて、邪龍に少し近づく。
「|水球《アクアボール》」
邪龍に向けて魔法を放つ。もちろん、倒すためじゃない。邪龍の気を引くためだ。
「何?」
邪龍が俺の方を向いた。成功だ。
「ねえ、兄さん。こいつ、|人間《雑魚》のくせにそのことを分かっていないみたいだね。ボクが体に分からせてあげる」
「やってくれるのか?丁度我も、その人間が邪魔だったからな。助かる」
「良いよ、良いよ、そんなこと」
邪龍は、俺の方に向き直る。
「さて……。君、|人間《雑魚》のくせにボクにちょっかいを出すなんて、どうなるか分かってるのかな?当然その覚悟はあるよね?」
今、だな。
俺は「破邪」スキルを発動し、その効果を|龍殺剣《ドラゴンキラー》に乗せる。さら
に、神龍が神気を上乗せする。
そして、邪龍の魂と、魂に付いている邪気の境目を見極め、そこを斬る。
「はぁっ!」
「がっ……」
---
シリルが破邪スキルを発動した。我は言われていた通りに神気を上乗せする。
その姿はまるで――。
「龍、――」
そう、あの方にそっくりだった。
シリルが邪龍を斬る。
結果も大事だけれど、今はどうでも良い。
それくらい、今のシリルの姿が印象的だった。
---
成功した。邪龍から、邪気が流れ出ていく。
邪龍と神龍は人型になった。
「ボクの|力《邪気》が……流れていく。止まらない……」
本人もそう言っているしね。
「どうしよう……このままじゃ……」
「何か起こるのか?」
「うん。多分、このままだと、ボクから漏れ出た邪気が集まって爆発する」
「な……!」
「爆発!?」
「そうならないように頑張ってみるつもりだけど……」
邪龍がスキルを発動する。
「『邪気支配』」
邪気支配で邪気を操り、一部消した。それでも、まだ7割くらい残っている。
仕方ない、俺の破邪で消そう。
そう思い、破邪を発動しようとしたのだが……。無かった。スキル自体が。代わりに、破邪顕正という新しいスキルを手に入れていた。
「『破邪顕正』」
これで場にあった全ての邪気がなくなった。
「シリルよ、今までありがとう」
「ボクからもお礼を言うよ」
2人から口々にお礼を言われた。
「じゃあな」
「ああ」
「またねー」
別れの挨拶をする。
そして俺は――、
元の日常に戻った。
---
いつもと変わらない日常。
しかし、一つだけ、変わった所がある。
それは――。
「シリルー!」
「遊びに来てやったぞ」
そう、たまに神龍達が遊びに来るようになったのだ。
「今日はボク達の真名を教える日だったよね」
「ああ」
モンスターは、基本は自分の真名を他人に教えない。不用意に教えると、操られる恐れがある為だ。
それを今日教えてくれるというんだから、俺があの2人にどれだけ信用されているか分かるだろう。
「じゃあ言うよ。ボクの真名は、セルレディプト」
「我の真名は、シンレディプトだ」
「シンレディプトと、セルレディプトだな」
「長いから、ボクのことはセルって呼んで」
「我の事はシンと呼んで良いぞ」
「じゃあ、改めて宜しくな。シン、セル」
「ああ」
「うん」
こうして。
ドラゴンキラーと呼ばれた俺は、ドラゴンと仲良くなり、その真名を教えてもらった。