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シガー・キスで咽る
ふわり、と冷たい風が頬骨を撫でる。ハイネックを着ているにしても、やはり夜風は寒い。
そう思いながら、マーダーはベランダの手すりに寄り掛かる。
「......お前もいたんだな」
そして、ふと横を見て、同じくベランダで夜空を見上げていた先客に話しかけた。
「__キラー」
名前を呼ぶと、先客...キラーは顔だけをこちらに向けて、相変わらずの笑顔を浮かべた。
夜12時。この家の住人は寝静まった時間。
二人_マーダーとキラー_は度々部屋を抜け出て、少しの間を共に過ごすことが多かった。昼間はいがみ合っているが、夜のこの時間だけは、どちらも嫌いではないのだ。
「今日も寝られないのー?」
けらけらとからかうように、キラーはマーダーに話しかける。そんな彼を少し睨みながら、マーダーは返した。
「ここにいるのが答えだろ」
「......それもそうだね」
それだけ聞くと、キラーは柵に腕を乗せて、マーダーは柵に背をあずけ、それぞれ物思いに耽った。
ただただ一緒に、夜の数時間(短いと数十分)を過ごすこの関係が始まったのは、果たしていつからだったか。理由も覚えていないのに、このおかしな関係が続いているのは、二人が夜寝られないことが原因だった。
キラーとマーダーは似た者同士なのだ。同じく大切だった仲間を殺し、同じくその罪に度々苦しめられている。そのせいで夜寝られないのも、そのせいでこんな組織にいるのも。全部。全部。ただ一点だけ違うのは、キラーは自身の楽しみのために仲間を殺し、マーダーは仲間を守るために殺したということだけだ。
Lvのせいか、はたまた別のことか、とても強いはずなのに、心のどこかが面白いほど弱くて仕方ない。二人は、ひどく似た者同士なのだ。
......もちろん、当人達は認めようとはしないのだが。
そんな訳で、二人は寝付けない夜がある度にベランダに出て、しばらくじかんを 共にするのだ。
カチリと音がした。
「...?」
マーダーが音のした方を見ると、キラーが煙草に火をつけている。思わず、その手元に目をやってしまった。
じわっと火が移り、煙草の先端を焦がしていく。橙色の火が、もう二度と見れない星を想起させた。
「...っ、はぁ」
キラーは煙草をくわえ、息を吸って、吐く。随分軽くなったその煙に苦笑して、マーダーを見た。
「マーダーも吸う?」
箱から煙草を一本取り出し、マーダーに差し出すキラー。
「......あぁ...、貰うぜ」
断る理由もないだろう。
そう考えたマーダーはその煙草を受けとった。そしてそれをくわえるが、火をつけるライターを貰っていないことに気付く。
「なぁ、ライターも」
『貸してくれ』。言い終わる前に、ぐっと腕を引っ張られた。
キラーの顔が、間近に迫る。
マーダーが少し緊張していると、キラーが己の煙草をマーダーのに近づけ、火を移した。
所詮、シガーキス。それにしては甘くもなく、優しくもなかった。
火が移ったのを確認すると、キラーはすっと離れ、悪戯が成功した子供のように笑った。
「あは、シガーキス。どう?ドキドキした?」
「っ、別に、火ィ、ありがとな」
ちょっとでも意識した自分がなんだか恥ずかしく思えて、マーダーは煙草を外し、ふいと顔を逸らす。
「えー何?図星?おもしろ」
『こっち向いて』とほざくキラーに肩を捕まれ、無理矢理向き合わされる。火を貰ったばかりの煙草は地面に落ちてしまった。もう、火は消えてしまっただろう。
「んふ、そっちの方がいい顔だよ」
「はぁ?」
一体自分は、どんな顔をしているというのだろうか。生憎ここに鏡はないため、マーダーに知る術はない。
頭に疑問符を浮かべているマーダーをよそに、キラーはもう一度煙草をくわえ直し、息を吸う。そして、マーダーにその煙を吹き掛けた。
「っは!?...げほっ、けむっ......」
煙を吸ったマーダーは軽く咳込む。その様子を見ながら、キラーは自身の煙草を灰皿にこすりつけた。
「ね、マーダー」
短く名前を呼ぶと、マーダーはキラーの方を見た。煙が目に入ったのか、少し涙目になっている。
「...なんだ」
どちらかがそれ以上何かを言う前に、こつん、と軽い音がした。触れるだけの、子供じみたキス。糖度も何もないそれが、二人にはよく似合っている気がして。ひどく滑稽で笑えた。
「......今夜、いい?」
何が、とは口にしないキラー。そしてそれの意味がわからないほど、マーダーは純粋ではなかった。
「...まぁ、いいぜ」
無いはずの肺に、まだあの重くて軽い煙が残っている気がしてやまなかった。
そうきっと。これは愛と呼ぶには拙くて、恋と呼ぶには苦すぎる。だからきっと、そうきっと、これは利害の一致でしかない。
それでいい。今は、それで。
結局吸われずに落ちたマーダーの煙草がただただ可哀相。