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第2話:神医者のスキャンと仮死の眠り
「……桜、あんたから。そこに座りなさい」
蒼の声は、一切の反論を許さない響きを持っていた。
桜は毒づきながらも、梅宮の「蒼の言うことは聞いとけよ」という苦笑いに押され、渋々コンクリートの床に腰を下ろした。
「触んなよ、これくらいほっときゃ治る――」
「黙って。非効率」
蒼が桜の細い手首を掴み、指先を滑らせる。
その瞬間、桜はゾクりとした。蒼の薄ピンク色の瞳が、自分の体の中を直接覗き込んでいるような、奇妙な感覚に襲われたからだ。
「……|橈骨《とうこつ》に微細なひび、大胸筋の過伸展。呼吸音に雑じりあり……獅子頭連の抗争、相当無理したね」
「……っ!? なんで、触っただけで……」
「あんたの体、悲鳴を上げてるよ。筋肉の炎症指数が正常値の三倍。……ほら、ここ、痛むでしょ」
蒼が桜の脇腹を軽く押さえた瞬間、桜は「っ……!」と息を呑んだ。自分でも気づいていなかった、鋭い痛みの核心。
「……私の指先は、あんたたちの体の『不協和音』を拾う。……骨、筋肉、血管。隠しても無駄。……次、楡井。あんたは内出血が酷い。杉下、あんたは拳を使いすぎ。……全員、私のトリアージに従って」
蒼の手際は圧倒的だった。
救急箱から取り出される特製の湿布や漢方薬。彼女の指先が触れるたびに、疼いていた傷口が不思議と静まっていく。多聞衆の面々は、その「神医者」と呼ぶにふさわしい技量に、言葉を失い圧倒されていた。
「……へぇ。触れるだけで全部わかっちゃうんだ。……じゃあ、僕の健康状態も、わかってるのかな?」
最後に順番を待っていた蘇枋が、楽しげに手首を差し出す。
蒼はその指先が蘇枋の肌に触れた瞬間、一瞬だけ指を跳ねさせた。
「(……脈拍、正常。血圧、安定。……なのに、なぜ私の演算にノイズが……!?)」
「おや、どうしたのかな? 僕、どこか悪い?」
「……異常なし。蘇枋、あんたは、……自分で何とかしなさい」
蒼は突き放すように蘇枋の手を離すと、全員の処置を終えたことを確認し、深く息を吐いた。
その瞬間、彼女の顔から急激に血の気が引いていく。
「……処置終了。……二時間後に、起こして……」
「え? おい、茉莉!?」
桜の呼びかけも虚しく、蒼は糸が切れた人形のように、その場にバタリと倒れ込んだ。
慌てて駆け寄る楡井たちが目にしたのは、死んだように深く、動かなくなった蒼の寝顔だった。
「……あはは、驚かせてごめんね。蒼、スキャン能力を使いすぎると、脳がオーバーヒートして『仮死状態』みたいに眠っちゃうんだよ」
梅宮が慣れた様子で自分の上着を蒼にかけ、優しく笑う。
最強の軍師で、無敵の医者。
けれど、その実力と引き換えに、彼女は誰よりも脆い一面を抱えていた。
処置を受けた桜は、自分の傷を癒やしてくれた少女の、無防備すぎる寝顔を複雑な気持ちで見つめるしかなかった。
🔚