公開中
大人の第一歩 1
オリキャラの緑という人物が出てきます!
ご了承ください…
キャラ崩壊してます!
こちらもご了承ください…
第一章:初期衣装からの脱却
---
「若〜、その服、ソシャゲの初期衣装みたいなんで課金した方がいいですよ〜!」
一ヶ月ほど前の、よく晴れた土曜日だった。
ちょっとした用事で外出ようとしたコオリの背中に投げかけられた、礼のあの気の抜けた、しかし妙に芯のある声。
上が白い半袖のTシャツに、下がジャストサイズのジーパン。
無駄な装飾が一切ない、極めてシンプルかつ無難な服装。
それが礼の目には、サービス開始直後のゲームでプレイヤーに最初に与えられる「初期アバター」のように映ったらしい。
「……なぁ、礼」
ある日の午後、リビングのソファで気怠げに雑誌をめくっていた礼に向けて、コオリは恨めしそうな視線を送った。
「何ですか、若」
「お前のあの『ソシャゲの初期衣装』っていうセリフ、いまだに耳から離れないんだけど。呪いか何かか?」
礼は雑誌から顔を上げ、不思議そうに瞬きをした。
「若、それまだ覚えてたんですか? 物持ちが良いというか、根に持つタイプというか……。でも事実ですしね。あの時の若からは『チュートリアル中』のオーラがひしひしと出ていましたよ」
「チュートリアルって言うな! 服なんて着られれば何でもいいだろ!」
二人の不毛な言い合いを聞きつけたのか、紅茶を飲みながら本を読んでいた和子が、読んでいた歴史小説のページにしおりをはさみ「ぱた」としめた。
「うん、君はもっと私服の時でもおしゃれをしたほうがいい」
「和子まで!どうすればいいんだよ!」
頭を抱えて叫ぶコオリに、礼は「やれやれ」と肩をすくめる。
「考えてください。自分の身だしなみくらい、自分でプロデュースするものです」
「それが分かんないから初期衣装のままなんだよ!」
理不尽な評価に憤慨するコオリを見つめながら、和子は顎に手を当てて少し考え込んだ。
そして、思いついたようにコオリの耳元を指差す。
「手始めにピアスを開けたらどうだ?」
「は? ピアス?」
突拍子もない提案に、コオリは目を丸くした。
「それがいいんやないんですか?」
その時、部屋の扉が開き、京都弁のイントネーションと共にほまれが入ってきた。すっきりとしたショートカットの髪を揺らしながら、彼女はコオリの顔を覗き込む。
「男の人のピアス、うちは結構格好いいと思いますよ。ちょっと垢抜けるっていうか、初期衣装から一気に『限定スキン』にクラスチェンジやね」
「ほまれまでソシャゲに例えるな……。っていうか、そんな簡単に開けられるもんじゃないだろ。痛そうだし」
身を引くコオリの後ろから、今度は大柄な権之助が現れた。
「痛いって、若。俺だって開けてるよ? 後、ここのみんな開けてるよ?」
「え、開けるってどこに?」
「私は両耳だ。」
「うちも日の御子様と同じで」
「僕は右耳の耳たぶと軟骨に」
「俺は、軟骨だけ〜」
和子は小さなパールのフックピアス、ほまれは銀色のシンプルなスタッドピアス、礼は軟骨にチェーンと黒いスダッドピアス、権之助は軟骨だけって言ってるくせにインダストリアルとチェーン。インダストリアルは礼も左耳につけてある。男子グループは意外とゴリゴリだった…
「ほら、若。覚悟を決めてください」
礼がどこからか取り出したのは、未開封のピアッサーだった。なぜそんなものが常備されているのかは謎だが、礼の目は完全に獲物を追い詰めた猛獣のそれだった。
「おい待て、礼! なんでそんなもの持ってる!?」
「若をおしゃれにするための先行投資です。さあ、耳を出してください」
「いやいやいや! 無理無理!」
ジリジリと間合いを詰めてくる礼に、コオリはソファの端へと追い詰められる。
まさに「あける直前」の緊迫した空気が部屋を満たした。
「緊張しすぎて気絶する人いるみたいですけど? そんなことにならないでくださいね?」
「脅すな! 余計に怖くなるだろ!」
「大丈夫ですよ、一瞬です。カチンと音がした時には、若は新しい世界に旅立っています」
「頼むから現実世界に置いておいてくれ!」
---
第二章:氷と針
「和子ちゃんなかなかワイルドやな〜。普通、氷で神経麻痺させてから開けるのにそのままでやりよる」
ドタバタと騒ぎ立てるリビングのドアが再び開き、ひょっこりと顔を出したのは緑だった。
中性的な顔立ちに、きれいに整えられたショートヘア。女子と見紛うような雰囲気を纏った緑は、コオリの耳たぶをじっと見つめる和子とピアッサーを構える礼の姿を見て、くすくすと笑った。
(ちなみに緑も左に軟骨とインダストリアルの位置と耳たぶに、右に軟骨とアンテナヘリックスの位置と耳たぶにガッツリ穴を開けている。)
「緑! 助けてくれ、こいつら、俺の耳に穴を開けようとしてるんだ!」
助けを求めるコオリに、緑は人外の荒業を見たかのように目を丸くして和子を振り返った。
「ええ〜? 和子ちゃん、冷やしもせずに行こうとしてたの? なかなかワイルドやな〜。普通、氷で神経麻痺させてから開けるのに、そのままでやったら流石に若が泣いちゃうよ?」
「……あ、そうか、冷やすのを忘れていた」
和子はぽんと手を叩き、悪びれもせずにキッチンへと引き返していった。
「忘れてたってレベルじゃないだろ! 麻酔なしで手術する気か!」
「大丈夫ですって、若。痛覚なんて気の持ちようですから」
礼が冷酷な笑みを浮かべる。
やがて和子が、保冷剤をいくつかタオルに包んで戻ってきた。
「ほら、コオリくん。これを耳に当てていろ」
「うう……もう逃げられないのか……」
諦めたコオリは、観念して冷たいタオルを左の耳たぶに押し当てた。
じわじわと感覚がなくなっていく耳。冷たさを通り越して、感覚が鈍麻していく。
「どうだ? 感覚はなくなったか?」
和子が尋ねる。
「……うん、なんか、自分の耳じゃないみたいだ」
「よし、じゃあ行くぞ。礼くん、位置を固定しろ」
「了解しました。若、動かないでくださいね。斜めに入ると面倒ですから」
権之助が後ろからコオリの肩をがっちりと固定する。権之助は足の方が特化してるから動けるけど、ミスったら痛いと思うとビクとも動けない。
「ちょっと待って、本当に気絶しない? 俺、大丈夫?」
「若、大丈夫か〜?」
「吸ってー、吐いてー、はい止めて」
礼の冷徹な声が響いた瞬間。
**――カシャコンッ!!**
プラスチックが強く弾ける、独特の鋭い音が室内に響き渡った。
「…………へ?」
コオリは目をつぶっていた。痛みが来る、と身構えていた。
しかし、襲ってきたのは鈍い衝撃だけで、想像していたような激痛はなかった。
ゆっくりと目をあけると、礼が満足そうに頷きながらピアッサーを引き離していた。
「終わりましたよ、若。ほら」
緑が手鏡をコオリの目の前に差し出す。
鏡の中の自分の左耳には、シンプルな医療用ステンレスの、小さなファーストピアスがしっかりと収まっていた。
「痛く……ない?」
「そりゃあ、ちゃんと冷やしましたからね。でも、これから少し熱を持ってきますよ」
ほまれが心配そうに、でもどこか楽しそうに覗き込んでくる。
「これで若も、初期衣装から一歩前進ですね」
礼がパチパチと小さな拍手を送る。コオリは鏡に映る自分の耳を、不思議な気持ちで見つめ続けるしかなかった。
---
第三章:ホールの居る日常
ピアスを開けてから、コオリの日常は少しだけ変わった。
ファーストピアスは、ホールが安定するまでの約一ヶ月間、入浴時も就寝時も外してはならないという鉄の掟がある。
「若、お風呂上がりはちゃんと耳の周りの水分を拭き取ってくださいね。雑菌が入ると腫れますから」
「分かってるよ。毎日綿棒でそっと拭いてる」
洗面所で鏡を見ながら、コオリは指示通りにケアをしていた。
最初の数日間は、寝返りを打つたびに枕に擦れて「痛っ」となることもあったが、二週間も経てばそれもなくなった。ただ耳たぶに小さな金属の塊があるだけ。なのに、不思議と背筋が伸びるような感覚があった。
「コオリくん、調子はどうだ?」
リビングで紅茶を飲んで本を読んでいた和子が声をかけてきた。
「あ、和子。うん、全然。腫れてないし、痛くもない。もうすっかり馴染んだ気がする」
「そうか。ならば、そろそろ次のステップだな」
和子はポケットから、小さな小さな透明なケースを取り出した。
「これは?」
「セカンドピアスだ。そろそろ一ヶ月が経つだろう。ファーストピアスを卒業して、自分の好きなピアスを着ける時が来た」
ケースの中には、和子が選んだという、深いレッドの小さな一粒パールのピアスが入っていた。
「あ……綺麗だな」
「君の髪色や、よく着ている白いTシャツにも映えると思ってな。目の色に合わせた。礼くんの言う『初期衣装』に、ワンポイントのアクセントだ」
和子が珍しく、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「あ、和子ちゃんセンスいいね。」
いつの間にか背後にいた緑が、ケースを覗き込んで珍しく驚いた声を出した。
「若、今すぐつけますか?まだ、ファーストピアスのままでいいですか?」
緑がそう聞いてきた
「え、せっかくなら変えたいけど自分で外すの? 怖いんだけど」
「じゃあ手伝いますよ。まず、ファーストピアスのキャッチを外して……」
緑の手先は器用だった。コオリの耳たぶを優しく固定し、固くなっていたファーストピアスのキャッチをパチンと外す。
「じゃあ、この赤色のやつ、通すよ? 息吐いてね」
「うん……」
すっと、滑り込むように新しいピアスがホールを通った。
痛敏な感覚はなく、ただ心地よい冷たさが耳たぶを貫いた。
「できましたよ、見てください。」
緑に促されて鏡の前に立つ。
いつもの、上が白い半袖に、下がジーパンのコオリがそこにいた。
しかし、左耳で小さく輝く深いレッドのピアスが、全体の色調を引き締めているように見えた。ただの「無難な服」が、どこか「意図されたシンプルさ」に見えるから不思議だ。
---
第四章:限定スキンの若
その日の夕方。用事を済ませてリビングに戻ってきた礼は、ソファに座って本を読んでいるコオリの姿を見て、ピタリと足を止めた。
コオリの耳元で、部屋の照明を受けてきらりと光る、赤い輝き。
「……ほう」
礼は感心したように声を漏らし、コオリに近づいた。
「若、セカンドピアスに変えたんですね」
「あ、ああ。和子が選んでくれて、緑が着け替えてくれたんだ。どうだ? まだ初期衣装に見えるか?」
コオリは少し得意げに、でもどこか照れくさそうに笑った。
礼は腕を組み、真剣な目付きでコオリの耳元と全体のバランスを値踏みするように見つめた。そして、ふっと満足そうに微笑む。
「いいえ。初期衣装に『課金アイテムの限定イヤーアクセサリー』を装備した感じですね。ステータスが少し上がって見えます」
「結局ソシャゲかよ!」
コオリのツッコミに、部屋にいた全員がドッと沸いた。
「ええやん、若。すっごい似合ってますよ?」
ほまれがキッチンからおやつを持ってきながら、目を細める。
「これで若も、立派なおしゃれの仲間入りだね〜、今度は俺がもっとイカついピアスをプレゼントしようか?」
権之助がコオリの肩を叩き、コオリは「それはまだ早い!」と苦笑いした。
耳元にある、小さな、けれど確かな変化。
たった一個の穴を開けただけなのに、世界が少しだけ鮮やかに見えるような気がしていた。
「ありがとな、みんな」
コオリが小さく呟くと、礼はいつものトーンで言った。
「どういたしまして。さあ若、次は『アウター』の課金(買い物)に行きますよ。初期衣装のTシャツから、そろそろイベント限定のジャケットに着替えましょう!」
「おい、俺の財布のライフはゼロだぞ!」
賑やかな笑い声が、今日も彼らの日常を優しく包み込んでいく。
コオリの耳元で、赤い優しい色を蓄えた、太陽のようなピアスが、その笑い声に合わせて優しく煌めいていた。
この作品を読んでくれてありがとうございます!
まだまだ続かせようと思いますので、よろしくお願いします!