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23.
美咲、たまには息抜きしない?」
お嬢様を気遣っているのが、美音さんの声色から読み取れた。
「ずっと頑張ってるし、日本に行こうと思ってるんだけど。」
「お嬢様、働き過ぎは毒ですよ。」
お嬢様はバレてないと思ってますけど、刀の練習を深夜までしていたのは誰もが知っている。
「我らも少し羽を伸ばしたいのだ。どうだ、美咲?」
彼女はすぐには答えない。
「美味しいものがたくさんあるらしいですね、美和さん。」
「あぁ、我はめろんそーだ?を飲んでみたいのだ。」
美味しいもの、に反応したのか、お嬢様が顔をあげる。
「行こうか、日本。__私も美味しいやつ食べたいし。__」
こうして、旅行に行くことが決まったのだ。
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「ここが日本か、人が多くて落ち着かないね。」
「今いる場所は東京っていう特に人が多いところだからかな。」
お嬢様の質問に即座に答える美音さん。
―――もとは私の仕事だったんですけどね。
「この場所のシンボルにツリーがあるみたいですね。」
「まずはそこにいってみるとするか。」
そういって美和さんとお嬢様は手を繋いで進んでいく。
―――あなたの隣は私ではないのですか、お嬢様。
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ツリーの見学が終わり、美音さんがこう言い出した。
「僕は用事があるので、夜の祭りでまた会いましょう。」
何の用事かは知らないけれど、邪魔者が消えて助かった。
(・・・・今日、何かがおかしい。)
普段よりもお嬢様のことが愛おしくて、守りたくて。
そして、奪われたくなくて。
美音さんのことを邪魔者だなんて思うのは、本当に失礼なことだ。
私はそう言い聞かせ、邪念を心の奥底にしまった。
そのとき、私達は誰かに腕を掴まれた。
優しくなんかじゃない、まるで誘拐するときのように。
口は塞がれて、助けを求めることができない。
お嬢様と美和さんも同じ状況のようで、困惑が隠せていない。
そして路地裏に連れ込まれてしまった。
私は、腕を掴む男に蹴りを入れた。
しかし男は怯むどころか、笑みを浮かべている。
私の戦闘は、支援魔法での強化が前提なのだ。普段の脚力で倒せるわけがない。
そうはわかっているが、掴まれているのに何もしないのが嫌だった。
(ここで魔法を使う・・・? いや、でも。)
人間界には秘密警備隊という組織があるらしい。
悪事を企む魔族を徹底的に排除する、というものだ。
私は何も企んでいない、でも魔族というだけで排除される危険がある。
そんな危険にお嬢様たちをさらしたくない。
「抵抗しても無駄だよ、おねぇちゃん? 弱くてかわいいねぇ?」
そこで気づいた、こいつも人間じゃない。
魔力が薄暗く、この人間界から隔離されてもおかしくない色だった。
こいつらもきっと魔族、それも悪事を企む魔族だ。
(今日は運が悪いですね・・・・、せめてお嬢様たちを安全な場所へ。)
少しためらったが、私は男の股間に思いっきり蹴りを入れる。
「あがっ・・・、いってぇ!おい、お前ら!こいつを捕らえろ!」
男がそういうと、お嬢様と美和さんを掴んでいた男は手を離した。
その隙に、2人はこの路地から走って出ていく。
それに安心はしましたが―――
「あの2人はいい、まずはこいつだ。」
これ、どうやって逃げればいいんでしょう。
(魔剣ならバレませんかね・・・?魔力はごまかせますし。)
「仲間を助けようとする気持ちはよかったけどね、お前はここで終わりだ。」
「それはこっちのセリフですよ。『魔剣、突き刺せ』」
もう警備隊にバレてもいい、あの2人に触れた罰さえ与えられれば。
「・・・っ、こいつも魔族だ! いったん逃げるぞ!」
「させません。あの2人に触れた罰、味わってくださいね。」
魔剣は3人の心臓を貫き、私のもとへ帰還した。
―――背後に迫る男に気づかないまま。
「おいおいひどいじゃねぇか、俺の手駒を倒すなんてよ。」
この顔、見たことがある。
「あなたのせいですか、第4王子。」
お嬢様の弟であり、私たちの敵。
「そうだ、全部俺のせいだぜ?」
「お前がバカ姉の周りのやつらが普段以上に憎かったことも、な。」
「あなたの能力は感情を司るものではない、嘘ですよね。」
私が魔王城で働いていたころも、王子や王女の情報は入っていた。
「たしか、あなたの能力は―――」
「「増幅させる程度の能力。」」
彼と声が重なった。
「なぁ、俺は言ったよな?お前が『普段以上に』憎かったのも俺のせいってな。」
指先が冷たい、これから言われることを拒んでいるようだ。
「俺の能力は0を1にすることはない、だがな。」
「1を100にするのは大の得意なんだぜ?」
「お前、若干あれに依存してるよな?でも、迷惑かけねぇように隠してんだろ?」
「いえ、私は―――」
「おっと、何も言わなくていいぜ。お前が依存してようが他が憎かろうが関係ないからな。」
だが、と彼は続ける。そして私は彼の言葉を拒み続けている。
「本当に忠誠を誓ってるのか? いっそのこと殺しちまえば楽になると思わないか?」
そこから私は彼の言葉が聞こえなくなった。ただの音にしか聞こえない。
「お前の実力なら、殺すことなんて簡単だろ? やっちまおうぜ、2人でな。」
「本当に忠誠を誓っているか、ですって?」
彼は不機嫌そうにこういった。
「あぁ、そんなんで忠誠を誓ってるつもりなのか、と聞いている。」
そこで私は理性を失った、あとでどうなろうと構わない。
「私とお嬢様のことをそこまで知らない部外者に言われる筋合いありません。」
「知らなくてもわかるんだよ、上っ面の関係が。」
「お嬢様をバカにして、卑下して、挙句の果てにそんなことをいうなんて許しません。」
勧誘に失敗したからか、無理に話を変えようとする彼。
「それにしても派手にやってくれたな。あの雑魚姉の従者さんよ。」
「なんのことでしょうか、第4王子。」
あくまでも冷静を装う。でも嫌な予感がする。
まるで心臓を握られているみたいで、彼に生死を委ねている気分だ。
「あいつらを雇ったの俺なんだよ、なのに簡単にやられてよぉ。」
だから、と続ける彼。
「俺の名誉のために、死んでくれ。」
なにかくる、そう思ったのに彼は苦しそうに呻く。
「そんなことさせないよ〜、邪悪な魔族にさ。」
どこからか呑気な声がしたと思えば、第4王子は爆ぜた。
魔力が散り、空気に溶けていく。
(・・・・いったい、何が起きたんですか?)
「あなたがあれに絡まれてた子であってる〜?」
建物の影から、男とも女ともつかない人物が現れる。
「いやー、最近魔族のせいで仕事が増えて大変だよ。ほんとに。」
それに私は答えることができない。
(この人、秘密警備隊だ。)
間違いない、きっと魔族だとバレたら私も・・・・。
バレないようにしないと、その一心で魔力を抑え続ける。
「あなたも大変だね、私の前で魔力を抑え続けてさ。」
「・・・・バレてるんですね。」
目の前の彼女から、なぜか敵意は感じられない。
助かった、ってことですかね・・・?
「私らが排除するのは、悪い魔族。あなたは悪くないでしょ。」
「えぇ、そうですね。」
「これも隊長のおかげだよ、もとはすべての魔族を排除してたんだから。」
隊長が方針を変えたということでしょうか。
「いい方なんでしょうね、隊長さん。」
「そうだよ。__なんでいなくなったのかな、あの人・・・・。__」
このあと礼を告げ、急いでお嬢様たちのもとへ戻る。
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その後は無事に合流し、美音さんも戻ってきた。
そうして祭りを満喫することができたのだ。
「これ、ふわふわしてるね!」
「我の口の中でとろけるぞ!」
「わたあめという砂糖菓子らしいですね、美味しいです。」
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「射的って意外と難しいね、美咲。」
「そう言いながらいっぱい取ってるじゃん、ちょっと分けてよ。」
「うむ、全く当たらぬ。」
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きっと私は焦っていたのだろう。
今の私には彼らを疎んじる気持ちがまったくない。
お嬢様が楽しければそれでいいんだ。
お店で缶コーヒーを買う。ごく普通の缶コーヒーを。
これがいつもより美味しく感じるのも仲間のおかげなのだろうか。