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昇天
ハイリスクレッド
ショート・ショートストーリー✍ 3
Ascension
☆
『成年女子、形の部、決勝戦をおこないます』
アナウンスがアリーナに響く。
『赤、○○選手、●●県』
『青、△△選手、▲▲県』
センターコートに純白の空手着に赤帯と青帯を締め対峙する両選手をスポットライトが照らし出す。
観客席から両選手に応援の声が飛ぶ。
コート記録席前に審判員五名が横一列に並んでいる。
中央の審判員が声を出す。
「正面」
対峙していた両選手が左へ、右へと体勢を変える。
「礼」
両選手が右へ、左へと体勢を戻す。
「おたがいに、礼」
両選手、審判員五名がコート中央へ向かい礼をする。
審判員五名が審判員席へと移動する。
両選手が呼び込み待機位置へと移動する。
コート記録席の一名が立ち上がり声を出す。
「赤、○○選手」
「はい」
赤の選手の声が凛とアリーナに響き渡る。
「青、○○選手」
「はいぃ」
青の選手の力を込めた声がアリーナに谺する。
コートの内外を示すラインに沿って両選手が歩み寄る。
間合い180センチで向き合い足を止める。
両選手が右へ、左へと体勢を変えコート中央へ向かい礼をする。
両選手が左へ、右へと体勢を戻し、お互いに礼をする。
赤の選手が前に足を二歩進める。
青の選手が後ろへと足を進め待機位置へと移動する。
赤の選手が右へ向き直りコート内へと足を進める。
形演武開始位置へと足を進める。
結び立ちとなり、両手を体側に置き、礼をする。
礼を終え正面を見据えた赤の選手の瞳が鋭く煌めく。
刹那、空気を切り裂く声がアリーナに響き渡る。
「スーパー リンペイ」
赤の選手の演武形の名を耳にした観客席が一斉に視線を集中し無音と化す。
赤の選手の両手が身体の前へ動き、右手の平と左手の甲が重なり、空かさず両体側へ戻される。
同時に両足の踵が左右に開き三戦立ちへと変わる。
スッ、と左足が半月を画き一足前へ出される。
同時に両腕が水月の前で交差されてから内受けの位置で構えられる。
サッ、と右腕が右脇体側へ引かれる。
シュ、と右拳が突き出される。
パン、と極められ、スッ、と内受けに戻される。
スッ、と右足が半月を画き一足前へ出される。
サッ、と左腕が左脇体側へ引かれる。
シュ、と左拳が突き出される。
パン、と極められ、スッ、と内受けに戻される。
サッ、スッ、シュ、パン、突きと受けの極めと衣擦れの音が繰り返され形が構成されてゆく。
形の構成がクライマックスへ達する。
アィイー!
気魄あふれる凛々しい気合がアリーナ内全ての空気を揺るがす。
優雅にして、鬼神が如くの演武が終わり、結び立ちの姿勢と戻る。
赤の選手は僅かも呼吸を乱すことなく礼をする。
観客席から息がもれると同時に万雷の拍手がアリーナを包み込む。
赤の選手は後退りコート外へと足を進めた。
コート記録席の一名が立ち上がり声を出す。
「青、△△選手」
「はいぃ」
と、返事をする。
青の選手が、赤の選手と同じ所作をおこない形の演武を開始する。
☆
観客席の最上より席間の通路を降る。
観客席フロアからロビーへ出る扉へと向かう。
扉の手前で、一人男性に声をかけられた。
見覚えのある顔ではあったが、名前までは思い出させなかった。
「お久しぶりですね」
「はい」と、頷く。
「どれくらいになりますか」
と、問われる。
「三年、ですかね」
男性は、うん、と頷くと視線を試合コートへと動かす。
「良い選手になりましたね彼女」
と、視線の先には勝者のコールを受けている赤の選手がいる。
「はい」
「御指導なされていたのでしょ」
「はい、基本の時期だけですが」
と、返事をする。
「いえ、いえ、基本が良くなければ大輪の華は咲きませんよ」
「ありがとうございます」
失礼します。頭を下げ、一礼し扉を開け、ロビーへと出た。
ロビーを通り過ぎ屋外へと出る扉へ向かった。
扉の手前の通路から彼女が現れた。
たった今、成年女子形の部で勝利し優勝した赤の選手だ。
純白の空手着の上に県代表のジャージを羽織っている。
所どころ白く解れのある懐かしい見覚えのある黒帯を今は腰に締めている。
無意識に自分の腰の辺りを撫でてみる。
彼女が頭を下げ、少し不安気に言葉を出してくる。
「見てくれましたか」
うん、と頷く。
「嬉しいです」
と、八重歯をのぞかせ微笑む。
「おめでとう」
と、声を出す。
「ありがとうございます」
と、言いさらに言葉を続ける。
「でも、まだ、ミニ国スポですから」
その言葉に、うん、と頷きながら声を出す。
「全国国スポへの切符は手にしたんだから、おめでとう、だよ」
「はい、ですね」
と、彼女は答え改めて微笑む。
しばらく見つめ合うと彼女は近づいて来て、尋ねてくる。
「まだ、時間、大丈夫ですか」
うん、と頷く。
彼女が左側へ寄り添ってくる。
彼女の右手が左手に触れくる。
手を繋ぎ、指を絡めてくる。
恋人つなぎ、に絡めてくる。
手の平から、指の間から、温もりが伝わってくる。
心のわだかまりが、魂の凝りが弛みゆく。
彼女が足を進める。
それに合わせて足を進める。
屋外への扉を出て木陰へのベンチへと向かった。
手を繋ぎ、指を絡めたままベンチへ並んで腰を降ろす。
「昨年、一昨年も出てるんですよ」
彼女の声に、うん、と頷きながら声を出す。
「東京と長崎だね」
「知ってたんだ」
「情報のあふれてる時代だからね」
「さすが」と、微笑み肩を寄せてくる。
触れ合った肩から温もりが伝わってくる。
心と魂の芯が弛んでゆく。
そのまま言葉もないまま、肩を寄せあったまま、時間が進んでゆく。
いくら時間が経ったのかは定かではなかった。
身体の芯が僅かに軽くなる。
何気も無く天を見上げた。
「そろそろ時間ですか」
彼女の言葉に頷く様にうつむく。
「ずっと、ずっと、見ててくださいね」
彼女の言葉にうつむいていた顔をあげる。
「うちのこと見守っててよ」
くだけた、彼女の言葉に苦笑いを向けた。
繋いだ手の平の温もりが薄れてゆく。
絡めた指の間の温もりが薄れてゆく。
触れ合った肩の温もりが薄れてゆく。
繋いだ手の平が、絡めた指の間が、透けてゆく。
「さようなら」と、唇を動かした。
彼女の耳に届いたのかはわからなかった。
ふうっと浮き上がり開放感を意識した。
彼女は顔を上げ天を見上げつぶやいた。
「さようなら、は一番嫌いな言葉だって言ったくせに」
彼女の瞳から一筋の雫が光り流れた。
流れた雫は彼女の締めている黒帯に落ち染み込んでゆく。
彼女の手が黒帯をそっと撫でた。
その日、実家では、僕の三回忌の法要が行われていた。
Ascension(昇天)
魂が天へ昇る。と言う事。
終。