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おうぎポエム
「駿河先輩、百人一首って言えます?」
「唐突だな」
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現在私と扇君は下校中である。私は軽く走りながら、扇君は自転車を漕ぎながら話している。
「百人一首か…あんまり覚えてないな」
「でしょうね。そうだろうと思いました」
いささか先輩を馬鹿にした物言いである事は
置いておいて、扇君は自転車を漕ぎながらそれについて喋り始めた。
「例えば百人一首の3番目であるあしびきの…」
「百人一首に番号なんてあったっけ?」
「ありますよ。そんな事も忘れてるなんて…
駿河先輩を慕っているとは言え、ちょっと…」
扇君は少し目を細め、私に引いたみたいな顔をこちらに向けてくる。ついでに口元に手を添えて。少しムッとしたが、それも一瞬だった。扇君はすぐに正面を向き、手をハンドルに戻す。
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「それで、あしびきの山鳥の尾のしだり尾の、
長々し夜をひとりかも寝む、にはこんなにも
長い夜を私はまた、ひとり寂しく寝るのだろうか、っていう意味があるんですよ」
「…ふぅん。で、何が言いたいんだ扇君」
「僕に言わせるんですか、それ。先輩も物好きな人だなぁ流石変態」
扇君は照れたように手を頬に当てて、きゃっ
なんて声が聞こえてきそうなポーズをとった。
いや、ハンドルちゃんと握れよ。
さっきも思ってたけど危なっかしいな。
「駿河先輩の家、行かせてくださいよ。その
まま流れでベットインからのゴールインでも
いいですが」
いつのまにか扇君はハンドルをしっかりと
握っていた。ほんとにいつのまに…?ていうか何だよベットインからのゴールインって。
やることやってんじゃ無いよ。私はもっと誠実な方がいいというのに。それにしてもよくそんなヘラヘラとしながら言えるものだ。
「随分とはっきり言ったな。さっきまで
回りくどい言い方していたというのに。
あと君とゴールインもベットインもしない!」
「回りくどいとは失礼な。雅な伝え方
でしょう?和歌で伝えるなんて」
「まぁそうかもな…?」
「それとも何ですか?あしびきじゃあロマン
チックじゃないって事ですか?しょうがない
先輩だなぁ全く」
しょうがないとはなんだよ失礼な奴だな。
失礼系の後輩すぎるだろ。羽川先輩の更生
プログラムを受けて欲しい。そんな事を考えている間に扇君は私の前方に回り込んで、いつかのバック走をし始めた。本当にそれ、
どうやっているんだ?
「わびぬれば今はた同じ難波なる、
身をつくしても 逢はむとぞ思ふ」
割とそれっぽい雰囲気出しながら言ってきた。
ちょっと気持ちぐらついちゃうだろ!しかも
何でその句なんだよ?!ほぼプロポーズだろ!
……先輩を誑かしおってからに。
「……忘らるる…」
「なんだ、覚えてるじゃないですか。しっかし忘らるるって。凄く遠回しな言い方じゃない
ですか。しかも僕が駿河先輩の事忘れるとでも言いたげな句を選択したようですけど」
忘れる訳ないでしょう?将来結婚するん
だから、忘れたら大問題ですよ
ぱちっとウインクを決めてくる。
あぁもう。腹が立つぐらいには顔がいいから
それにドキッとする。心なしか顔が熱い気も
してきた。赤くなってないかな…
「そんな予定無いわ!ほんとにこの子は……」
「駿河先輩」
扇君がしっかりと、はっきりと私の名前を
呼ぶ。しっかりと。
もろともに あはれと思へ 。
「……考えておくよ」
天つ風 雲の通い路 吹きとぢよ